デジタル課税は関税か配当か
2019/07/04
20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、2020年にむけデジタル国際課税の実現を目指すことで合意した。支店や工場など物理的な拠点のないデジタルビジネスからの法人税収がサービス消費国に配分される。
英仏両政府はすでに広告料などの売り上げに対するデジタルサービス課税の導入を決めている。売上税または消費税であり、二重課税の問題がある。巨大IT企業は消費者に無料でサービスを提供し、消費者から無料でデータを受け取っているので、無料のサービス提供にも課税効果が及ぶ。
ムニューシン米財務長官は米国の巨大IT企業を狙い撃ちした「差別的な課税は認められない」と主張している。ゲーリー・ハフバウアー米ピーターソン国際経済研究所シニアフェローも「英仏両国の新税は新たな関税の導入であり、現金強奪に等しい。内国民待遇に反する措置なので世界貿易機関(WTO)への提訴はもちろんのこと、米政府は通商法301条を直ちに適用し、対抗措置をとるべきだ」と論じている。
デジタル課税浮上の背景の一つは巨大IT企業の租税回避に歯止めをかけることだ。もう一つはデジタル資本主義が延命できるどうかにかかわるより根が深い問題だ。
巨大IT企業は個人情報を収集し、個人へのターゲット広告から巨額の収益を上げている。無料サービスがあるからといって情報は勝手に使われてよいのか。デジタル資本主義について巨大IT企業を領主、個人を農奴に見立てる「テック封建制度」論もある。
仮想現実の技術開発者であるジャロン・ラニアー氏らは「労働としてのデータ論」を提起している。「個人データの提供者や人工知能(AI)による集合知能形成過程における人間の労働の貢献に対して十分な収益還元がなされていない。個人関連データの所有権は、資本に属するものではなく、労働に属するものである」という主張だ。
先進国の労働分配率低下はAIやビッグデータなど無形資産への分配率上昇と裏腹の関係にあり、賃金上昇を抑える要因となる。所得・富の集中が今後さらに進むと考えられるが、不平等拡大に経済社会は耐えられるだろうか。
欧州連合(EU)の一般データ保護規則は、プライバシーのために、個人情報関連データの所有権と使用権を個人に取り戻す動きだ。米カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサム氏は、巨大IT企業はデータ提供者による労働の貢献を正当に評価し、個人に対し配当支払いを行うべきであると主張している。
デジタル資本主義が「良い社会」を実現できるかは、プライバシー保護を基礎とした個人によるデータの制御可能性を高め、データの価値に関する透明性向上が出発点になる。個人情報の「忘れられる権利」や自分のデータを持ち運ぶ「ポータビリティー」の確立のみならず、情報銀行の活用や個人がAIやデータを活用するプロセスで新たな価値創造に積極的に参加し、その努力の成果に見合った報酬を得られる仕組みを構築できるかが問われている。
(2019/06/28 日本経済新聞朝刊掲載)
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