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岩田一政の万理一空

デジタル通貨、中央銀行は発行すべきか

 

2019/09/12

7月にペルー中央銀行主催の年次セミナーに参加した。主なテーマは、景気後退への備え、グローバルな対外不均衡、デジタル通貨であった。筆者は、2060年の主要国・地域の経常収支不均衡の姿を報告した。MITスローンスクール・オブ・マネジメントのロベルト・リゴボン教授は、フェイスブックが公表したデジタル通貨「リブラ」発行提案を「素晴らしく設計されている」と絶賛した。

ウルグアイの中央銀行は、自らが導入したデジタル通貨(イー・ペソ)を紹介した。その仕組みは、銀行口座が普及していないケニアで導入されたエム・ペサに類似している。唯一の違いは、通貨の発行者が、民間IT(情報技術)企業ではなく中央銀行であることだ。導入後も何ら問題がなく、残された課題は、銀行預金との競合問題だ。

宿泊先のホテルで、リブラに関する米下院議会証言の実況放送を見た。圧倒的多数の議員はフェイスブックに批判的だったが、中には「この10年で最も刺激的な議会証言だった」と話す議員もいた。

証人のデビッド・マーカス氏が「我々がグローバルなデジタル通貨を発行しなくとも中国が発行するだろう」と述べたことは象徴的だ。事実、マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は、リブラの着想を得たのは中国ネットサービス騰訊(テンセント)の決済サービス「微信支付(ウィーチャットペイ)」だと述べている。

中国ではネット大手のアリババ集団、テンセントなどの民間金融取引もすべて中央銀行の決済ネットワークに組み込まれている。消費者のスマホ決済も普及し、中央銀行がデジタル通貨を発行することは容易だ。スウェーデン中央銀行は1、2年の間に導入の可否を決めるが、現実には中国人民銀行の方が早いかもしれない。

国際決済銀行(BIS)のアグスティン・カルステンス総支配人は記者会見で「中央銀行はデジタル通貨導入の準備を急ぐべきだ」と従来の慎重姿勢から一歩踏み出した。さらに英イングランド銀行のマーク・カーニー総裁も8月のジャクソンホール会議で、現在の国際通貨システムはドル依存が過大で、ドルの流動性不足が安全資産の希少性プレミアムを高め、先進国の自然利子率(均衡実質金利)を低下させていると論じた。多極化した世界にふさわしい、複数の通貨を合成した「世界を支配する国際通貨」による新たな枠組みの構築を提案した。

世界経済は戦前の英国中心のスターリング圏とドイツ中心のライヒスマルク圏のように、米中中心の2つのデジタル経済圏に分裂しつつある。いずれが支配的となるかは新たな国際通貨体制の構築のあり方による。リブラにはシニョレッジ(通貨発行益)はあっても、国家による法定通貨の認定やリブラ協会が破綻リスクに直面した場合の財政の裏付けはない。中国のデジタル通貨には裏付けがある。

カーニー総裁はグローバルなデジタル通貨の発行を民間が担うのか、中央銀行が主導すべきかの問題は未決着としたが、その答えは明瞭だ。

(2019/09/06 日本経済新聞朝刊掲載)

 

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