OECDの2060年予測
2014/02/07
「OECD100」プロジェクト
1月31日に経済協力開発機構(OECD)事務局と内閣府経済社会総合研究所(ESRI)とのジョイント・ワークショップ「2060年までの世界経済長期予測と政策的な含意」が開催された。
OECDは、1961年に欧州経済協力機構(OEEC)から発展拡大し、OECDとなってから50年経過した。これを記念して、50年先の世界経済の予測を行った。創立50プラス50年先の予測であるため、「OECD100」プロジェクトと呼ばれている。この長期予測結果と政策上の意味合いを内外のエコノミストを集めて議論することが、ワークショップの狙いであった。
もちろん、日本政府としてもOECD100のプロジェクトを積極的に支援しており、ESRIがジョイント・ワークショップの主催者となった。
加えて、日本政府は、1964年にOECDに加盟してから50周年に当たり、OECD閣僚理事会でも1978年以来2度目の議長国となることから議長国としてのイニシアティブを発揮することが求められている。
外務省は、昨年秋から5月のOECD閣僚理事会に向けて、日本が議長国として発信する提案について有識者会合を開催した。私は、有識者会合の座長として、1月にその有識者会合がまとめた提案を岸田外務大臣に提出した。
自然災害や金融危機など様々な厳しいショックに対して、それに耐え、克服する強靭性(レジリエンス)を強化するには何をなすべきか、また、アジア諸国とOECDとの連携を強化するには何をなすべきかというテーマを深めるべきだというのが有識者会合の提案のポイントであった。
「日経センター50年」との接点
日本経済研究センターも1963年に発足し、昨年3つの記念プロジェクトを実施した。第一が、「日本およびグローバル経済の2050年予測」である。
第二は、日本経済研究センターを中心に活躍したエコノミストの軌跡を歴史的に回顧した『エコノミストの戦後史』刊行である。
第三は、外国の優れたエコミストの招聘講演会の開催である。
『エコノミストの戦後史』に収録された「20周年記念座談会」において、大来佐武郎氏は、ブルッキングス研究所のヘンリー・オーエン企画部長から日米欧の「トリパルタイト・エコノミスト・コンファレンス」開催の呼びかけがあったこと、その場で1978年のボン・サミットで話題になった「機関車論」(日米欧の財政拡大策を中心にして、第一次石油危機以降のスタグフレーションから脱出すべきだとする提案)が提示されたと述べておられる。
1978年のOECD閣僚理事会では、日本が初めて議長国を務め、宮澤喜一・経済企画庁長官と牛場信彦・対外経済担当大臣が出席された。
私は、当時、OECD経済統計局金融財政政策課に勤務していた。土日も休まずに廊下を歩いて思考を巡らせていたステファン・マリスOECD局長が、「ケインジアンのクイックフィックス政策(短期需要管理政策)」を真っ向から否定して、「構造政策」の重要性を説くドイツのハンス・ティートマイヤー経済政策局長らを説得し、経済政策委員会、閣僚理事会を通じて、「機関車論」により5%成長達成を目指すOECDの成長戦略を展開する裏舞台を、興味深く観察していた。
また、後日、大来佐武郎氏が外務大臣となり、選挙中に急逝された大平総理大臣の代理として1981年ベニス・サミットに出席された。私は偶然にも事前のシェルパ会合の随行を務めたことがある。シェルパ会合では、前述したブルッキングス研究所のオーエン氏が米国代表であり、リチャード・クーパー国務省次官、フレッド・バーグステン財務省次官補、ロバート・ホーマッツ国務省次官補などの錚々たる論客が参加していた。国際的な経済政策は、思ったよりも限られた人材の間で形成され、実施されるものだと思う。
基調講演4つのポイント、日経センター予測を紹介
こうしたいくつかの縁もあってか、私はOECD-ESRIジョイントセミナーの基調講演を依頼された。基調講演では、次の4点を指摘した。
まず、第一に、日経センターの予測もOECD予測と同じく労働投入、資本投入と経済全体の効率性(全要素生産性)の3つが成長の基本的な決定要因であるとする新古典派成長理論に基礎を置いている。しかし、日経センターの予測は、各国間の全要素生産性の水準の差が、経済のみならず政治、社会の諸制度の質の差によって大きな影響を受けていることに着眼した予測であることを強調した。
すでに日本は、労働投入のみならず資本投入もマイナスになっており、中期的な2%成長実現という再興戦略目標を実現するには、全要素生産性を1%程度から2.5%以上に大きく引き上げる必要がある。このためには、文字通り異次元の諸制度の改革が求められる。
