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岩田一政の万理一空

「成熟した債権国」から「債権取り崩し国」への急速な移行

 

2011/06/28

 6月14日に公表した第37回改訂中期経済予測では、原子力発電所がすべて停止する事態に追い込まれた場合、日本経済にはどのような影響が生ずるかを分析の俎上にのせた。3月17日に公表した政策提言で、いち早く「福島原発事故による電力不足は、短期のみならず中長期の問題である」と指摘した通りに事態は進行している。

 原子力発電の停止によって、日本経済の中長期的な供給力に、大きなショックが加わることに疑いの余地はない。日本の潜在GDPは、2020年度まで平均して年1.2%低下するというのが得られた結論の一つだ。11年度から15年度まで潜在GDPの伸びはほぼゼロに止まることになる。

 もちろん、中長期的な潜在供給力が低下すれば、家計の恒常所得や企業の期待成長率も下方シフトするので、個人消費や設備投資も低下するはずだ。しかし、今回の分析では、輸出供給が減少することに着目して予測を行った。

原油高騰のリスク

 今夏の電力不足に向けて、自家発電も含め、現実に火力発電への代替が進んでいる。当然のことながら、火力発電への代替は、LNGや原油への需要を高めることになる。不幸なことに、中国でも石炭価格の高騰から石炭火力発電所の電力供給が減少している。電力価格が規制されているために、石炭価格が高騰すると電力供給を増やす程、電力会社の赤字が拡大するからだ。さらに、水不足も電力不足に拍車をかけている。

 原油価格は、5月にアメリカの先物市場で2回にわたり証拠金引き上げが行われたこともあって、一服状態にある。しかし、日本や中国の実需増加によって、原油価格はさらに高騰するリスクがある。

 原油を含め輸入価格が上昇しているので、財・サービス収支は赤字になりやすい。前回(2月)の中期予測でも、貿易・サービス収支は14年度から赤字になると予測した。今回の予測では、輸出供給が減少することもあって、財・サービス収支は、11年度から赤字となり、その赤字幅は年を追い大きくなる。17年度には、財・サービス収支の赤字は、所得収支の黒字を上回るようになり、ついに経常収支も赤字になる。

 国際収支の歴史的な推移を記述する「国際収支発展段階説」(クローサー(1957年))によれば、一国経済は、国内の貯蓄不足や輸出供給が十分でないことを反映して、財・サービス収支も所得収支も赤字の「未成熟の債務国」として出発する。やがて、財・サービス収支が黒字になると、「成熟した債務国」へ移行する。財・サービス収支の黒字が所得収支の赤字を上回るようになると、経常収支が黒字になり、「債務返済国」を経て、ストック面でも対外純資産を保有する「未成熟の債権国」の段階に達する。

 今回の中期予測では、11年度から日本経済は、これまでの「未成熟の債権国」から財・サービス収支が赤字となる「成熟した債権国」へ移行する。さらに、それのみでなく、余り時間をおかず、わずか6年後の17年度に経常収支が赤字となる「債権取崩国」に急速に移行することになる。

 私は、経済企画庁に勤務していた時代に、84年の経済白書を執筆し、日本が60年代後半以降「未成熟の債権国」に移行したと初めて論じた。当時、日米間で貿易摩擦が高まっており、金融サービス面でも日米円・ドル委員会が開催されていた。米側は、日本の経常収支黒字は、政策や市場の閉鎖性によって意図的に作り出されたものであり、市場開放や輸出自主規制のみならず円高誘導と内需振興によって是正すべきだと主張していた。

 私は、国内の資本蓄積が進むにつれて、貯蓄過小経済から貯蓄過剰経済に移行することは、自然な成り行きであると主張する上で、「国際収支発展段階論」は有力な支援材料になると考えていた。財・サービスの貿易のみならず国際的な資本移動が自由になり、為替レートも変動制度を採用しているのであれば、経常収支は、各国の国民貯蓄率、人口増加率、技術進歩といった成長率を決定する基本的要因によって決まってくるはずだ。また、債務国から債権国への移行は、資産保有の観点からみても、国内の資本蓄積による資本限界性の低下や海外の投資機会が国内より高まることなどから説明がしやすい。他方で、債権国が再び債務国に変化することを理論的に首尾一貫した説明をすることは、それ程容易ではない。

 その後も、イエール大学の浜田宏一教授と開放経済の下での成長理論を用いて、いつ頃まで対米経常収支の黒字が続くのか予測したことがある。また、重複世代モデルを用いて、日本の経常収支が赤字になる時期は、20年代半ばという予測結果を90年代初めに発表したこともある。

双子の赤字に直面する日本

 今回、経常収支が17年度に赤字になるという日本経済研究センター予測を公表したことは、少なからぬ因果を感ずるとともに、これまで経済理論を導きの糸として、経済分析・調査にたずさわってきた一人として深い感慨を覚えている。

 仮に日本が、「債権取崩国」になっても、純対外資産の蓄積があるので、ただちに、アメリカのようにストックからみた「債務国」になるわけではない。しかし、日本の財政収支の赤字幅は先進国のなかでも最も大きいグループに属し、政府債務・名目GDP比率は、世界で最も高い。日本は、財政赤字と経常収支赤字という「双子の赤字」問題に直面することになる。

 経常収支赤字国では、事後的には国内の貯蓄-投資バランスが、貯蓄過小〔投資超過〕となる。この結果、デフレが自動的に解消するのではないかとする見方がある。しかし、問題は、事前の貯蓄-投資バランスと、その結果、決定される均衡所得水準にあることを忘れてはならない。中長期の供給力が低下し、交易条件が悪化する経済では、物価上昇が仮にあるにしても、それは均衡所得水準の低い「低位均衡」における、望ましくない物価上昇を意味していよう。

 また、国内貯蓄の過小傾向が強まるといっても、民間部門で強まるのか、それとも政府部門で拡大するのかによって、政策的な意味合いは異なったものとなる。さらにいえば、民間部門の中でも家計部門の過小貯蓄傾向が強まるのか、企業部門なのかという問題がある。

 家計部門と企業部門の間では、部門間の貯蓄代替がある程度働いているようである。仮に、民間部門と政府部門の間でも貯蓄代替は働くとすれば、民間で貯蓄が過小になるにつれて、政府部門で貯蓄が増加し、財政赤字は縮小傾向を示すはずだ。しかし、民間部門と政府部門の間で貯蓄代替がどの程度有効に働くか、不確実性が高い。

 期待成長率低下は、実質長期金利を押し下げるように働くであろうが、財政赤字の持続によるリスクプレミアムと国内貯蓄-投資バランスの面からは、長期実質金利は上昇しやすい経済になるであろう。過大な政府債務残高を考慮すると、財政部門は、金利上昇によって不安定化領域に突入するリスクが高まることになろう。