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岩田一政の万理一空

低すぎる中立金利、2つの不幸な帰結

 

2019/04/11

パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は年明け以降、利上げを停止し、政策金利は「中立金利の下限(2.5%)に達した」と述べた。

中立金利はインフレを加速も減速もさせない金利水準だ。中立金利から期待インフレ率(2%)を差し引いた実質中立金利(自然利子率とも呼ばれる)は0.5%となる。実質中立金利があまりに低いと中央銀行は景気後退に利下げのみで対応できなくなる。

主要中銀の中でも、最も対応に苦しんでいるのが日本銀行だ。日本経済研究センターの計測では、日本の実質中立金利は、米国の符号とは逆のマイナス0.5%程度だ。期待インフレ率(0.2%)を加えると中立金利はマイナス0.3%となる。

低い中立金利の不幸な帰結の一つは政策金利のマイナス幅が小さければデフレ脱却が難しくなることだ。日本の短期政策金利はマイナス0.1%。日銀は中立金利(マイナス0.3%)より高い政策金利(マイナス0.1%)を設定し、金利面で引き締め政策を採用していることになる。

もちろん資産購入政策や長期金利も0%(プラスマイナス0.2%の幅)に固定しているので、全体として緩和しているとはいえる。しかし景気後退やデフレリスクの高まりに対処するには力不足だ。

もう一つの不幸な帰結は、実質中立金利がマイナスの領域に落ちたことだ。これは先行き1人当たり実質消費の伸び率がマイナスになり、日本人の生活水準が低下することを示唆している。

アベノミクス以降の平均成長率は1.2%なので、先行き日本が貧しくなるはずがないという見方もある。しかし昨年の実質賃金の伸び率が0%近いこと、少子高齢化の進展による働き手の公的負担累増を考えると、1人当たり実質消費水準が先行き低下するリスクは決して小さくない。

不幸な帰結を逃れる一つの方法は黒田東彦日銀総裁が採用したように、量的緩和政策で市場の期待インフレ率を2%へ高め、実質政策金利をマイナス2%以下とし実質中立金利より低い水準に導くことだ。残念ながらこの方法はまだ成功を確認できていない。

もう一つは欧州中央銀行を見習い、「税としてのマイナス金利政策」を「補助金としてのマイナス金利政策」に改変することだ。現在のマイナス金利政策は、民間金融機関が日銀に一定額以上預金すると0.1%課税されるのに等しい。日銀が現在0%で行っている貸出支援基金や市場操作による資金供与にマイナス金利を適用すれば「税から補助金」への転換が可能だ。利ざや圧縮に悩む民間金融機関の困難を緩和しよう。

抜本的な処方箋はマイナスの実質中立金利をプラスに引き上げることだ。サマーズ元米財務長官らは最近の論文で、先進国の実質中立金利は財政部門の投資超過幅拡大で3~4%引き上げられたとした。日本の場合、財政部門の投資超過幅をさらに拡大する余地は限定的だ。最善の方法は民間部門の生産的投資、特に人工知能(AI)やビッグデータ、人的資本など無形資産投資を拡大し、民間の貯蓄超過傾向を是正することだ。

(2019/04/05 日本経済新聞朝刊掲載)

 

※2015年12月以前のバックナンバーはこちら(旧サイト)をご覧ください。