ギリシャ「緊縮派勝利」後のユーロ危機
2012/06/19
ギリシャの総選挙
世界が注目していたギリシャの総選挙は、緊縮派の勝利に終わった。新民主主義党と全ギリシャ社会主義運動党のみならずギリシャ独立党などと連立する可能性もある。いずれにしても緊縮派が議会で過半数を占めることになろう。
緊縮派が勝利したとしても、ギリシャ経済再建の目途は立っておらず、ギリシャの政府債務危機と経済的困難が消え去るわけでもない。連立政権は、IMFの「政府債務維持分析」(3月)に示されたプログラム実施の遅延による債務破綻問題に直面しなければならない。IMFが更なる資金を提供するかどうか確実ではない。他方で、ギリシャからの預金流出は続き、トロイカ(欧州中央銀行=ECB、国際通貨基金=IMF、欧州連合=EU)とギリシャ政府との公的支援に関する交渉が停滞する場合には、金融システムの安定維持が困難になる事態も予想される。
金融部門の脆弱性
ギリシャでは明らかに政府債務が、金融システムの安定性を損なっており、スペインでは金融システムの不安定性が政府債務危機を高めている。ギリシャのみならずスペインにおいても、金融危機の進展がユーロ圏に留まることを困難にするリスクは消えていない。
スペインには1000億ユーロの資金が欧州金融安定基金(EFSF)から投入されることになった。しかし、EFSFから直接スペインの銀行にEFSF債が投入されるわけではなく、スペインの銀行救済基金を経由するために、スペインの政府債務を増加させる要因になりえる。このため、1000億ユーロの資金投入が公表されても、金融市場の不安は沈静化しなかった。
また、バンキア救済のための190億ユーロも、当初スペイン政府は、スペイン国債をバンキアに投入し(デット・エクイティ・スワップ)、その国債を担保にECBからの融資を得ようとしたが失敗した。安易な財政ファイナンスにECBが応じなかったためである。その直後、スペインの中央銀行総裁は、任期の1ヶ月前に辞任した。
2つの欧州の防火壁:「銀行同盟」と「ユーロ共同債」
EUは金融危機の波及を回避するために「銀行同盟」の設立を提起し、ECBのドラギ総裁も支持を表明している。「銀行同盟」は、統一した金融機関監視機関をユーロ圏に設立し、預金保険・銀行破綻処理基金を創設することを内容とするものである。この基金は、金融機関の預金に1%の課税を行うことによってファイナンスすることになっている。「ベイルアウト」(公的支援)ではなく、「ベイルイン」(民間部門が自ら負担すること)の仕組みである。
欧州金融監督当局が過去行ったストレステストでは、ユーロ圏全体の銀行部門の資本不足は1147億ユーロと報告されていた。しかし、現在ではスペインのみで1000億ユーロの資本が不足していることが明らかになった。新たな金融監督当局が、どこまで加盟国の金融監督当局から独立した監視をおこなうことが可能なのか問題を残している。また、他国よりもバーゼルⅢの厳格な実施を求められ、またEUから金融取引税の課税も求められているユーロ圏の銀行部門が、どこまで「ベイルイン」に応ずる余力を有しているのか疑問だ。
欧州金融危機の第1の防火壁が、「銀行同盟」であるとすれば、第2の防火壁は「ユーロ共同債」の発行だ。メルケル首相とブンデスバンクのワイデマン総裁は、「銀行同盟」設立の前に「財政同盟」を急ぐべきだと述べている。
ブンデスバンクは、「財政同盟」の枠組みなしでは憲法違反の恐れがあると指摘しているが、ドイツ政府は、ドイツの5賢人委員会が提起した「減債基金債」については、考慮に値すると考えているようだ。1月18日付けの万理一空「ユーロ加盟国の国債格下げと質の良いユーロ共同債」でも紹介したように、減債基金は、名目GDP比60%を超える加盟国の国債を集め、25年かけて償却してゆく案である。このために必要な資金は、加盟国はその保有する金・外貨準備の20%を拠出するとともに、各国の税収にイヤーマークした資金でファイナンスしようとするものだ。
この減債基金提案に対して、ピーターソン研究所のクライン研究員は、「保険基金」を設立し、加盟国は国債のCDSスプレッドに応じた保険料を基金に払い込み、損失が発生した場合に、納税者の負担をやわらげることを提案している。ドイツ国債に一定のスプレッドを乗せた利回りでの共同債発行によって、国債利回りの上昇を抑制することが可能になる。
