今、求められるシンクタンクの役割
2019/10/18
米国のブルッキングス研究所、国際戦略研究所(CSIS)など独立系シンクタンクの役割は、具体的な政策課題に対して積極的な政策提言だけでなく、次の政権を支える人材や政策立案の供給源になっている。例えばCSISのハムレ所長は、国防副長官だった。日本も戦後直後には、民間人が経済安定本部総合調整委員会副委員長(次官級ポスト、後の一橋大学・都留重人教授)になったが、例外的だった。霞が関や日本銀行に政策に関する情報や人材が集中し、政府に情報の優位性があったことにある。もう一つは、伝統的な雇用昇進制度があって人材の流動性が低く、政府と民間の人材交流が困難だったこともある。小泉純一郎政権の経済財政諮問会議で、政府も民間人材を採用することに積極的になったが、政府と民間シンクタンク、大学・研究機関との人材交流は圧倒的に不足している。
1.直面する課題の解決策、わかりやすく
独立系シンクタンクとエコノミストの役割は、日本及び世界経済が現在を含め将来直面する課題は何か、その課題を解決するには何をすべきかを分かりやすい言葉で発信することだ。5年前に当センターは、日本の直面する最大の課題は止めどのない人口減少であり、その歯止めには、フランス並みの手厚い子育て政策(0.4ポイント出生率引き上げに成功)と外国人の受け入れ拡大を提案した。政府の経済財政諮問会議の専門調査会「選択する未来委員会(委員長、三村明夫・日本商工会議所会頭)」にも取り入れられ、保育や教育の無償化に向けた政策が進められつつあることは良いことだと思う。
しかし、現状は、利害関係者との調整などがあって政権にとって「不都合な真実」や都合の悪い提案などしにくくなっている。政府が欲する情報は、実は民間部門、市場にある。民間のシンクタンクがデジタル時代に相応しい形で市場から豊かな情報を収集し、データ分析をして政策提言する時代になりつつある。例えば、社会保障制度の維持や財政破綻を避けるためには、長期的には大幅な消費税引き上げは避けらない。しかし具体的に必要となる税率や新たな税導入などは、選挙を考えると言いにくい。
徹底した自由貿易、市場開放の重要性も同じく言いにくいだろう。原子力を維持するならば、福島第一原発事故の最終処理の在り方を含め正面から議論する必要があるが、そのコストも議論しにくい。日本経済研究センターは2019年3月に35兆-80兆円という処理費用を推計したが、こうした課題は、時に国論を二分する恐れもある。それでも日本が抱える根源的な課題の解決には議論は避けて通れない。
2.「議論に一石」、論理的な提言が必要
議論に一石を投じるときに必要なことは、抽象的な「べき論」ではない。データ分析に基づいた論理的な提言だ。論理的かつ具体的な議論でないと政策立案に役立たない。政府を単に批判することと、建設的な批判、データ分析に基づく耳の痛い政策提言はまったく違う。例えば当センターの長期予測は、日本の中長期の課題を吟味するため、2060年の世界をある前提の基に予測し、今は何をするべきか、検討するための題材だ。問題への対処方法を的確な経済分析に基づき、実現の確率が高い予測、通常考えられているよりも厳しい将来を想定した予測をし、複数のシナリオに基づいた処方箋を提言することが必要だ。
3.日本の競争力は大きく低下、課題山積
現在日本は、米中対立が深まる中で貿易戦争、場合によっては貿易・通貨戦争から第二次大戦前と同じような経済ブロック化の懸念がある。また地球温暖化問題でも、今年の台風15号、19号に象徴される非常に強い大型台風が頻繁にやってくるようになり、悪影響が実感される。第4次産業革命といわれるデジタル社会への転換も早急に対応する必要がある、財政赤字が継続する中で、人生100年時代の税・社会保障制度の改革など問題が山積している。
