ユーロ加盟国の国債格下げと質の良いユーロ共同債の発行
2012/01/18
国債格下げと「ユーロ流血の4月」
スタンダード・アンド・プアーズ社は、フランス、オーストリアを含む9カ国のユーロ加盟国の国債を格下げした。欧州政策当局の政策イニシアティブが、ユーロ圏におけるシステマテッィクな緊張を緩和するには十分でないというのがその理由であった。
欧州金融安定基金(EFSF)の規模は4400億ユーロとされているが、フランスとオーストリアの国債がトリプルA格を失うことによって、EFSF債の格下げが行われた。トリプルAを維持するためにキャッシュ保有の増額を迫られるとすれば、EFSFの利用可能な融資規模も大幅に縮小することになろう。
ユーロ圏の政府は、2012年に約1兆ユーロの政府債務の借り換えを予定している。ユーロ圏の金融機関は、欧州金融監督当局から6月までに中核的な自己資本を9%に引き上げることが要請され、1000億ユーロ以上の資本増強を迫られていることに加えて、自ら発行した債務の借り換えが約7000億ユーロある。
加えて、前回の「万理一空」(2011年12月27日付)で指摘したユーロ圏の決済システムであるターゲットIIにおける未決済残高が、5080億ユーロある。昨年12月のフィスカル・コンパクトで合意された欧州安定メカニズム(ESM)に5000億ユーロの基金規模があるとしても、資金不足は明らかだ。
さらに、フランス国債の格下げは、4月末から5月初めに予定されているフランス大統領選挙においてサルコジ大統領には不利な材料となっている。フランスで大統領が代わることになれば、メルケル首相とサルコジ大統領を軸として進められてきた、これまでの救済枠組みが破綻し、ユーロにとって「流血の4月」となる可能性がある。
市場の2つの要請
市場は、ユーロ危機に対して、欧州中央銀行(ECB)による大量の国債購入(アメリカ・イギリス型量的緩和)とユーロ共同債の発行を求めている。EU首脳会議の対応は、市場の期待を下回り続けてきた。
欧州中央銀行は、大量の国債購入に踏み込む代わりに、3年のリファイナンス・プログラムを通じて4890億ユーロの資金を市場に供給した。スワップ協定に基づくドル資金供給とも相俟って市場のストレスを鎮静化させ、クレジット・クランチ圧力を緩和した。
資金供給を受けた金融機関が周辺国の国債を購入すれば、ECBは間接的にアメリカ・イギリス型量的緩和を実施したことになるが、資本不足の金融機関がリスクの高い周辺国の国債を購入するインセンティブは乏しいと見るべきである。
ユーロ圏金融機関の資産規模は、41兆ドルあり、アメリカの金融機関の資産規模16兆ドルを大きく上回っている。新興国向け信用供与も中東欧(3140億ユーロ)、中南米(1350億ユーロ)、アジア(2580億ユーロ)で大きな比率を占めている。日本には、すでにユーロ急落によるマイナス効果が及んでいる。
政府債務危機が顕在化したハンガリーでは、すでにIMFとの融資交渉を開始している。ハンガリーへの融資比率の高いこともオーストリア国債格下げにつながった。ユーロ圏の金融機関は、グローバルな市場において重要な金融仲介機能を果たしており、ユーロ圏の金融危機の深化は、アメリカにおける金融仲介にも大きな影響を与えることになる。
プリンストン大学のヒュン・ソン・シン教授は、2000年代後半の「長期金利の謎」(連邦準備制度が政策金利を引き上げても、アメリカの長期金利が上昇しなかったこと)の原因は、バーナンキ議長が指摘するアジアの「貯蓄過剰」ではなく、欧米を中心とする「銀行過剰」にあったと見ている。その「銀行過剰」の巻き戻しが、まずリーマンショックで顕在化し、ついでユーロ圏金融機関を中心に進展している。
市場が期待するユーロ共同債と質の悪いユーロ共同債
市場が要望するユーロ共同債については、すでにEFSF債が部分的な役割を演じている。日本政府もEFSF債を36.6億ユーロ購入している。市場が期待しているのは、ユーロ加盟国が発行している政府債務をユーロ圏ないしEU加盟国が共同で債務保証し、発行する一つの債券に交換できることである。このユーロ共同債は、市場に信頼されるものでなければならない。
しかし、現在のEFSF債は、トリプルA国債を発行している6カ国政府が債務保証し、政府債務危機にある国の救済のために発行している債券に過ぎない。ユーロ加盟国が共同して債務保証を行い、償還まで共同して管理するというユーロ共同債の本来の姿からは、かなりの距離がある。
