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岩田一政の万理一空

米国は、ゼロ金利制約脱出に成功するか?

 

2015/12/18

米国の利上げと日本の経験

 12月16日(日本時間17日未明)、イエレン・米連邦準備理事会(FRB)議長は、金利引き上げを決定した。米国がゼロ金利制約に直面するようになったのは、金利を0-0.25%まで引き下げた2008年11月のことである。丁度7年経過した時点でゼロ金利を離れ、金利を0.25―0.5%へ引き上げたことになる。米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの金利予測(ドットチャート)を見ると、2016年末までには金利を4回引き上げ、1.375%まで高める予定とされている。しかし、今回の金利引き上げ局面において、7年持続したゼロ金利制約から逃れることができたかどうかは不確実だ。

 米国経済が拡大局面に移行してからすでに78カ月経過している。米国の戦後の平均的な拡大局面は、平均して59カ月だ。1980年代以降に限定すれば72カ月である。すでに米国企業の収益はピークを迎えており、設備投資拡大局面もピークを経過しつつある。頼りになるのは、住宅投資拡大の持続性である。米国の戦後の景気循環は、住宅投資循環と言い換えてもよい程、両者のつながりは密接だ。

 ところが、金利の上昇に最も敏感に反応するのは、住宅投資と耐久財消費である。さらに、貸出市場をみると自動車ローンにサブプライム・ローンが発生しており、教育ローンの延滞率も11%と大きく上昇している。また、債券市場においても、ジャンク債市場ではエネルギー関連を中心として、価格が急落している。その結果、低格付け債券を運用する投資信託が破綻するなど金融面での脆弱性も観察される。

 仮に、FRBが、今後何回か金利を引き上げることが出来たとしても、金利引き上げ過程において景気後退が発生した場合には、金利をカットする必要がある。景気後退の深さにもよるが、過去の景気後退局面においては、金利を3―5%引き下げてきた。

景気後退に対処するために、FRBは再びゼロ金利制約に直面することになる。その場合、金利下げ幅が不足するために、さらに、量的緩和を強化することになるのか疑問が残る。興味深いのは、コチャラコタ・米ミネアポリス連銀総裁が、ドットチャートで一人マイナス金利をつけていることだ。さらにバーナンキ前FRB議長もマイナス金利は一つの選択肢と述べていることだ。私は、量的緩和政策には出口過程で中央銀行が赤字となることが予想されるなどいくつかの副作用があり、マイナス金利に踏み込む確率が高いと見ている。

 日本の場合は、公定歩合が0.5%になった1995年9月をゼロ金利の始まりとみるのであれば、すでに20年以上ゼロ金利が続いていることになる。途中、日本銀行は、一回目の量的緩和政策(2001年3月から2006年3月)の出口過程において、2006年7月と2007年2月に金利をゼロ%から2度引き上げて0.5%まで高めたことがある。しかし、その後、リーマン・ショックがあり、再びゼロ金利に戻ってしまった。

 2回目の金利引き上げに対して、私は「デフレに戻るリスクがある」として一人反対票を投じた。現実に2月から日本経済はデフレに戻った。2度目の金利引き上げの時点で、拡大局面は5年目に入っていた。拡大局面の終了が接近しているなかでの利上げが成功することは、回復初期に利上げをする場合と比べて困難が多い。

ペルーでの中央銀行セミナーと「人口減少の崖」

 ペルーの中央銀行は、先進国の「金融政策のシフトと挑戦」と題して、国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会の前の10月6日に6回目の国際コンファランスを開催した。私は、「ゼロ金利制約とそれを越える金融政策」のセッションにパネリストとして参加した。他のパネリストは、トーマス・ジョルダン・スイス国立銀行総裁、アクセル・ウェーバー・UBS会長、ハイメ・カルアナ・国際決済銀行(BIS)総支配人、ジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授であった。

 このパネルで、私は、日本では20年にわたり、ゼロ金利とマイナスの自然利子率に直面してきたこと、また、米国ではゼロ金利はすでに6年、マイナスの自然利子率は3年続いていると報告した。さらに、マイナスの自然利子率が永続する場合には、先行き一人当たり実質消費の伸びがマイナスとなる長期停滞のリスクが高まること、このとき米国の金利引き上げの上限も期待インフレ率2%と等しくなるはずであり、FOMCの想定する均衡名目利子率3.5%は、市場参加者の見方と食い違っていることを強調した。

 同時に、日本銀行の量的・質的緩和政策には、資産の買い入れ額に量的な限界があること、従って、いずれ日本銀行は、ゼロ金利制約を超えてマイナス金利に踏み込むことが求められるようになり、その場合、現金通貨のゼロ金利制約も越える必要があると述べた。

 ウェーバーUBS会長は、「将来マイナス成長が見込まれることに対して、金融政策にできることは何もない。構造改革をしっかりやって成長率を高めるほかない」とコメントした。スティグリッツ教授は、「ゼロ金利制約下の金融政策の有効性は、ほとんどゼロなので、財政政策を強化すべきだ」と述べていた。ジョルダン総裁は、「スイス・フランの過度の切り上げを回避するために政策金利(マイナス0.25%~マイナス1.25%)を含めたマイナス金利と大規模な介入政策を通じた名目GDPを超える規模のマネタリー・ベースの拡大によって、デフレ脱却に努めている」とスイスのおかれている厳しい現状を報告した。

 この国際コンファランスの後に、IMF主催のマクロ経済セミナーがあった。そこでのパネリストの一人であったポール・クルーグマン・プリンストン大学教授は、ニューヨークタイムズのブログで「1998年の日本のデフレに関する論文において、日本は、人口減少により自然利子率がマイナスになると予想されるので、市場実質利子率をそれより低く保つために4%のインフレ目標を提言した。その時、日本の自然利子率は、いずれプラスに戻ると考えていたが、その見方は甘かったようだ。仮にマイナスの自然利子率が永続するようであれば、財政政策を活用しなければならない。ところが、財政政策を拡大すると、市場の実質利子率は上昇するはずなのでどうすべきか?」と自らに問いを投げかけている。

 クルーグマン教授の自問に対する私の答えは次の通りである。

 まず第一に、人口減少に歯止めをかけ、第二に税・社会保障の抜本的改革、第三の開国、イノベーションの促進を通じて自然利子率をプラスの領域にもってくることである。いずれにしても、底打ちすることのない「人口減少の崖」により、日本の金融政策の先行きに暗雲がかかっていることを示唆している。

アベノミクスと2%のインフレ目標

 アベノミクスが事実上開始された2012年12月に、景気討論会があった。そこでパネリストの一人であった黒田日本銀行総裁(当時はアジア開発銀行総裁)は、「2%のインフレ目標を2年程度で実現することは、インフレ目標政策を採用している先進国の共通の理解だ」と述べた。これに対して、私は、「1%のインフレ率達成を目標としてきたスイスが、デフレに陥って苦しんでいる事例を見ても、デフレ脱却のために2%のインフレ目標を掲げることは、正しい。しかし、2%のインフレ率達成には、成長戦略が有効に機能するという前提の下でも5年はかかる。」と述べた。この発言の背後には、第一段階目のアベノミクスの3本の矢は、本来「統合された政策パッケージ」だとする認識があった。現在もこの認識に変化はない。

 アベノミクス開始以来すでに3年経過したが、成長戦略を平均成長率で評価すると1%以下(0.7%)であり、インフレ率も食品・エネルギーを除く消費者物価(米国型コア消費者物価)でみても1%以下(0.7%)と道半ばだ。