グローバルな金融津波に対する防波堤構築
2012/07/23
EU首脳会議の宿題
6月28、29日に開催されたEU首脳会議の結論は、これまでになく、その直後の市場の反応がよかった。それは、「成長と雇用のための協約」を締結した上で、ユーロ圏において欠如している最後の貸し手機能の強化(EFSF/ESM=欧州金融安定基金/欧州安定メカニズム=による国債購入)と資本不足にある銀行への資金投入によって、金融・政府債務危機の破壊的なリンクを切断し、金融・政府債務危機の連鎖を食い止めるよう短期的な措置が盛り込まれていたからだ。
しかし、その後の市場の反応は芳しいものではない。細部においていくつかのクリアすべき懸念事項のあることが判明したからだ。たとえば、合意事項について首脳間の不協和音が漏れてきたことだ。
フィンランドやオランダの首脳は、ESMが加盟国の国債購入を実施するには一定の条件を満たすことが必要だと述べた。他方で、イタリアの首脳は、ESMによる国債購入は合意事項であり、一刻も早く実施を急ぐべきだと要請した。ESM条約は、緊急事態には85%の賛成があれば行動できることになっている。フィンランドとオランダが反対しても8%の投票権しかないので、緊急事態と認定すれば実行が可能だ。
銀行同盟についても、ドイツのメルケル首相は、システミックに重要な銀行へのECBの関与について承認しているが、国内のすべての銀行がその対象になることを認めていない。
現実には、過去の金融危機は、国際的な活動を幅広く行っている銀行というよりも地方銀行が問題になることが多かった。
ドイツの経済学界を2分する銀行同盟
銀行同盟は、統一した金融機関監視機関をユーロ圏に設立し、預金保険・銀行破綻処理基金を創設することを内容とするものである。
ハンス・ヴェルナー・ジンIfo研究所長は、ドイツの預金者に多額の支払いが必要になる銀行同盟を設立するには、それに先行する加盟国の国家主権の放棄や財政同盟が必要だとする声明を発表し、243名の経済学者やエコノミストの賛同を得た。
これに対抗して、スノーワー・キール世界経済研究所長らは、銀行同盟こそがユーロ危機の解決に必要不可欠だとする声明を公表し、ドイツ、オーストリア、スイスの149名の経済学者の賛同を得た。11名の学者は両方の声明に署名したようだが、ドイツ、およびその周辺国の経済学界は、銀行同盟を巡って意見が二分している。
加えて、左翼野党は、EU首脳会議の合意事項について違憲であるとして最高裁判所に申し立てた。最高裁判所は、9月12日までに判断を示すと回答した。このため、その時期までESMの設立は不可能になった。過去の経験からすれば、国会の多数意見を無視して、最高裁判所が違憲の判断を下す確率は低いとされているが、国家主権放棄でないかどうかを巡ってドイツ国会での厳しい監視が行われることになろう。
論理一貫性からすれば、銀行破綻処理を加盟国から統一した機関に委ねることは、すべての加盟国の国家主権の放棄がなければ、その実施は不可能ということになる。ドイツの論理一貫性は、通貨統合には、それに先立つ経済統合が必要であり、通貨統合は経済統合の最後に実施される戴冠式のようなものだとする「戴冠式アプローチ」の主張においても見られたものである。
実際には、ドイツは、東西ドイツ統合を優先させて、「戴冠式アプローチ」を撤回した。今回もユーロ分裂を回避して妥協する余地を残している。ところが、国家主権の放棄、とりわけ財政主権に関しては、フランスが最も消極的だ。
かつてトリシェ前ECB総裁は、ECBの設立自体が各国の通貨主権の放棄であるように、部分的な国家主権放棄、「例外としての欧州連邦」をドクトリンとして採用するよう主張したが、それ以外に打開の方法はないように見える。
金融政策緩和に対するECBへの圧力
IMFは、7月に公表された年次報告書で異例と思われる程に、ECBの金融政策に対して立ち入った要請を行った。IMFは、国債購入を含む量的緩和政策の採用や長期リファイナンスプログラムの再開を求めている。この背景には、首脳会議での合意事項の実施遅延が、市場不安定化をもたらすとの危機感があったものと思われる。