第二に、日本については3つのシナリオを提示した。過去と同じスピードで改革することを想定した標準シナリオの場合には、一人当たり国民総所得は2010年の4.2万ドルから5.4万ドルに増加するにすぎず、2050年までの平均成長率はほぼ0%である(日経センターの予測は近く公表する最終報告で小幅の改定がある見通しである)。
また、改革努力を怠り、消費税率も10%に据え置く場合には、財政破綻が発生し、2050年の一人当たり国民総所得は2010年時点よりも減少する。
政府負債・名目GDP比率を200%で安定させるためには2030年代までに消費税率を25%まで引き上げることが必要だ。日本が内外企業の活動の場として魅力を維持するには実効法人税率を25%に引き下げることも必要だろう。
注目すべきことは、公的負担が38%から55%程度に上昇することを考慮すると、一人当たり実質消費が増加するのは、改革を加速し、一人当たり国民総所得が倍増する8.8万ドルとする成長・改革シナリオのみである。
成長シナリオのみが、最近ローレンス・サマーズ元財務長官が警告している自然利子率がマイナスとなる事態を回避し、中長期的にデフレから逃れることを可能にする。何故なら、自然利子率は、新古典派の成長理論の枠組みの下では、均衡実質利子率に等しく、それは、一人当たり実質消費増加率と時間選好率の和に等しいからだ。仮に、一人当たり実質消費増加率のマイナス幅が大きく、時間選好率を上回ると自然利子率がマイナスになる結果、経済はデフレになりやすく、また、デフレから脱却することが困難になる。
なお、このシナリオでの2050年までの平均成長率は1.3%であり、偶然ではあるが、OECD事務局による2060年までの日本の平均成長率に一致している。
第三に、グローバル経済では、米国は2050年の時点でも世界最大の経済規模を有する覇権国(へゲモン)の地位を維持する。中国は、OECD予測と異なり、制度の質が先進国の平均を大きく下回るために「中所得のワナ」に陥り、そこから脱することができない。日経センターの長期予測では、アジアで韓国、台湾、香港、シンガポールのほかに「中所得のワナ」を脱することが出来るのはマレーシアのみである。
第四に、日本が将来も市場規模が拡大する経済であり続け、社会保障制度が維持可能になるためには、人口減少に歯止めをかけ、人口規模を9000万人で維持することを国家目標にすべきだ。そのためにフランス並みの子供手当ての実施と外国人労働者の20万人受け入れを実現することが必要だ。
技術革新の影響など主な論点
ワークショップでは、OECDの長期予測を巡って熱心な議論が行われた。なかでも、国際通貨基金(IMF)アジア太平洋局長のローメン・デュバル氏は、OECDの長期予測について10の問題点を指摘した。日経センターの2050年予測にも該当する部分もあるよいコメントであった。
1.世界の技術革新は鈍化するが、IT技術などのスキル・バイアスが残るか?ニュー・エコノミーは終焉したか?
2.制度は収束傾向を示すか?
3.全要素生産性やIT技術は、収束傾向を示すか?技術の世界伝播スピードは鈍化している。
4.制度の収束傾向は、中所得のワナを改善するか?中所得のワナにおける制度の重要性。
5.人口動態変化は、一人当たり所得の収束傾向に影響を与えるか?豊かになる前に老いる中国と人口ボーナスを享受するインド。
6.世界貿易とファイナンスは一層統合するか?
7.ファイナンスの統合進展は、危機を誘発し、その規模を拡大するか?
8.グローバルな公共財供給は大きく拡大するか?
9.地域的な公共財と価値財はどのようにファイナンスされるか?
10.世界全体ではジニ係数は低下し、各国間のジニ係数は上昇するか?
日経センター予測では、技術進歩の内容について掘り下げた分析を行っていないのでIT技術を中心にしたスキル・バイアスの問題はこれからの課題だ。
また、日経センターの標準ケースでは、制度の収束傾向があるとは想定していないが、OECD予測では、全要素生産性と制度について収束傾向を想定している。この結果、2060年までの日本の平均成長率は1.3%を維持することになっている。
「中所得のワナ」を制度の質との関係で明示的に分析したことが、日経センターの長期予測の貢献であろう。OECDとアジア諸国との連携強化という課題については、いかにして東南アジア諸国連合(ASEAN)を中心とするアジア諸国が、中所得のワナから脱出できるかという問題についてOECDが有益な役割を果たすことができるのではなかろうか。
最後に、人口減少については、東京大学駒場キャンパスの時代から知り合いであったドイツのアクセル・ベルシュ=スパーン・ミュンヘン高齢化経済センター所長は、ドイツも出生率引き上げを目指して随分努力してきたが、成功していないと私に語っていたことが印象的であった。
※2013年以前のバックナンバーはこちら(旧サイト)をご覧ください。
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