財政統合が十分でないまま発行されるユーロ共同債には、財政規律を守っている国の財政負担が大きくなるばかりでなく、財政パフォーマンスの優良な国も不良な国の債務不履行の道連れになるリスクもある。
ブンデスバンクは、2010年3月号の月報で「ブンデスバンクのターゲットII残高に関する動学」と題するコラムを公表した。このコラムでは、2007年以来、ブンデスバンクは、欧州マネーマーケットの緊張を反映して、そのバランスシートの資産の側にターゲットIIに対する債権を積み上げてきたことを明らかにした。その規模は、2011年11月現在では、5080億ユーロにも達している。周辺国の中央銀行のバランスシートの負債の側には、ほぼ同額のターゲットIIに対する負債が積み上がっている。
ブンデスバンクのバランスシート上のターゲットIIに対する未決済債権は、ドイツ側からみれば、質の悪い資産を担保として発行されたユーロ共同債を引き受けているのと同じである。ドイツは、自らがその「ユーロ共同債」を購入し、周辺国がその購入資金によって財政赤字、経常収支赤字をファイナンスするのみならず、資本逃避にも利用していることが、決済不均衡問題の本質だと見ている。
では、質の良いユーロ共同債の発行は可能なのだろうか?優良なユーロ共同債をどのように設計するかという問題を議論する前に、金融政策と決済不均衡問題とECBの人事の関連について、一言加えておきたい。
ECBの人事と金融政策
ECBのシュタルク理事が任期途中で辞職し、その後任にプラート理事が選任された。政策担当の理事は、ブンデスバンクの主任エコノミストであったイッシング理事の時代からブンデスバンクの出身者が占めていた。ベルギー出身の理事が政策担当になったことについては、ドイツとフランスの政治的な妥協とみる見方がもっぱらだ。しかし、プラート理事は、決済問題に関する傑出した専門家であり、これまでもベルギー中央銀行、ECBで決済問題を担当してきた。
私は、プラート氏と2007年6月のBISのリサーチ・セミナーの合間に1時間程議論したことがある。スウィフト(SWIFT:国際銀行間通信協会)のガバナンス・情報管理体制からヘルシュタット・リスク(外国為替を通じた決済が円滑に行われない障害の起きるリスク)を減らすための多角的な通貨決済銀行(CLS)の役割、派生商品取引の決済問題などに関する同氏の見識の深さに、驚きを覚えた。
どこの国でも金融取引の最終的な決済は、中央銀行の決済システムを通じて行われている。決済業務は、中央銀行のインフラストラクチャーであり、日常の中央銀行業務で極めて重要な地位を占めている。国際取引に携わる金融機関が、一つでも決済不能になっても、国際金融市場にシステミック・リスクを引き起こす。ヘルシュタット銀行や三洋証券の倒産が、国際金融市場や日本の金融市場に与えた影響ははかり知れない。
プラート氏が、ECBの政策担当になったのは、政治的な駆け引きの結果というよりも、ユーロ圏内の決済不均衡問題をどのように解決するかが、金融政策運営上の課題になっているからではないかという感を抱かざるを得ない。安易な財政移転に最も厳しい態度を示しているショイブレ独財務相が、適切な人事であると評価していることも見逃せない。
質の良いユーロ共同債:減債基金債
質の良いユーロ共同債の発行については、昨年11月に発表されたドイツの5賢人委員会の減債基金設立の提案は注目に値する。
第一に、ユーロ共同債の発行目的は、名目GDP比で60%を超える国家債務をプールし、それを償還することだとしている。
第二に、ユーロ共同債の償還期限が20-25年に限定されていることである。
第三に、償還基金については、各国の特定した税収を充当(イヤーマーク)すると規定している。
第四に、規定された財政規律を守らない国の政府債務は、減債基金の枠外に置かれ、減債基金債に劣後する(高金利の)債券になる。
税収で明確に担保されたユーロ共同債は、市場の信認を得やすいであろう。この形でのユーロ共同債の発行は、財政規律を維持しながら財政統合への歩みを促進する効果もあろう。しかし、名目GDP比で60%を超える政府債務を保有するユーロ加盟国の財政は、現在よりもずっと厳しい緊縮予算を組むことが要請されることになる。
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