「フランス・エコノミスト・サークル」会合に参加して
2013/07/24
フランスでの日本のボイス拡大
7月5,6,7日にフランスのエクサン・プロヴァンスで開催された「フランス・エコノミスト・サークル」の会合(「時代の衝撃」)にパネリストとして参加した。欧州連合(EU)のシンクタンクとも言うべきブリューゲルの所長であったピサニ・フェリー教授から出席の依頼を受けたためである。
フェリー教授は、7月初めにブリューゲルの所長からフランス政府の国家計画委員会の委員長に転職し、後任にはドイツ人のグンドルフ・ボルフ氏が就任した。フランスの国家計画委員会は、首相直属の機関である。フェリー教授によれば、新規の職は、内閣府経済社会総合研究所長に似ているとのことだった。
日本からの参加者は、浜田宏一・イエール大学名誉教授、伊藤元重・東京大学教授、渡辺博史・国際協力銀行副総裁、玉木林太郎・経済協力開発機構(OECD)事務次長、齋藤泰雄・元フランス大使などであった。齋藤元大使は、日本から多くの参加者があり、会議の場で国際的に発信できたことを喜んでおられた。
中流階層の没落と台頭
この会合で最も印象が深かったのは、フランシス・フクヤマ・スタンフォード大学教授の最初のパネル討論での議論であった。
フランシス・フクヤマ教授は、最近の世界の潮流を概観し、「先進国においては中流階層が二極化し、没落しつつある。その結果、貧富の格差が拡大している。他方で、新興国では新たに台頭した中流階層が民主化を求めて活発に活動しているが、その最終ゴールは明確でなく、政治的混乱が続いている」と述べた。
話を聞いていて、日本における1960年代初めの安保闘争は、単に安全保障、外交の問題であっただけではなく、台頭した中流階層が自らのボイスを主張する民主化運動だったのではないかという思いが頭をよぎった。日本は高度成長の波に乗ることによって、中流階層の要求に応えたのではないか。しかし、現代日本の直面する問題の一つが、「中流階層の先細り・中細り」であることは間違いない。アベノミクスがこの問題を解決できるかどうか未知数だ。
内閣府経済社会総合研究所が企画した5月の国際シンポジウムで、スティグリッツ教授が「第四の矢」として強調したのは、財政健全化ではなく、ヒューマン・バリューに基づき貧富格差を是正する公正な経済社会の建設であった。
「経済グローバル・ガバナンス」の議論
「フランス・エコノミスト・サークル」に集まったフランスの経済学者は、どちらかというとフランス経済学において比較優位のある数理経済学を専門とする人々ではなく、現実の経済政策、政治経済学、労働経済学、開発問題に関心の強い人々が多かった。
私の参加したパネルは「経済のグローバル・ガバナンス」であった。座長役は、ボワシエ・パリ大学教授であり、フランスの経済政策に大きな影響力をもっている。
ボワシエ教授とは、過去3回程お会いしたことがある。2006年11月に欧州中央銀行(ECB)の主催した会議では、ボワシエ教授は、ECBの保守的な金融政策を強く批判し、当時のトリシェECB総裁が、一生懸命なだめていたことを思い出す。また、2009年末に、ボワシエ教授からバーゼル合意Ⅲについて、「英国が高い自己資本比率を要求しているが、日本とフランスでこれを阻止すべきではないか」と相談を受けたこともある。
今回のパネルでは、ボワシエ教授は、私が日本出発前から予想していた通り、「日本は拡大的な金融政策を採用することによって通貨戦争に巻き込まれたのではないか」との問題提起を行った。
日本への期待
私は、中国など新興国の台頭によって経済グローバル・ガバナンスの弱体化が生じているが、2050年までの世界経済を展望すると、アメリカは経済覇権を維持し、中国は「中所得のワナ」に陥り、一人当たり総所得は1.2万ドルに止まるとの日本経済研究センターの予測を紹介した。中国の長期見通しに触れた途端、会場からは、笑いがこぼれた。
日本の将来については、経済・社会・政治の諸制度の抜本的改革に成功すれば、2050年に一人当たり総所得は8.8万ドルと世界第三位になり、日本は復活すると述べた。また、通貨戦争に関連した「隣国窮乏化効果」については、日本における過度の円安は、液化天然ガス(LNG)など化石燃料の輸入金額の増加からむしろ「自国窮乏化効果」があることを指摘した。
ロシアからのパネル参加者は、女性のロシア政府高官(バロバヤ・マクロ経済・経済統合担当大臣)であった。ロシアは、旧ソビエト連邦加盟国を中心に国際通貨問題について、国際通貨危機予防のための国際会議(アスタナ経済フォーラム)を開催している。この会議には、世界の著名な学者も参加している。私は他の会議のため、カザフスタンの首都で開催された会議に出席できなかったが、会議開催後の共同声明などを読むと、ロシアも国際通貨問題に対して発言権を強めるため、着々と準備を進めているという印象をもった。
パネルの終了後、米国からのパネリストである『アトランティック』の編集長のクレモンス氏が、私に向かって「2%インフレ目標達成は無理だが、日本は強くなってもらわねばならない」と強く述べていたことが印象的だった。
中国からは、人民銀行の政策委員を務めていたファンガン・中国社会科学院教授も別のパネルに出席していた。欧米のエコノミストとの間にある中国経済に関する情報ギャップの大きさを嘆いていた。今頃中国の不動産バブル崩壊のリスクなど議論しているのは笑止だと述べていた。私は、現在でも、中国では構造的な不動産バブルが続いているのではないかと考えているが、残念ながら議論をする機会がなかった。
大学改革への教訓
「フランス・エコノミスト・サークル」の会合の前に、大学生によるスピーチ・コンテストがあった。「2020年に向け革新せよ」というテーマで学生がスピーチを行い、審査員が賞を与えることになっている。学生のスピーチは、時折鋭い洞察があり、フランス的知性を感じさせるものがあった。日本に不足していると言われている、ディベートの良い訓練になるのではないかとの印象をもった。
また、会合に参加した学生は、外国から招聘されたパネリストの世話をするだけでなく、各セッションで代表質問を行うことになっていた。日本でも類似した国際的な「日本エコノミスト・サークル会合」を開催することにすれば、大学生のみならず大学全体の意識改革にもつながるのではなかろうか。
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