AIIBと人民元のSDR組み入れ
2015/08/06
「グローバル・シンクタンク・サミット」への参加
6月26、27日に中国国際経済交流中心主催による「第四回グローバル・シンクタンク・サミット」に参加する機会があった。日本からは、私のほかに田中伸男笹川平和財団理事長、田中直毅国際公共政策研究センター理事長の2人がパネリストとして参加した。筆者がパネリストとして参加したパネルは、「グローバル・ガバナンス」であった。
筆者は、4年前の「第一回グローバル・シンクタンク・サミット」にも招待されたことがある。1回目のサミットでは、新たな政府系シンクタンクの創立を祝うお披露目の色彩が強く、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官やロバート・マンデル・コロンビア大学教授などが基調講演を行った。首相になる前の李克強氏をはじめ多数の中国の有力政治家が、挨拶のスピーチを行った。
一回目のサミットでの基調講演でマンデル教授は、人民元は世界の主要な準備通貨になり、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)のバスケット通貨に組み込まれるだろうと述べていた。4年後に人民元のSDRへの組み込みが現実の政策課題になり、それに関連したパネル討論に参加することになるとは予想していなかった。中国の経済力とパワー台頭のすばやさに驚くばかりだ。
李克強首相との対話
会議開催に先立って、日本を出る間際に「参加者は、バスで人民大公堂に集合して欲しい」との連絡があった。配布された予定表には「指導者との面会がある」とだけ通知されていた。誰かわからないが政府高官が挨拶されるのかと思っていた。人民大公堂の会議室に現れた「指導者」は、意外にも李克強首相であった。
第一回目の「グローバル・シンクタンク・サミット」では、スピーチを聞くだけであったが、今回は30分程度外国からの参加者と議論したいということであった。最初に10分程度、グローバル・ガバナンスと中国経済の現状についての話があった後、Q&Aの形で20分程度議論を行なった。
グローバル・ガバナンスについては、国連を中心とする世界平和の維持がコアであり、経済面では、持続可能な成長、とりわけ内包的成長とグリーン成長が重要であることを強調していた。
海外からの参加者からは、環境問題について、中国の強いリーダーシップの発揮を要望する意見が相次いで表明された。李首相は、「北京から少し離れた村を訪問すればわかるように、中国はまだ発展途上国なので」と述べていたが、会議後の欧州訪問では2030年に向けてGDP単位当たり温暖化ガス排出量の60-65%削減、温暖化ガス総排出量のピークアウトと非化石燃料比率20%達成という新たな目標を打ち出した。この中国の新たな目標設定は、この時の海外専門家との対話が、何らかの影響を与えた可能性がある。
中国経済について、李首相は、新常態(ニューノーマル)の下での市場志向型政策のあり方を述べていた。李首相は、かねてより、上海の自由貿易試験区構想の進展や投資をファイナンスする上で、銀行融資を通じる方法から資本市場を通じる資金の流れへの転換の重要性を強調してきた。
今回の海外専門家とのやりとりのなかで李首相は興味を引く数字を挙げていた。それは、中国における起業数である。今年はすでに1万を超える新たな企業の登録があったと誇らしげに述べていた。後知恵であるが、この時、深圳(シンセン)における新興企業向けの「創業版」市場では予想株価収益率(PER)が151倍とITバブル期における米IT企業と同じ高さに達していた。株価暴落を目前にしていたことになる。
会議を通じて、「新常態」の意味内容は、中国でも人によってニュアンスが異なっているという印象を受けた。
第一の論点は、2ケタ成長から7%へ成長減速があっても失業率が上昇しないという構造変化だ。中国経済は、大規模な農村の余剰労働力の都市への移動が収束しつつある(「ルイスの転換点」)。
第二の論点は、5割近い投資比率によって象徴される投資主導経済が消費主導経済へ次第に移行しつつあることである。消費主導経済では5-6%の成長経路への移行が想定されている。他方で、国内の鉄鋼、セメントなど産業の過剰在庫、過剰設備を考慮し、インフラ投資拡大により低成長への移行を阻止すべきだとする意見も根強いように見受けられる。
第三の論点は、生産年齢人口が2012年にピークアウトしたことである。過去の歴史を振り返ると、人口ボーナスの終焉は成長率をそれまでの3分の2程度にまで減速させる効果がある。
第四の論点は、中国政府が経済にどこまで市場メカニズムを貫徹させるのかという点である。とりわけ国有企業の民営化は、「中所得のワナ」を逃れる上で重要な論点であるが、李首相の念頭にあるのは、国有企業の効率化による延命のようだ。リコノミクスの改革は、あくまで国家資本主義の枠組みを維持した上での改革であることを意味している。
会議の参加者である生産性分析の権威であるローレンス・ラウ香港中文大学教授に中国の「中所得のワナ」のリスクについて意見を求めたところ、「まだ早すぎる。中国は巨大だ。」との答えであった。中国の一人当たりGDPは約7000ドル(2013年、IMFデータ)である。ラウ教授は、「1万ドル以上になってから心配すべきだ」と考えているようであった。
アジアインフラ投資銀行(AIIB)
「グローバル・ガバナンス」のセッションで、筆者は、中国の台頭を中心とする世界経済における経済パワーの地殻変動を背景として、貿易面でメガ自由貿易協定(FTA)の進展、国際金融面ではアジアインフラ投資銀行(AIIB)や新開発銀行(通称BRICS銀行)の設立と人民元のSDR通貨バスケットへの組み入れが課題になっていると指摘した。
