アジアは2つに分裂するか
2019/12/16
米ブルッキングス研究所から「アジアは2つのブロックに分裂するか」を議論したいとの要望があり、10月に日本経済研究センターと共同で国際セミナーを開催した。グテレス国連事務総長は国連総会で「世界は2つの陣営に分裂する瀬戸際にある」と警鐘を鳴らしていた。
分裂のリスクは、中国の台頭がデジタル技術と深く結びつくことで高まっている。中国は「デジタル・シルクロード」構想の下、世界市場で優位性を確立した次世代通信規格(5G)のシステムを中心に影響力を拡大している。
米国は、日本、オーストラリア、インドと共に質の高いインフラ投資を進める「インド太平洋戦略」を推進している。その戦略には関税賦課による保護貿易措置のみならず、中国企業を米国防衛産業関連サプライチェーンから隔離し、自給度が低いとされる華為技術(ファーウェイ)への半導体輸出について、台湾に加え韓国、日本企業に対する抑制要請も含まれている。
米投資家にとり中国金融市場へのアクセスが不十分なため、中国企業を米国資本市場から締め出し、中国への資本流出を規制すべしとの提案もある。王勲・北京大学国家発展研究院リサーチフェローは、別の共同国際セミナーで「中国が最も恐れているのは、国際的な決済ネットワーク(SWIFT)や米国の決済システム(CHIPS)から中国企業が締め出されることだ」と述べた。中国は米国のドル支配下での金融制裁措置を逃れようと、「デジタル人民元通貨圏」形成を通じた金融国際化を急ぐだろう。
一方、アジアには開放・市場志向型政策を進めることで、分裂のリスクを阻止する力が働いている。戦後アジア諸国は、ASEAN各国を中心に超大国の狭間で市場開放と経済統合への歩みを進めた。日本は、戦後一貫して「開かれた地域主義」の旗の下でアジア太平洋地域における自由貿易投資体制の強化と経済統合を推進してきた。環太平洋経済連携協定(TPP)はその成果だ。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)もインドの離脱表明があっても前進している。
障害は、アジア太平洋諸国におけるポピュリズムの台頭だ。オーストラリア国立大学のハル・ヒル教授とハティブ・バスリ元インドネシア財務相は、年2回開催している「アジア経済政策レビュー」国際会議で、前回インドネシア大統領選挙でジョコ大統領が、イスラム民族主義に基づきその集団利益を代弁する「アイデンティティー政治」を経済社会の発展志向型政策で打破したこと、また強権的な大統領を選出したフィリピンでも、開放志向型政策が維持されていると述べた。その一方で、米国では白人「アイデンティティー政治」がトランプ大統領を支えている。
米中対立は、香港、ウイグル民族を巡る人権民主主義問題へと波及している。アジアの分裂回避のために米中両国に求められていることは、香港の人々が熱望している、人間にとって普遍的な価値とリベラルな民主主義を自らの「アイデンティティー」とする社会の実現である。
(2019/12/06 日本経済新聞朝刊掲載)
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