すでにポーランドの財務大臣は、ECBによる無制限の国債購入を提案している。ECBがEFSF債やESM債を購入することのみならずESMへ融資することを通じて、事実上、国債購入枠を拡大することは可能な措置であるように見える。すでに、ユーロ加盟国中央銀行のIMFへの資金供与が、加盟国への資金支援に用いられていることも考慮すべきだ。
イタリアなど一部の国には、ECBがドイツ国債と周辺国国債の金利差〔たとえば3%〕を一定に保つよう「スプレッド目標政策」を採用することを望む声もある。
他方、ECB内部では、ゼロ%まで引き下げた預金ファシリティ〔法定準備・当座預金以外の銀行準備〕への付利をマイナスにする案も検討されている。
私は7月中旬にトルコで開催された、ある国際会議に出席した。元フランスの財務大臣が、ユーロを救うには、ECBの積極的な金融緩和を通じてユーロを大幅に減価させる以外に方法はないと声高く主張していた。出席者からは、それでは日本は円高で困るだろうと感想を漏らす人もいた。
グローバルな金融津波への防波堤
ユーロ圏におけるいわば金融津波に対する防波堤は、ECB,ESMを通じた最後の貸し手機能強化、銀行同盟設立とユーロ共同債だ。残念なことに、現在の世界経済には、グローバルな金融津波に対する防波堤が欠如している。IMFも経済規模の大きな国の破綻に対処する手段を持ち合わせていない。国家債務危機について、世界経済は「ノンシステム」の状況にあるといっても過言でない。
昨年10月28日の国家戦略会議で、私は民間議員として、3項目からなる防波堤を提案した。現在は、私が座長を務めている日本経済新聞社と米戦略国際問題研究所(CSIS)のバーチャル・シンクタンク・プロジェクトの部会で若手参加者が提起した最後の1項目を付け加えた提案にしている。この4項目とは、以下の通りだ。
(1)50兆円の金融危機予防基金を設置し、金融政策として外債購入を行う。
(2)グローバルな安全網(IMF融資、チェンマイ・イニシアティブ、中央銀行のスワップ協定)を再編・強化し、IMFが調整機能を担う。
(3)IMFにグローバルなマクロプルーデンス政策、主要準備通貨国の為替レートの安定化を議論する専門委員会を設置し、G20に提言する。
(4)IMFがSDR建て債券を発行し、融資基盤を拡大する。
(1)は、外債購入のための資金枠を設定することであり、円による基金や国家ファンドを別途設定するわけではない。日本銀行が金融政策実施のために設定している基金と同様の性格をもつものであるが、損失については財務省が負うことによって、政府・日銀が文字通り一体となって金融危機に対処することを可能にする仕組みだ。
(2)は、ソウルのG20で韓国代表が強く主張していたものであるが、実現しなかった提案を受け、フォローアップするものだ。
(3)は、マクロプルーデンス政策は、市場がグローバルになっている今日の状況に鑑みれば、グローバルなマクロプルーデンス政策を実施する各国の政策当局の責任を明示化し、協議する場がどうしても必要だとする判断に基くものだ。
(4)については、IMFが発行する債券は、クアドゥループル・エー(AAAA)の優良債券である。2016年までに9兆ドルの減少が見込まれる安全資産(IMF金融安定報告によればCDSスプレッド200ベーシスポイント以下の金融資産)への需要に応えるものだ。EFSF債やユーロ共同債の発行は、質の劣化した政府債務を質の良い債務に入れ替えることによって安全資産への需要を充たそうとするものである。
さらに、この提案はIMFが債券を発行することを通じて、現在のいわば信用組合に近い組織からより「最後の貸し手機能」を果たすことができる組織への改革を目指すものである。
ドルを中心とする国際金融体制は、複数基軸通貨体制への転換期にある。しかし、複数基軸通貨体制は、安定性の確保が困難なシステムでもある。グローバルな金融津波の防波堤として、IMFが新たな機能を発揮することが求められている。
バックナンバー
- 2023/10/23
-
「デリスキング」に必要な国際秩序
- 2023/08/04
-
妥当性を持つ物価目標の水準
- 2023/05/12
-
金融正常化への険しい道筋
- 2023/02/24
-
金融政策の枠組みを問う
- 2022/11/30
-
中国を直撃する米政権の半導体戦略