メガFTAでは「第二の機械時代」におけるグローバル・バリュー・チェーンのネットワーク構築が課題になっていること、ネットワーク構築の経済効果は、関税撤廃よりもはるかに大きいことを指摘した。日本は、高度の貿易投資の自由化を目指す環太平洋経済連携協定(TPP)の成功を優先課題としていること、また、11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)閣僚理事会でも、TPP並みの自由化を進めることが中国にとってもメリットが大きいことを強調した。中国でもドイツの「産業4.0」の影響により「インターネット・プラス構想」が打ち出されたこともあってか、TPPについての反論も特になかった。
AIIBについては、中国政府のアジアのインフラ投資分野における国際的なリーダーシップ発揮に対して敬意を評したいと述べた。アジアにおけるインフラ投資需要は毎年8000億ドルあるが、既存の国際機関が提供する資金は2000億ドル程度である。AIIB構想は、この大きなギャップを埋める上で有用であると評価した。他方で、日本政府は、「アジアの未来」会議で安倍総理が、環境に優しく、自然災害に強く、市場メカニズムを活用した「質重視型インフラ投資パートナーシップ・プログラム」を公表し、日本なりのやり方でインフラ整備のギャップを埋める努力を行なっていると指摘した。
日本の新たなパートナーシップ・プログラムについての報道は、中国であまりなされていない様子であった。夕食の席で隣に座っていた国家開発銀行の幹部の方も、その規模が1100億ドルと聞いて驚いていた。
会議参加前には、なぜ日本はAIIBに参加しないのか詰問される場面もあるのではないかと覚悟していた。ところが、パネル終了後に中国中央視台からシルクロード構想について1時間程インタビューしたいとの申し入れがあった。経済面だけでなく、歴史的、文明史的な意義についてどう思うかというのである。
インタビューでは、5000年前にトルコのカッパドキアを発祥とする陶器が、絹の道を通じて日本に伝えられたこと、現代でも日本の陶器職人とカッパドキアの職人には交流があることを個人的体験を交えて語った。また、5月にカザフスタンを訪問し、アスタナ経済フォーラムに参加し、アスタナをイスラム金融のセンターにする構想が打ち出されていることを知ったが、インフラ投資のための基金づくりの手助けにもなるのではないかと述べた。
AIIBについては、すでに参加国が57カ国にもなり、予想を上回る成果を納めていることや日米関係の密接なつながりを前提にすると、日本がAIIBに参加するかどうかについて、中国政府は、最早あまり気にしていないのかもしれない。
中国政府は、国内外のインフラ投資プロジェクトを7つ掲げている。
そのうちの2つが、AIIBとシルクロード・インフラ投資基金である。このほかに、中東欧、ユーラシア、東南アジア諸国連合(ASEAN)投資協力基金やASEAN海上協力基金などがある。
さらに、中国最大(世界最大と司会者は紹介していたが)の銀行である国家開発銀行は、すでに国内外のインフラ投資プロジェクトを数多く実施してきている。国家開発銀行の幹部は、ロシアの石油会社と官民パートナーシップ(PPP)プロジェクトも実施していると述べていた。中国政府のPPPプロジェクトは1,043件あり、総額1.97兆元とされている。
日本においても、PFI(民間資金を活用した社会資本整備)の規模をこれまでの実績(4.3兆円規模)から、2025年には8~12兆円へと2倍ないし3倍にするとの目標が掲げられているが、中国のPPPプロジェクトの規模はこれをはるかに上回っている。海外での展開も日本より進んでいる可能性がある。
人民元のSDR組み入れ
人民元の国際化については以下のような意見を述べた。
国際通貨面では、米ドルが支配的な役割を演じており、米国債は、様々な資産価格を形成するにあたってリスクフリーな利子率と見なされている。IMFによれば国際的な安全資産の不足は、2016年に9兆ドルと推定されている。SDR建て債券は、それが市場で流通することになれば、国際的な安全資産の不足を補うことが可能になる。
ユーロと人民元は、英国のポンドや日本の円と同様に地域的な準備通貨として重要な役割を演じている。
人民元がSDRの構成通貨になるためには、自由に取引できる通貨であることが必要である。通貨の交換性回復について、中国人民銀行は、「基礎的な交換性」を確保するとしている。ここで「基礎的な交換性」とは、短期の借り入れに関して規制を残した形での交換性回復を目指すものである。しかし、望ましいのは、完全な交換性を回復したうえで、マクロプル-デンス政策の一環として短期資本の投機的な流出入を規制することではないかと述べた。
さらに、人民元が国際的な投資家から信認を得るためには、国内金融市場の完全な自由化を進め、様々な金融資産の取引を通じる裁定取引を可能にする体制を整備すべきことを強調した。したがって、人民元の国際化を進める上では、対外取引ならびに対内での金融市場の自由化を調整のとれた形で実施することが望ましいと述べた。
サミット会議では、テレビ局主催のビジネス関係者によるラウンドテーブルが3つ準備されていて、そのうちの1つのセッション「持続的成長における自由貿易地区、金融革新、改革」にも参加を要請された。
このラウンドテーブルでも人民元の国際化が話題になり、筆者は国内金融市場自由化の意義を強調した。討論者は市場型改革の支持者が多く、本会議よりも自由に発言していた。日本の経済特区について、筆者は京都大学のiPS細胞プロジェクトや外国人にとって快適な都市つくり「東京」などを話したが、聴衆は静かに耳を傾けていた。中国も、日本のブランド力や先端技術の話にはまだ学ぶべきものがあると考えている様子であった。
バックナンバー
- 2023/10/23
-
「デリスキング」に必要な国際秩序
- 2023/08/04
-
妥当性を持つ物価目標の水準
- 2023/05/12
-
金融正常化への険しい道筋
- 2023/02/24
-
金融政策の枠組みを問う
- 2022/11/30
-
中国を直撃する米政権の半導体戦略