バーナンキ議長の決断
2013/06/25
資産買入額縮小の公表
バーナンキ・米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、6月の公開市場操作会合後の記者会見で「年後半に資産買入額の縮小を開始し、翌年半ばには買い入れを終了する」という見通しを示した。もちろん、労働市場の改善が条件であることは言うまでもない。
また、同時に、「資産買入額の終了は、直ちに金利引き上げを意味するものではない」と述べ、行き過ぎた金融引き締め予想にも予防線を張った。
決断に2つの理由
前回の万理一空「偉大な転換と金融市場の不安定性」で、資産買入額の縮小の開始は9月であろうと予想したが、ほぼその予想に沿った形での議長発言であった。9月に資産買入額縮小の開始を予想した理由は2つある。
一つは、失業率の先行きだ。仮に米国経済が2%程度の成長率を遂げたとしても、潜在成長率にほぼ等しい伸びなので失業率は低下しないはずだ。それにも関わらず、失業率が低下しているのは、ここ数年労働参加率が大きく低下しているからだ。ここ数年の低下傾向が持続すると、2014年半ばには失業率が6.5%に達する可能性がある。
すでにFRBは、2012年12月の公開市場操作会合でインフレ率が2.5%以下に止まると見込まれ、かつ失業率が6.5%を上回る場合、低水準の金利を維持することを公表している。
さらに今回、バーナンキ議長は、失業率が7%に低下するまで量的緩和第3弾(QE3)を終了しないと示唆した。
仮に今年後半から毎月850億ドルの資産買入額の縮小を開始するとして、資産購入額を毎回100億ドル縮小するとしても8-9回の会合が必要になる。資産買入終了まで少なくとも1年以上の猶予期間を見込む必要がある。2014年末に買入れを終了するとしても、今年後半の早い時期から買入額の縮小を開始する必要がある。
第二の理由は、バーナンキ議長が5月10日のスピーチで触れたように、米国経済に「ミニバブル」が発生していることだ。とりわけ、特約条件が緩和されたレバレッジ・ローンやハイイールド・ボンドやジャンク・ボンドのスプレッド縮小と発行額の増加が目立っている。
バブルが崩壊しても、金融緩和策によってただちに経済を修復することが可能だという市場の期待(「グリーンスパン・プット」や「バーナンキ・プット」)に応えたために、ついには金融システムが破綻したという批判をバーナンキ議長が敢えて無視することは困難だったのであろう。失業率とミニバブルの挟み撃ちの状況に置かれている以上、資産買入額縮小の時期をこれ以上延期することは困難だったに違いない。
決断に2つの批判
バーナンキ議長の決断に対して2つの批判がある。
一つは、ブラード・セントルイス連銀総裁による批判だ。総合個人消費デフレーターは1%以下、エネルギーを除く個人消費デフレーターの上昇率は、4月に1.1%であった。ブラード総裁は、デフレのリスクが発生しているのに「何故資産買い入れ縮小を急ぐのか」と疑問を投げかけている。
もう一つの批判は、クルーグマン・プリンストン大学教授によるものだ。米国の就業率は、リーマン・ショック前の62-63%から急速に低下し、足元も改善の兆しがなく、58-59%に止まっている。労働市場の改善が見られない中での早期の資産買入額の縮小開始は、FRBにとって「歴史的な失敗」に終わるリスクが高いと批判している。
日本銀行の出口戦略
日本銀行は、2001年3月から2006年3月まで量的緩和政策を実施した。新規に資産買入額を増額したのは、2004年1月が最後であった。出口に至るまでの1年2カ月余りの間に、早期にバランスシートを段階的に縮小する措置を採るべきであるという意見が日本銀行政策委員の間でも根強かった。しかし、私は、「一度、政策の方向転換を行うと、市場は先読みをはじめる。物価上昇率がゼロ%以上となる以前に、デフレ克服目標を放棄するというサインを市場に送ることになる」との理由で反対した。また、出口の時点で、ゼロ%以上の目標に換えて1%のインフレ目標を設定することが必要不可欠であると考えていた。
金融政策は、機動的に運営できるところに長所がある。バーナンキ議長も経済情勢によって資産買入額を減額することも増額することもあると述べている。しかし、現実には、しばしば方向転換を行うことは望ましいとは言えない。中央銀行の目指している方向性が曖昧になることによって金融政策の有効性が損なわれ、目標実現が遠のくリスクがあるからだ。仮に資産買入減額の規模、頻度を調整することはあっても、再び増額することは余程のことが無い限り実施が難しいであろう。
2006年3月の量的緩和の終了とともに3-4カ月で金融機関の超過準備は解消した。量的緩和政策解除の条件が明確であったために、市場に混乱が生ずることはなかった。私は、それまでの円安基調が反転することを恐れたが、実際には、市場におけるキャリートレードの持続によって円安が持続し、円レートは、2007年初めには、1ドル120円に達した。また、差し当たり金利はゼロで据え置かれたこともあって、長期金利に大きな変化は生じなかった。日本銀行とFRBとの相違点は金融機関の超過準備が解消してから金利を引き上げるのか、超過準備を残したまま金利引き上げを実施するかにある。
バーナンキ議長も買入額縮小と金利引き上げのタイミングを明確に区別している。二段階での出口戦略に関する説明は、透明性が高いので、実際に資産買入額の縮小が始まったとしても市場の混乱を回避することは可能であろう。
資産買入減額の影響
米国経済が本当に復活したのであれば、市場は資産買入減額を歓迎するはずだ。しかし、株価の下落は、市場が、現在の米国経済の回復は、異例の金融拡大政策に支えられている部分が大きいと判断していることを示唆している。
米国における金融政策の方向転換は、グローバルな市場に大きな影響を与えている。グローバルな資金は、債券投資から株式投資への「大きな転換」から、米国の民間ファンド(45兆ドル規模)を中心とする「大きな巻き戻し」(本国回帰)へと向かいつつある。
2008年以降の先進国における拡大的な金融政策の採用によって新興国に流入していた資金は、米国を中心とする先進国へ逆流することになる。これまで国内で株価や不動産価格の上昇が続いていた国や経常赤字幅や短期借入額の大きな新興国に調整の負担がかかることになろう。インドでは、ルピーが最安値を更新した。中国では、影の銀行システムへの対応もあって、上海銀行間金利が高騰している。
米国の10年物国債金利は過去の1.7%から2.7%まで上昇した。この間、インフレ期待が安定していたとすれば、実質金利は1%程度上昇したことになる。私は、「長期実質金利の謎」と呼んでいるが、1980年代後半から持続してきた先進国における長期実質金利の低下傾向は、米国の金融政策の転換によって終わりを告げ、逆転する可能性がある。日本は、円安と実質金利高圧力の狭間でデフレ脱却を目指すことになる。
ドルは、過去のQE1やQE2の終了時と同じく、新興国のみならず、ユーロ、円やカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど資源輸出国に対しても増価している。ドルは、今後も増価を続け、外貨準備に占めるドルのシェアは再び上昇しよう。
FRBによる出口戦略が、成功する場合には、ドルが世界における支配的な基軸通貨であり続けるというシナリオ実現の可能性を強めるであろう。このドル復位は、日本経済研究センターの2050年予測における米国の覇権維持シナリオ(※文末参照)と整合的だ。
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