円高是正とドル安局面の終焉
2012/02/23
日本銀行の量的緩和拡大と名目実効レート
2007年春以降の異常な円高は、屈折点を迎えつつある。2月14日の金融政策決定会合における日本銀行によるインフレ目標(当面1%のゴール(「中長期的な物価安定の目途」))の明確化と10兆円の国債購入額積み増しが、その転機になった。
日本銀行による国債購入額は、2012年末までに新規国債発行額(44兆円)の9割程度に達する見込みである。日本銀行の2010年10月以降の包括的な金融政策が、バンク・オブ・イングランドの量的緩和第1弾に匹敵する規模になったことを市場が評価したものと判断される。
また、2011年に日本が貿易赤字を計上したこと、将来経常収支も赤字に転換すると予想されるようになったことも円高是正の方向に作用していよう。
日本経済研究センターは、2011年6月の「中期経済予測」で、定期点検に入る国内原発の全面停止と消費税引き上げを行わない(5%据え置き)という前提の下で、2017年度に日本の経常収支は赤字化すると予測し、経常収支赤字化論の先陣をきった。
過去の円の名目実効為替レートと実質実効為替レートを振り返ると、2001年から2007年春まで両者とも傾向として減価している。この時期は、日本銀行による量的緩和政策が実施された時期(2001年3月から2006年3月)と見事に重なっている。
さらに財務省による2003年春から2004年春にかけての大規模な介入政策が実施された時期も含まれている。金融政策によってサポートされた介入政策の効果は、そうでない場合よりも有効であることは周知の事実であろう。
量的緩和政策が経済に与えた効果について様々な見方があるが、政策金利であるコールレートよりも長めの金利を引き下げ、株価や為替レートなど資産価格に与えた影響は無視できない。日本銀行による外債購入は、金融政策でサポートされた介入政策と同じ効果を為替レートに与えることを忘れてはならない。
私は、日本銀行の副総裁であった時期に、量的緩和政策第1弾が終了した2006年3月に円レートが大幅に増価するのではないかと恐れていた。しかし、実際には、内外金利差に着目した「円キャリートレード」が円安を持続させた。その巻き戻しが生じたのは、1年遅れの2007年第2四半期であった。
ドル安局面の終焉
円高是正の屈折点が生じている要因は、日本の事情ばかりにあるのではない。ドルにもこれまでの減価傾向に変化が生じているからである。ドルの名目実効為替レートを見ると、2002年第2四半期以降の緩やかなドル安局面は、すでに2011年第4四半期から下げ止りの動きが観察される。
このドル下げ止りについては、以下の4つの要因があげられる。
第1に、ユーロ危機の深まりからドルが逃避通貨としての性格を強めたこと、
第2に、アメリカの製造業が、過去の名目実効レートでみて55%もの大幅なドル安によって復活しつつあること、ちなみに、破綻したGMは蘇り、過去最高の収益をあげている。
第3に、オイルシェ-ルガスの採掘増加(アメリカの潜在的な可採埋蔵量は世界の埋蔵量に匹敵する規模である)によって貿易赤字縮小が見込まれるようになったこと、アメリカの石油関連の輸入は貿易赤字の約半分を占めている。
第4に、50兆ドル規模のアメリカ民間ファンドによる資産保有多様化(ドル以外の通貨建て資産への多様化)の動きが止まったことによる。
円高是正に2つの不確実性
この円高是正とドル安局面の終焉シナリオには、2つの不確実性がある。
第1に、アメリカの連邦準備が量的緩和第3弾を打ち出すことになれば、ドル安圧力が高まることになる。
IMFのスピルオーバー効果の検証結果によれば、連邦準備の量的緩和第1弾、第2弾が為替レートに与えた効果は、5%のドル安、12%の円高を招いたとされている。第3弾の規模にもよるが、アメリカ経済に回復力が不足しているゆえに拡大的な金融政策が採用されるとすれば、そのアナウンスだけでもドル安要因になろう。
第2の不確実性は、ユーロの通貨クラッシュだ。
「4月は最も残酷な月」
ギリシャへの2次支援策がまとまり、ECBによる第1弾を上回る規模の「ステルス型量的緩和」第2弾が2月28日に予定されていることもあり、ユーロ・レートは小康状態にある。しかし、安心はできない。ギリシャ国内での緊縮策に対する政治的な反発とドイツなど債権国で「ギリシャがデフォルトしてもその伝播効果を隔離する準備が整っている」とする世論の高まりによって、以前よりもギリシャがデフォルトするリスクは高まっているからだ。
4月にはギリシャの総選挙が行われる。学者出身のパパデモス首相に代わり、厳しい財政緊縮策に対して批判的な候補者が首相に選出される可能性が高い。
さらに4月末から5月初めに予定されているフランス大統領選挙についても、オランド社会党候補が有利に選挙戦を進めている。オランド候補は、新たな財政協定(フィスカル・コンパクト)には明確に反対を表明し、ドイツが反対するユーロ共同債の発行を提唱している。加えて、サルコジ大統領は新たな財政協定を国民投票にかけると表明した。国民投票の結果は、採否の予測が困難だ。
T.S.エリオットは、詩集『荒地』で「4月は最も残酷な月」と詠じた。4月は、ユーロにとって「記憶と欲望をないまぜにする」最も残酷な月になるかもしれない。
フェニキアでは、アドニス神の死と再生の儀式は、雨で山から洗い流された赤土でアドニス河が血の色に染まる春に行われた(『荒地』T.S.エリオット、岩崎宗治訳)。
フランスで大統領が変わることになれば、メルケル首相とサルコジ大統領を軸として進められてきた、これまでの救済枠組みが破綻し、ユーロにとって「流血の4月」となるリスクがある。
バックナンバー
- 2023/05/12
-
金融正常化への険しい道筋
- 2023/02/24
-
金融政策の枠組みを問う
- 2022/11/30
-
中国を直撃する米政権の半導体戦略
- 2022/09/27
-
グローバリズムの衰退:民主主義と専制主義の戦い
- 2022/07/22
-
金融政策、望ましい「指針」へ転換を