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岩田一政の万理一空

ブレトンウッズ体制70周年記念セミナーに参加して~世界経済の統合と分断を考える

 

2014/08/08

 今年は、1944年にブレトンウッズ体制が誕生してから70周年にあたる。ペルーの中央銀行とブレトンウッズ再興会議の共催で、その70周年を記念するセミナーが、7月21、22日に同国南部の旧インカ帝国の首都クスコで開催された。

 セミナーの副題は、「世界経済の連結性を管理する」であった。市場はグローバル化し、金融機関や企業は国境を越えて相互連結性を強める一方で、先進国と新興国、ならびに地域的な統合の強まりなど分断化現象が現れていることに対して、グローバル・ガバナンスなど世界経済秩序を維持するためには、どのように対処すべきかがテーマであった。

 私は、このセミナーの第一セッション「世界経済の連結性を管理する」でのパネリストとして招待された。このセッションのほかのパネリストは、バリー・アイケングリーン・カリフォルニア大学教授、マイケル・ボルド・ラトガース大学教授、ジュー・ミン国際通貨基金(IMF)副専務理事であった。

 アイケングリーン教授とボルド教授は、固定レート制度が崩壊してからのIMFの歴史を振り返り、サーベイランスと国際的な財政・金融政策の調整の難しさ、新たなIMF緊急融資とコンディショナリティ(貸し出し条件)の問題、債務返済の時期を引き延ばすことによって延命可能なグレー・ゾーンの政府債務に関するココ・ボンド発行提案、最近設立された中国・ロシアなど新興5カ国(BRICs)による新開発銀行などを含む地域的な取り決めへの対処など多くの課題を抱えていることをバランスよく指摘した。

BRICsの新開発銀行

 BRICsは、7月のブラジル・フォルタレザにおける首脳会議で、各国が100億ドルを拠出する500億ドルの資本金で新興国・発展途上国のインフラ投資に特化した新開発銀行を設立することについて合意した。資本金は当初の500億ドルから1000億ドルに拡大することが承認されている。

 さらに、BRICsは、1000億ドルの緊急外貨準備取り決めについても合意した。中国はその41%を拠出することになっており、ブラジル、インド、ロシアはそれぞれ18%、南アフリカは5%を拠出することになっている。

 アイケングリーン、ボルド両教授によると、外貨準備のプールには意味がある。しかし、現実の運用は、チェンマイ・イニシアティブ(2400億ドル規模)のモデルはあるが、うまく機能するとは限らないこと、また、コンディショナリティをどのように設定するのか、IMFの融資とはどのような関係があるのか、BRICs5カ国以外の国も資金を利用できるのか、といった多くの未解決の問題があることを指摘した。

 また、米国の連邦準備制度を中心とする中央銀行間のスワップ取り決めでは、2008年にメキシコ、ブラジル、韓国、シンガポールに対して、1600億ドルの資金が提供されている。新開発銀行の1000億ドルの外貨準備のプールは、規模として決して大きなものではないことも指摘していた。

 かつて中国人民銀行(中央銀行)の副総裁を務めたことのあるジュー・ミンIMF副専務理事は、世界経済におけるクラスターとしての地域的な集積に着目し、アジアにおけるその目覚ましい展開について雄弁に語ったが、新開発銀行についてはノーコメントであった。

 中国清華大学のデイヴィッド・リー教授は、もっぱら人民元の決済通貨としての地位向上を強調していた。他方で、モルガン・スタンレーのマノイ・プラダン氏は、中国の実質貸出金利は、すでに実質成長率を上回っており、金利自由化は、投資主導経済から消費主導経済、中成長への転換を促進するであろうと述べていた。

BRICsの新開発銀行に対する疑問

 中国は、BRICsの新開発銀行やアジア・インフラ投資銀行の設立のみならず「新絹の道構想」(北回廊と南回廊がある)を打ち出し、中国南部、東南アジア諸国連合(ASEAN),中央アジア、欧州を結ぶ「陸の連結」を強化しようとしている。

 私は、BRICsの新開発銀行やアジア・インフラ投資銀行について、まず、第一に、ガバナンス構造が透明性を欠いていることが最も大きな問題であると思う。初代総裁はインド、初代理事会議長はブラジルから、新開発銀行の所在地は上海とし、南アフリカに地域センターを設置することなどが決定されたが、新開発銀行がどのようなガバナンスの下で運営されるのか明確ではない。また、アジア・インフラ投資銀行においては、中国が圧倒的な資金拠出者であり、中国の一国支配体制となるリスクがある。