競争力については、スイスのビジネススクールのIMDが世界の競争力ランキングを5月に公表しているが、日本は1989年に1位だったが、30年後の2019年は30位。バブル経済の崩壊、行き過ぎた円高と不良債権問題、生産年齢人口の縮小、デフレ経済などの出来事があったが、最も重要な点は技術革新の面で世界に遅れをとったことだ。戦後から第二次石油危機までは順調だったが、IT革命やデジタル化に日本企業がついて行けなかった。抜本的に仕事のやり方(働き方)やビジネスモデルをIT、デジタル活用型に変革することなく、漫然とIT投資をしても無駄でしかない。経済発展の歴史を振り返ると、先進国になるほど経済全体に占める製造業の比率は低下し、サービス業の比率が高まる。当センターの長期予測は、日本は、製造業の比率が現在の20%から15%ぐらいに落ちるとみている。英米は10%を切ると予測するが、日本もそこまで低下しても不思議ではない。残りはサービス業に移行するが、日本のサービス業は生産性が低く、改善の傾向も見られない。
4.データ資本主義が生む、「格差」へ配慮を
日本は幸か不幸か、デジタル化への対応が遅れているため、顕著な二極化は起きていないが、データ資本主義、デジタル資本主義が加速すると、経済全体は繁栄し、利便性も向上するメリットはあるが、格差問題が浮上する恐れも無視できない。先進国では1980年代から一貫して労働分配率が低下している。米国の就業者数の変化をみると、高スキルの就業者と低スキルの就業者の割合が上がり、中スキルのそれが低下。二極化して格差が拡大している。AIは上手く使うと人の能力を飛躍的に高める可能性を秘めるが、平等に高めてはくれない。例えば最近の米国の研究では、ウォルマートのような伝統的な企業の労働分配率は80%程度だが、巨大IT企業は、5-15%程度という分析もある。
格差問題の打開のポイントの一つは、データから得られる利益の配分だ。我々が知らず知らずのうちにネット検索しているが、それは検索エンジンの性能を知らず知らずのうちに向上させている。米カリフォルニア州では、知事が「データへの配当」という概念を打ち出し、巨大IT企業が生み出した富みの配分を消費者は受ける権利があるという。まずは我々のデータがどのように使われているのかを知り、コントロールする権利をどこまで確保できるかにかかっている。
5.自由貿易の維持は死活問題
自由貿易とアジア太平洋での平和を維持することは、日本にとって死活問題だ。日米貿易協定がまとまったことは、よいことだと評価する。日韓関係は非常に難しいが、東アジア包括的経済連携協定(RCEP)も年内合意を目指そうとしている日本政府の姿勢は評価できる。欧州連合(EU)とは経済連携協定があるが、英国がEUから離脱した場合、日英の経済連携協定も視野に置く必要がある。自由貿易の番人である世界貿易機関(WTO)の機能強化を通じて、中国が環太平洋経済連携協定(TPP)に加盟できる状態になれば、米中貿易戦争の解決の芽も出てくる。世界経済のブロック化は「悪夢のシナリオ」、絶対に避けなければいけない。その理由は、行きつく果ては、戦争になるリスクをはらむからだ。
6.地球温暖化防止にもデジタル化が切り札
デジタル化の推進は、地球温暖化防止の切り札の一つ。産業構造がサービス主体にシフトすることはエネルギー消費を激減させる。デジタル技術によって自動運転が実現し、自動車をシェアするものとなれば、自動車の生産台数も激減する。新聞や雑誌、書籍も電子化されると、紙が不要になるだけでなく、運輸にかかるエネルギーも必要なくなる。エネルギーや物質に依存した豊かさから情報が主体となり、生活がより快適に、またスマートになることを通じて豊かさを実感できるようになる社会は、エネルギー消費が激減する社会だ。政府は2050年までに温暖化ガスの排出量を8割削減することを目標に掲げるが、当センターの試算では6割まではデジタル化による経済構造転換で実現できるとみている。
7.変革の時代、いち早く警鐘
今はまさに産業革命に匹敵する変革の時代を我々は生きている。世の中が大きく変わるときは、プラス面と同時に既得権の中で平和な日常を送れるとの思いを抱いていた方々には破壊的な側面もある。社会不安が高まる可能性も無視できない。ハンドルを誤ると、あのときは実は戦前だったという事態にもなりかねない。そのようなことを避けるためにも、いち早く警鐘を鳴らすことがシンクタンクの役割だ。
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