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岩田一政の万理一空

年金の部分的民営化で世代間格差是正を-ジュネーブ報告会議で「政府債務」を議論

 

2011/05/17

 5月初旬にジュネーブにある国際通貨銀行研究センターが主催する会議に出席した。このセンターは、毎年、欧州政策研究センターが発行するジュネーブ報告を公表する会議を組織することで知られている。過去2年のジュネーブ報告のテーマは金融規制であった。とりわけ、2009年に公表された「金融規制の基本原則」(ブルナマイアー、クロケット、グッドハルト、ペルソド、ヒュン・ソン・シン)は、バーゼルⅢIを中心とする新たな金融規制の議論形成に多くの影響を与えた。

 今年の会議のテーマは、金融規制ではなく、政府債務であった。米国では、民主党と共和党の間で、将来の財政赤字削減を巡る論争にまだ決着がついていない。根本問題は、赤字幅削減規模よりも政府の規模を巡る問題にある。

 欧州は、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルの財政危機に歯止めがかかっていない。会議のディナーの場では、ギリシャがユーロ圏を離脱するかどうかが席をにぎわした。秘密の財務大臣会議が、ルクセンブルクのある城で開催されたことが、ディナー直前に伝わったからである。

 シュピーゲル・オンラインは、ギリシャのユーロ圏離脱に関して、ドイツが、ショユベル財務大臣による反論ペーパーまで用意したことを伝えていた。このペーパーで、ドイツは、仮にギリシャがユーロ圏を離脱しても、為替レートは50%以上下落し、対外債務が膨張して、国家破産に陥ると論じたと伝えられている。ルクセンブルク会議の出席者は、ユーロ圏離脱について議論したことを否定したが、議論の俎上に上った可能性が高いと考えられる。

 日本は、大地震、津波、原発、電力不足から景気の下振れが明確になり、第二次補正予算編成にあたり、復興債の大規模発行とそれを担保する税源のあり方について議論されている。

 今回のジュネーブ報告は、先進国が、それぞれ深刻な財政問題を抱える中で作成された。その主要なメッセージは、民主主義社会において政府債務が過大になることをどのようにして防ぐべきなのかという基本問題に立ち戻って考えようというところにある。

 私なりの整理をしてみよう。財政赤字が拡大しがちなのは、まず、第一に、財政資金は、個人にとって限界費用と限界便益が一致しない「共用資源」であることに、基本的な問題がある。ちなみに、日本の財政再建が1990年代に失敗した一つの理由は、中央政府と地方政府の間の予算制約が機能せず、公共投資に関して選挙目当てのプロジェクトが(ポークバレルプロジェクト)が実施され、地方交付税交付金特別会計には赤字が累積した。

 第二に、財政の透明性が低いと財政赤字は拡大しやすい。日本における予算論議は、主として一般会計を中心に行われるが、一般会計の歳出が中央政府・地方政府を合わせた一般政府の歳出に占める割合は、きわめて限られている。各種の特別会計に加えて、補正予算が頻繁に編成されることによって予算の全体像が見えにくくなっている。

 財政の透明性には、財政統計の包括性、正確性に加えて予算編成過程における「手続きの透明性」も含まれる。まず、日本の財政統計については、25年前にリチャード・クーパー教授から、「日本の財政統計は、なぜブランクばかりなのだろうか?」とIMF財政統計年報を示されたことがある。その後も、はかばかしい進展が見られない。政府統計全般に関する包括的なIT化の遅れ、統計に携わる公務員数が少なく、しかもその配分が片寄っていることばかりでなく、中央政府、地方政府当局に、財政統計の正確性、包括性、早期入手可能性の重要度に関する認識が不足しているためではなかろうか。

 2001年に発足した経済財政諮問会議は、経済審議会の発展形態であったこともあり、あくまで総理大臣に対する諮問の役割を担っていた。このため、実際の予算編成プロセスそのものを変革するまでの力はなかった。しかし、総理大臣がリーダーシップを発揮する場合には、かなり踏み込んだ政策を提案しうる機関であり、予算編成過程に関わる手続き上の透明性を格段に高めた。中長期の財政政策の枠組みに関しても、内閣府試算が財政諮問会議での議論の参考資料として作成されるようになった。しかし、あくまでそれは参考資料であり、現実の予算編成においては、財務省の中期財政フレーム(後年度影響試算)が用いられ、予算編成やその効果の検証など本来期待された役割を果たすに至っていない。

 他方、民主党政権下での「事業仕分け」は、予算プロジェクトを公開で審査し、予算やその執行(行政活動)を点検するという、予算の「検証可能性」を高めるプロセスを持ち込んだ。この意味で、これも手続き上の透明性を高めた。透明性を維持したいのであれば、現政権は、自らの編成した予算についても、専門家グループを中心とした「事業仕分け」を継続すべきであろう。また、本来は、法的な正当性を備えた戦略室を設置し、戦略室を司令塔にした透明性の高い予算編成を行うべきである。

 統計的にも、クロスセクションで政府債務・名目GDP比率と財政透明性指数の間には負の相関関係がある。残念ながら、日本は、先進国11カ国の中で最も透明性が低い国であると分類されている(田中秀明『財政規律と予算制度改革』、2011年、日本評論社)。日本の政府債務・名目GDP比率が、先進国のみならず世界の中で最も高くなるのも当然であろう。

 第三に、ジュネーブ報告では余り強調されていないが、現役世代の個人の中でマイナスの遺産を残したい人の割合が高いと財政赤字は拡大する。個人としては、プラスの遺産を子供に残すことは出来ても、マイナスの遺産を残すことは一般的にはできない。ところが、財政資金という「共有資源」は、赤字国債の形で後世代にマイナスの遺産を残すことを可能にする。アラン・メルツァー教授は、マイナスの遺産を残したい個人を「遺産制約のある個人」と呼んでいる。この遺産制約のある個人が、選挙において中位投票者になると政府債務残高は累増を続けることになる。

 ところで、賦課方式で運営される公的年金は、勤労世代が保険料を支払い、退職世代が給付を受ける仕組みである。これに対し、積立方式の場合には、個人が拠出した保険料が積立てられ、給付される。従って、賦課方式で運営される公的年金は、後世代に負担を先送りする赤字国債の発行と同じ機能を果たしていることになる。

 日本は、個人の生涯を通じる財政上の負担と便益の大きさを示す「世代会計」が存在する国の中で、最も世代間格差の大きい国である。この世代間格差を是正する一つの有力な方法は、基礎年金を税方式に改め、報酬比例部分(二階部分)を積立方式に改めること(部分的な民営化)である。