 第二に、既存の国際機関業務との整合性について十分な配慮がなされているのか疑問である。現在の枠組みの下でも、欧州債務危機に際しては、欧州連合(EU)、欧州中央銀行(ECB)、IMFの「トロイカ体制」が満足すべき成果をあげたとはとてもいえない。BRICs首脳は、新開発銀行の設立によって、IMF・世銀など既存の世界経済秩序に対する挑戦者としての位置付けを明確にしている。ちなみに、ロシアの代表は新開発銀行と緊急外貨準備取り決めを「ミニIMF」「ミニ世銀」だと説明している。

 現存する世界経済秩序に対するBRICsの不満は、IMFのガバナンス改革の遅れにある。2010年に主要20カ国・地域(G20)で合意されたクォータ出資比率改革も米国議会の承認が得られずにいることがBRICsの結束を強めているように見える。BRICsのGDPが世界に占める割合は24.5%であるが、出資比率は10.3%に過ぎない。新開発銀行が、IMF・世銀を脅かす存在になるとは言えないが、世界経済秩序に関する合意形成をこれまでよりも困難にするであろう。

ブレトンウッズ体制の逆転

 パネリストとして、私からは、3つの点を指摘した。

 まず、第一に「第二の機械時代」(The Second Machine Age)における企業によるグローバル・バリュー・チェーンの構築による世界経済のグローバル化と経済統合の深まりの一方で、その過程における「メガリージョナリズムの興隆」という一見すると相反する動きが共存していることを指摘した。

 第二に、ケインズが1933年末にルーズベルト大統領に宛てた公開書簡において3つの処方箋(チープ・マネー、ワイズ・スペンディング、英米間の為替レート取り決め)を紹介した。

 ケインズの最初の2つの処方箋は、アベノミクスと同一の提案である。また、ケインズは、国内物価水準の安定には為替レートの安定が不可欠と考えていたこと、貿易収支や国内物価政策上の理由がある場合に限って調整が可能な固定レート制度がブレトンウッズ体制の基礎になったことを紹介した。調整可能な固定レート制度が崩壊してから、主要国は変動レート制度に移行し、今日では、物価安定は、インフレ目標政策によって実現すべきであり、為替レートは市場の変動に委ねるという金融レジームへとシフトした。ケインズは、国内物価安定には為替レートの安定が必要不可欠と考えていたので、インフレ目標政策と変動レート制度の組み合わせは、為替レートの安定を基本とするブレトンウッズ体制を逆転させたと言ってもよい。

金融政策の国際的な調整

 「逆転したブレトンウッズ体制」の下で、仮にすべての国が、変動レート制度を採用し、かつ、企業の価格設定も為替レートの変動を100%価格転嫁する場合(「生産者通貨価格設定」)には、一国の拡大的な金融政策の採用によって「近隣窮乏化」や通貨戦争は生じない(アイケングリーン=サックスのケース)。従って、国際的な金融政策の調整は、一切必要ないということになる。

 逆に、変動レート制度の下ですべての企業が、為替レート変動を利潤変動で吸収する「現地通貨価格設定」行動をとる場合には、為替レートの価格転嫁はゼロ%となり、一国の拡大的な金融政策は、「近隣窮乏化効果」をもつ。ちなみに、日本の企業の価格転嫁率は50%程度であり、「生産者通貨価格設定」と「現地通貨価格設定」の組み合わせを選択している。また、興味深いことに、企業の価格設定行動とインボイス・カレンシーの選択に与える要因は共通している。

 現実の世界では、為替レート制度一つをとっても変動レート制度から管理された変動レート制度、固定レート制度、通貨統合というように多様であり、企業の価格戦略も各国で異なっている。このことは、アイケングリーン=サックスのケースのみに着目し、他国へのスピルオーバー効果を無視することには問題があるということを意味している。

 さらに金融政策とは直接関わりのない理由で、変動レート制度の下で均衡レートからの持続的な乖離(ミスアラインメント)が発生すると、ケインズが洞察したとおり、国内物価水準の安定と両立しえない事態が発生しうる。

IMF改革提案

 日本のデフレは、1990年代半ばの円レートの過大評価(円高シンドローム)にその原因があり、2010~12年にも「安全資産」への逃避行動による円レートの過大評価によってデフレ克服が困難になった。