もちろん、いずれの場合も、ドイツ国債の利回りが上昇することを覚悟しなければならない。
質の悪い政府債務を質の良い政府債務に書き換えることが可能になれば、「質の良い安全資産」を求めて、大幅な資金シフトを行っている投資家の需要を満たすことが可能になる。また、金利上昇による「不愉快な財政ダイナミックス」を抑制することが可能になる。
イングランド銀行の防火壁
イングランド銀行のキング総裁は、ギリシャ総選挙の結果が判明する前の6月14日に、ギリシャ危機が波及することを防圧する措置をとることを、年に一度の「マンション・ハウス・スピーチ」で公表した。
第1は、緊急流動性供給のための措置であり、昨年12月に創設した「拡大担保タームレポファシリティ」の発動だ(50億ポンド)。第2は、ユーロ圏銀行部門のデレバレッジによるリスクプレミアムや資金調達コストの上昇を抑制するために、民間銀行による貸出やモーゲージに対して低利の融資を行う措置である(期間3-4年)。後者は、財政政策の側面もあり、損失は財務省の負担であることが明らかにされている。
非伝統的な金融政策は、しばしば財政政策の領域に踏みこまざるを得ない。国債を大量に購入する「資産購入プログラム」においても、財務省がこのプログラム実施で発生する損失を負担することになっている。
もともと、イギリスでは、インフレ目標政策を実施する上で、財務省が可能な限りイングランド銀行に援助をすることが了解されている。もちろん、損失負担に関しては、キング総裁の尽力によるところも大きいと推察される。
ブルースカイ・シナリオ
仮にEUとユーロ圏が、ギリシャの政府債務・金融危機を効率的に処理し、ポルトガル、スペイン、イタリアの危機も封じ込めることができれば、世界の成長率を高めるよう作用しよう。これを「ブルースカイ・シナリオ」と呼ぶ論者もいる。しかし、ブルースカイ・シナリオの実現は容易ではない。前途に「不確実性の暗雲」(キング総裁)が立ち込めているとすれば、次の2つのブラックスカイ・シナリオのリスクを消し去るわけにはいかない。
2つのブラックスカイ・シナリオ
第一のブラックスカイ・シナリオは、ギリシャの政府債務・金融危機の深化が、ついにはギリシャのユーロ離脱をもたらすというシナリオだ。この場合、欧州の防火壁は間に合わず、ポルトガル、アイルランド、スペイン、イタリアにも危機が波及し、5カ国のユーロ圏離脱へつながるというものである。この時、世界の成長率は大きく下ぶれしよう。
第二のブラックスカイ・シナリオは、ドイツのユーロ圏離脱シナリオだ。欧州金融危機において、すでにトロイカやEUによる公的支援やECBの国債購入ならびにターゲット2を通じる融資などを含め2兆ユーロの支援(リスクの共有化)が行われている。マサチューセッツ工科大学のジョンソン教授とブーン・ピーターソン研究所研究員は、ECBによる国債購入とターゲット2を通ずる周辺国への融資の合計は、1.1兆ユーロに達しており、ユーロシステムの資本金の2倍、ドイツの名目GDPの43%になっていると指摘している。ドイツの納税者は、ギリシャのみならず、ポルトガル、スペイン、イタリアの危機を救済するための財政負担に耐え切れなくなり、ドイツはユーロ圏を出るというものである。
ラテン通貨同盟の教訓
欧州の歴史を振り返ると、いくつかの通貨同盟の試みがあった。その一例が、「ラテン通貨同盟」だ。この通貨同盟は、金銀複本位制の下でフランスを中心に、ベルギー、スイス、サルディニアを加盟国として1865年に発足した。
ギリシャは1868年に加盟したが、共通通貨であるコインの発行はフランスで行われ、紙幣発行額にも上限があった。しかし、フランスは普仏戦争でプロシャに敗れ、中心国の監視が不十分になり、通貨発行の乱発による通貨発行益の争奪が始まり、1927年に消滅した。
ラテン通貨同盟失敗の教訓は、中心国による監視とコントロールが不十分になる場合、また財政の裏付けのない場合、通貨同盟は長続きしないということである。6月末に予定されている欧州首脳会議は、この教訓を生かすことができるであろうか?
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