日本の景気後退リスクと政策対応
2012/09/25
景気後退のリスク発生
政府は、9月の月例経済報告で、「回復の動きに足踏みがみられる」と景気判断を下方修正した。私は、9月18日に開催された国家戦略会議にエネルギー・環境に関する戦略についての所見を提出した。その最後の文章で、日本経済に景気後退リスクが発生していることに留意すべきだと述べた。
一定の前提をおいて計算したヒストリカルDIが4月に50%を切り、急減していること、先進国経済の停滞、中国の経済減速と領土問題、赤字公債特例法の成立遅れによる5兆円の歳出抑制(「日本型財政の崖」)、電子部品の在庫調整、円高持続などを考慮すると景気後退は回避できないとみたからだ。
認知の遅れ
景気判断を行う当事者の立場になって考えてみると、当該月の統計データが出揃うまでに2カ月程度かかり、さらに1カ月のみの変化で経済の現状、先行きを判断するのは難しい。どうしても2カ月は判断変更のための時間が必要だ。従って、政府が「足踏み」と判断した場合には、景気後退がすでに始まっている可能性があるとみるべきだ。
景気の山の判断
日本の場合、景気の山、谷の判断は、主としてヒストリカルDIを用いて行っている。ヒストリカルDIを計算するには、先行き1年以上のデータの蓄積が必要だが、直近の傾向が持続すると仮定した場合の簡易化した計算をすることは可能だ。また、より直感的には、先行指数や一致指数の山がどこに来そうか予想することは可能だ。しかし、日本の場合、先行指数と景気の山、谷との連動性が低いことが問題だ。
2001年3月の経験
私は、2001年から2003年初めにかけて月例経済報告閣僚会議を担当する政策統括官を拝命していた。2001年3月の月例経済報告で「景気の改善に足踏みがみられる」と判断し、日本経済が停滞局面にあることを認知した。同時に、政府として初めて、日本経済は「緩やかなデフレ」にあると判断した。このデフレ認定は、現在の時点で振り返ると余りに遅きに失したように思われる。GDPデフレータで見れば、1995年以降、日本経済はデフレ均衡に陥っていたからだ。
景気の判断についても、3月の「足踏み判断」の1年半後に、内閣府経済社会総合研究所は、景気の山が、2000年11月であると認定した。政府の景気判断には、少なくとも4カ月以上の認知ラグがあったことになる。この認知ラグの発生について、当事者として深く反省をしているが妙案はない。
一つ考えられるのは、先行指数の活用だ。アメリカでは先行指数と実質GDPの動きや景気の山、谷と密接な関連がある。日本でも先行指数をもっと信頼の置ける統計に改善し、認知ラグを短くする努力が必要だ。
政策実施までの遅れ
さらに、政府が景気後退のリスクを認知したとしても、政策面で行動を起こすには実質成長率がマイナスに変化するのを見届ける必要がある。4-6月期のGDP統計が出るまでには8月中旬まで待たなければならない。
仮に4月に景気後退が始まっているとすれば、5カ月以上の遅れが生ずることになる。財政政策については、国会の議論や承認も必要なので1年程度の遅れが生じてしまう。戦後の景気後退期の平均期間は1年半程度であるので、後退が終了する時点になって初めて、拡大措置が採られるということになりがちだ。
円高予想によるデフレ持続の打破
9月の金融政策決定会合で日本銀行が、更なる緩和政策措置を採ったことは適切だ。しかし、グローバルな経済環境は、極めて厳しい。依然として、円高圧力は根強いものがあり、弱まっていない。デフレの原因が、企業経営者のマインドに定着した円高予想にあるとすれば、デフレを克服する上で、金融政策に一層の知恵と工夫が必要だ。
過去の急速な円高局面は、スイスフランと同様に、ドルやユーロといった主要通貨の大幅な下落の受け皿となることで発生している。主要通貨の過度の変動を回避するための国際金融体制の改革が必要だ。
「汚れた服」を「清潔な服」へ衣替え
アメリカ、欧州、日本のいずれも過大な政府債務を抱えている。それのみならず、民間債務も過去の歴史的な水準を大きく上回っている。
かつて、ロゴフ=ラインハルトは、過去の歴史を振り返ると、政府債務残高・名目GDP比率が90%を超えると経済成長が抑制される、と論じた。さらにIMFの研究では、民間与信残高・名目GDP比率が80-100%を超えると経済成長が抑制されると論じている。
日本とアメリカは、すでにそのいずれの閾値(いきち)も超えている。アメリカの政府と民間の債務残高の和は、名目GDPの360%を占めている。ピムコのビル・グロスは、アメリカの国債は「相対的にクリーンな汚れた服」だと論じている。
現在、一部のユーロ加盟国の国債はすでに「汚れた服」になっている。この「汚れた服」は先行き累増する可能性が高い。EFSF債やユーロ共同債は、「汚れた服」を「清潔な服」に衣替えする試みだ。IMFも、最後の貸し手機能を高めるために、4つ星(AAAA)のSDR建て債券を発行し、安全資産に対する需要に応えるべきだ。
「赤字公債特例法」の早期成立と税制改革前倒しの重要性
財政政策の面でも、「赤字公債特例法」の早期成立があれば、日本版財政の崖を回避することが可能だ。アメリカでも与野党の対立から、「財政の崖」問題が未解決であって、「世界経済最大のリスク」(ラガルドIMF専務理事)となっている。与野党の良識ある行動により、景気後退下の歳出カットを直ちに停止すべきだ。
景気後退が発生しているのであれば、消費税増税は延期すべきだとの声が高まろう。しかし、累積した政府債務の大きさを考慮すると、一度決定した消費税増税を延期することは、政府の統治能力に疑念を投げかけることになろう。政府の統治能力に対する市場の疑念が強まれば、長期金利が急騰し、日本の国債は、たちまち、「汚れた服」となり、一部のユーロ加盟国と同様に「政府債務危機と銀行危機との組み合わせ」に直面することになる。日本における国内民間部門の新規国債吸収能力は着実に弱まっていることを忘れてはならない。
すでに補正予算を策定すべきだとの議論が提起されている。しかし、累積した政府債務の大きさを考慮すると、可能な限り、民間の知恵と資金を総動員する形での補正予算を組むべきだ。また、消費税増税に伴う経済変動は、中長期的に必要とされる税制改革の前倒しによって緩和する工夫が必要だ。
バックナンバー
- 2023/10/23
-
「デリスキング」に必要な国際秩序
- 2023/08/04
-
妥当性を持つ物価目標の水準
- 2023/05/12
-
金融正常化への険しい道筋
- 2023/02/24
-
金融政策の枠組みを問う
- 2022/11/30
-
中国を直撃する米政権の半導体戦略