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岩田一政の万理一空

アベノミクスとケインズの公開書簡

 

2013/10/29

ケインズの3つの提案

 ケインズは、1933年12月31日にフランクリン・ルーズベルト大統領に当てた公開書簡をニューヨークタイムズに寄稿した。そこでケインズは、米国経済の政策運営について3つの提案を行った。

 第一は、国債発行による一時的な財政拡大である。敏速な実行が可能な「ワイズ・スペンディング(賢明な支出)」である。

 第二は、大規模な公開市場操作を通じる長期国債の購入だ。ケインズは、「チープ・マネー(安価な貨幣)」政策と呼んでいた。

 第三は、米国と英国の間での為替レート安定化のための共通の政策の採用によって物価水準の安定を図ることであった。

アベノミクスとの比較

 アベノミクスは、3本の矢から成り立っている。

 第一の矢は、拡大的な金融政策だ。しかも、政策の操作目標変数は、マネタリー・ベースであり、2年で倍増を目指している。

 第二の矢は、柔軟な財政政策だ。2013年1月には、13兆円の補正予算が組まれている。

 第三の矢は、再興戦略であり、中長期に実質2%、名目3%の成長率の実現を目指している。

 ケインズの3つの提案のうち「ワイズ・スペンディング」と「チープ・マネー」は、それぞれ第二の矢、第一の矢に対応している。ケインズは、ニューディールの下での制度改革には興味がなかった。しかし、物価水準の安定のためには、米国と英国との共通の為替レート安定化政策が必要であると考えていた。この提案はやがてブレトンウッズ体制へと結実することになる。

 1934年にルーズベルト大統領は、国際通貨制度に関する会議の開催を呼びかけた。ケインズは、「ルーズベルト大統領の金政策」という小論を書いた。この会議では、「硬直的な金本位制度に戻らないこと、しかし、貿易収支ならびに国内物価政策の緊急性といった理由による場合を除いて、暫定的な平価を設定することになるであろう」と述べた。

「チープ・マネー」とQQE

 金融拡大政策について、ケインズと日本銀行による「量的質的金融緩和政策(QQE)」とは、方向性は同じであるが、内容は異なっている。

 短期金利がほぼゼロに接近していたので、ケインズは、3-3.5%で推移していた長期金利を長期国債の大規模購入によって2.5%以下に抑制することを提言した。

 他方、日本銀行は、マネタリー・ベースの倍増を通じて、イールド・カーブ全体を引き下げることを意図しているが、長期金利について明確なフォワード・ガイダンスを行っていない。

 ところで、金融政策の操作目標変数について量をとるのか価格をとるのかによって大きな違いがある。

 ケインズは、財政支出拡大の代わりに貨幣供給量の拡大を進める提案を受け入れなかった。貨幣供給量の拡大は、「サイズの大きなベルトを購入することによって、太ろうとする試みだ」と批判した。ケインズは、古典派の貨幣数量説は、完全雇用の下では有用であるにしても、完全雇用均衡からかけ離れた経済においては、該当しないと考えていた。

 米国は、やがて戦時下で長期金利に2.25%の上限を設定するようになった。戦後になっても、当時のトルーマン大統領は、庶民の重要な貯蓄手段である国債の価格が暴落すること、すなわち長期金利が2.25%以上に上昇することを決して認めないという頑固な態度を維持していた。

 米連邦準備理事会(FRB)は、長期金利の上限を超えないよう貨幣供給量を増加させたために、インフレを抑制することが不可能になった。この結果、政府とFRBとの間で「アコード」が締結され、FRBはインフレをコントロールすることが可能になった。

 一般的には、中央銀行が、マネタリー・ベースと金利の両方をコントロールすることは不可能であるといえる。

 逆に、中央銀行が量的な操作目標変数の達成のみに注力する場合には、長期金利の変動や上昇を抑制することがやがて困難になるであろう。

 同様に、資本移動が完全な下で、ファンダメンタルな要因で決定される為替レートの水準を下回るレートを維持しようとすれば、中央銀行は貨幣供給量のコントロールを失うことになる。固定レートの維持が、1970年代前半のギャロッピング・インフレを誘発したことは、日本経済の経験が示す通りである。

日本経済政策学会での議論

 10月26日に開催された2013年度の日本経済政策学会主催による「第12回国際コンファランス」では、デヴィッド・マッカラム・カーネギーメロン大学教授と私が基調講演を行った。

 マッカラム教授は、ルールに基づく金融政策の話をし、テイラー・ルールに代わるマネタリー・ベースを操作目標変数とするルールと為替レートを操作目標変数とするルールを紹介した。

 日本銀行は、いずれかのルールに基づく政策運営を実施すべきであったこと、また、後者のルールを採用する場合には、日本銀行が外貨建て債券を購入することが求められると述べた。もちろん、これら2つのルールを同時に実施することは不可能である。

QQEと長期金利

 では、日本がデフレを克服する上で量と利子率のいずれを重視すべきなのであろうか。量的緩和政策の政策効果は、フォワード・ガイダンスと量的拡大の2つに分けて考えることができる。

 日本銀行は、2001年3月から2006年3月にかけての量的緩和政策において物価上昇率がゼロ以上になるまで現在の緩和政策を維持するという政策を採用した。「時間軸効果」であるとか「政策持続効果」と呼ばれる、自らの行動を拘束する政策を採用した。

 確かに、「時間軸効果」は、長期金利を低位に安定化する効果をもっていたが、その政策のみで一度デフレ均衡に陥った経済を正常な姿に戻すことは難しいと私は考えていた。

 フォワード・ガイダンスがデフレ脱却に有効であるためには、その政策が信頼のおけるものであることが必要である。例えば、デフレが開始される前の物価水準への回復を目標とする「物価水準目標政策」との組み合わせが求められる。

 長期金利は、将来の期待された短期金利とターム・プレミアムに分解することが出来る。前者はフォワード・ガイダンスに影響を受け、後者は量的拡大によって長期国債の稀少性が増加することを通じて影響を受ける。ジェレミー・スタインFRB理事らの実証分析によれば、将来の期待された実質短期金利は、非金融部門の実物投資決定に大きな影響を与え、ターム・プレミアムの低下は資産価格に大きな影響を与える。

 仮に日本銀行が、非金融部門の投資行動に影響を与えたいのであれば、将来の期待された短期金利に働きかけることが必要になる。日本銀行が、金利に関する明示的で、信頼のおけるフォワード・ガイダンスを導入することは、不可避の課題になっているといえよう。