 現在、主要国は、ゼロ金利制約の下で「流動性の罠」のみならず、政府債務危機のリスクがある下での「安全資産の罠」に直面している。前者に対しては、量的緩和やフォワード・ガイダンスによって対処が可能である。

 他方で、「安全資産の罠」については適切な対応方法が欠如している。ユーロ圏における政府債務危機リスクが高まると、投資家は安全資産を求めて、スイスや日本に資金を移すため、過大な為替レート引き上げによってデフレ圧力を強めることになる。そこで、私は、「安全資産の罠」から逃れるために、IMF改革の提案として、IMFが中央銀行間のスワップ協定のセンターになり、IMFの特別引き出し権(SDR)建てのIMF債を発行することは、有効な手段になりうると、第三の点として指摘した。

クリスチアーノ教授の反応

 私のプレゼンテーションについて、ローレンス・クリスチアーノ・ノースウエスタン大学教授は、ケインズがデフレ問題についてこれ程深く問題を考えていたとは知らなかったと述べていた。また、岩田氏は、日本のデフレもインフレ目標政策のみによって対処可能ではなかったのではないかと述べたのだ、と発言していた。2012年夏に過度の円高是正の転換が生じたが、これは私がドラギECB総裁による「直接通貨取引政策」(Outright Monetary Transaction Policy)公表により、ユーロ・レートが回復に向かったことによると述べたことを踏まえた発言であった。

 なお、クリスチアーノ教授は、国債流動性問題について、ヒュン・ソン・シン国際決済銀行(BIS)顧問の分析を引用し、新興国の国外での外貨建て債務に注意を払うべきであり、連邦準備制度理事会のテーパリングが新興国に与えたショックが大きかったのは、新興国の国外での外貨建て債務が大きかったことによると強調していた。

為替レート制度と国際協調

 国際金融研究所のチャールズ・コリンズ氏とは、財務省次官補であった2010年3月にブラッセル・セミナーで同じパネルに参加したことがある。私は忘れていたが、コリンズ氏はよく記憶していた。コリンズ氏は、新興国にとってインフレ目標政策と自由な変動レート制度の組み合わせが様々なショックに対して最も強靭であると述べ、日本銀行の「量的・質的緩和政策」もその文脈で理解すべきだと米政府の公式見解に近い意見を表明していた。

 これに対して、ムーア・キャピタルのエンス・ナイステド氏は、「ソフトな固定レート制度」は維持困難で、「自由な変動レート制度」と「ハードな固定レート制度」に2極化するとの世界の為替レート制度についてのスタンレー・フィッシャー氏の仮説は該当せず、多くの新興国は、変動レート制度といっても自己保険のための外貨準備蓄積(介入政策)と資本移動の制限措置によって「事実上管理された変動レート制度」を採用していると述べていた。

 ECBからの参加者は、ブノワ・クーレ理事のみであった。クーレ理事は、IMFのジョナサン・オストリー調査局次長はマクロ政策の協調による利益は大きいと論じたのに対し、国際協調による利益は決して大きなものではない。ただし、国際金融機関の果たす役割が小さいとは言えない。グローバルな国際金融機関は、リスクやスピルオーバー効果について共通の情報を提供し、危機時点で必要な政策調整を可能にすることができるからであると述べていた。また、国際機関は、厳しいルールよりも原則とインセンティブに基づく制度が望ましく、かつ、サーベイランスが有効であるためには、多国間主義(Multilateralism)を放棄してはならないと強調していた。

バブルリスク

 長期間にわたる主要国の金融緩和政策が、金融不均衡をもたらすのではないかという懸念は、多くの参加者の問題意識であった。

 モーリッツ・シュラリック・ボン大学教授は、1870年から2012年にわたる過去140年間の長期にわたる金融緩和政策と住宅部門への融資、ならびに実質住宅価格の関連を分析し、過大な民間債務の累積が金融危機を引き起こす主要な要因であると論じた。固定為替レート制度が採用されている場合には、基軸通貨国の短期金利変動が周辺国の国内金利に直接影響を与えるという歴史的な経緯を踏まえた上で、国内金融緩和によるモーゲージ貸出比率の高まりや住宅価格の上昇が、金融危機の発生確率を増大させると論じた。

 すでに、イギリス、スイスは、住宅価格のバブルに直面している。仮に、シュラリック教授の分析が正しければ、英国の金利引き上げの速度と上昇幅は金融危機の発生確率に有意な影響を与えるということになる。