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岩田一政の万理一空

デジタル資本主義、トランプ主義、温暖化への対応を

 

2020/01/17

 情報技術(IT)の急速な進化を背景に、「デジタル・データ」が経済発展の原動力となる「第4次産業革命」が加速している。より多くのデータを集め、人工知能(AI)を駆使し、情報として活用できる組織や人材のみが勝ち残る「デジタル資本主義」が世界で誕生しようとしている。成長と豊かな社会の実現にはデジタル資本主義を持続可能なものにすることが不可欠だ。ここでは、こうした観点から日本が中長期的に取り組むべき課題と、2020年の経済の姿を展望する。

AIがすべてを変える

 2020 年の展望の前に、まずは中長期的に日本を取り巻く状況を見ることにしよう。デジタルと物理的な世界が融合し、より広範な経済活動が互いに結びつき自動化されるのが「第4次産業革命=デジタル資本主義への移行」だ。あらゆるモノがネットにつながるIoT(モノのインターネット)などによって集めたビッグデータを用い、個人や企業の特性や行動を分析してビジネスに結びつける。その主役がAI だ。

 2000 年代に台頭したグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル(GAFA)に代表される「プラットフォーマー(巨大IT 企業)」は技術力、資金力で日本・欧州勢を圧倒している。われわれ消費者の日々の生活にスマートフォンやインターネット検索、ネット通販、SNS といった製品やサービスはすでに不可欠なものになっているが、それらのほとんどはGAFA によって提供されている。

 完全自動運転や無人店舗、デジタル通貨など将来の技術の進歩スピードもめざましく、こうした分野でもGAFA の存在感は大きい。今後はIT 産業以外でも、IT をビジネスモデルに効率的に取り入れられるかどうかで生き残りが左右される。仕事のやり方やビジネスモデルをIT 活用型に抜本的に変革することなく、IT 投資を続けても無駄に終わる。生産性向上を念頭においたビジネスモデルの大変革が求められている。GAFA がIT 以外の産業分野に進出してきたときに、淘汰されるか、最も収益性の高い部分を吸い上げられることになる。

 例えば金融分野であれば、キャッシュレス化や、データビジネスを前提にしたIT 投資が今後の競争力の維持に不可欠だ。店舗やATM の統廃合、人材再教育などの痛みも伴うが、そうした改革に日本は正面から取り組む必要がある。

無形資産投資増が生産性向上のカギ

 経済発展の歴史を振り返ると、経済全体に占める製造業の比率は先進国になると低下し、サービス業の比率が高まる。昨年12 月にまとめた当センターの長期経済予測では、2060 年には日本は製造業の比率が現在の20%から15%ぐらいに落ちると予測した。英国や米国は10%を切る。残りはほとんどがサービス業になる。

 日本では、輸出を支える加工組み立て型製造業は生産性向上へデジタル化を進めている。デジタル化の推進にはソフトウェアや研究開発、ブランドへの「無形資産投資」が必要で、加工型製造業ではこれが付加価値(≒営業余剰+雇用者報酬)に占める割合は一定の水準を保っている。しかし、サービス業の無形資産投資は低調なままだ(図1)。

 日本のサービス業の生産性が低いことはよく知られている。中期経済予測では、こうした現状を放置すると、2030 年代後半には日本経済が恒常的なマイナス成長社会に陥るとみている(図2)。生産性の高い部門で技術革新が進んでも、低生産性部門の就業者比率が高まることで経済全体が停滞するという「ボーモルの病」が存在するからだ。

デジタル化で格差拡大の恐れ

 少子高齢化、人口減少が進む日本で、生活水準や社会保障制度を維持するには生産性を向上させ、成長力を高めることが不可欠だ。そのためにデジタル技術をビジネスモデルの中心に取り込むデジタル化対応が避けられない。だが、デジタル化が加速すると、二極化、格差拡大という副作用を伴う可能性は無視できない。日本はデジタル化への対応が遅れているため、皮肉なことに欧米諸国ほど格差問題は顕在化していないが、先進国では1980 年代から一貫して労働分配率が低下している(図3)。

 米国の就業者数の変化をみると、高スキルの就業者と低スキルの就業者の割合が上がり、中スキルのそれが低下している(図4)。生産性の向上にはAI のフル活用が必要で、AI を上手く使えば人の能力を飛躍的に高めるが、一方で格差をさらに拡大しかねないという現実がある。

 例えば最近のポズナー=ワイルの研究をみると、米国の大手スーパーであるウォルマートのような伝統的な小売業の労働分配率が8割程度なのに対し、GAFA のような巨大IT 企業は1割程度だ。アマゾンとウォルマートはネット通販とリアル店舗という形態の違う小売業であり、激しく競っているが、リアル店舗がネット通販に浸食されるほど、店舗で働く中スキルの労働者の職場がなくなることをオーターらの分析は示している。GAFA に就業する高スキルなIT 技術者や経営者はストックオプションなどの仕組みで高い報酬を得られる一方、一般の労働者の職場はだんだんとAI で置き換えられていく恐れは否定できない。

 格差問題を打開するポイントの一つは、デジタル・データから得られる利益の配分だ。例えば、我々が無意識にネット上で検索することで、検索エンジンの性能向上に貢献するという労働を提供している側面がある。シリコンバレーのある米カリフォルニア州では、ニューサム州知事が「データへの配当」という概念を打ち出し、巨大IT 企業が生み出した富の配分を消費者が受け取る権利がある、と主張している。20 年1月からは「カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)」が施行され、同州の住民データを保有する企業に対し、消費者からのデータ開示や削除、第三者へのデータの売却禁止の求めに応じることを義務づけた。欧州は個人情報保護の観点からすでに「GDPR(一般データ保護規則)」を制定している。

 こうした動きは、企業側が消費者データを勝手に活用して利益を総取りすることを防ぐ第一歩になるかもしれない。消費者が自らのデータをどのように使われているのか知り、コントロールする権利を確保することにつながるからだ。日本でも政府が巨大IT 企業の情報独占に何らかの規制をかけようとする動きがあるほか、「情報銀行」という仕組みで、消費者のデータを最大限利活用すると同時に、利益を消費者へ配分する試みも始まっている。

「トランプ主義」が世界に広がるリスクも

 もう一つの懸念は、リベラルな国際秩序や自由貿易体制を守れるかどうかだ。少子高齢化で内需が先細りの日本にとって、自由貿易体制は死活問題だ。世界で自国の利益を第1に考える「トランプ主義」やポピュリズムが広がっている。日米貿易協定がまとまったことは、ひとまず安心材料だが、東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)は目指していた19 年内の合意からインドが離脱した。インドは国内の農村や中国からの競争にさらされている製造業からの根強い反対を受けたからだ。

 「トランプ主義」の背景には、グローバル化によって国際的な分業体制が進み、先進国から途上国へ工場移転が進んだことがある。中スキルの労働者へ安定的な雇用を提供してきた製造業が縮小し、白人を中心とする中産階級に豊かさを失うのではという不安感が広がっている。さらにデジタル化によって、より一層製造業が縮小し、サービス化が進む。サービス業ではAI を活用できる専門知識が必要な職とそうでない職の格差は大きく、二極化を加速する恐れがある。

 こうした将来不安を吸い上げたのが、米国のトランプ大統領だ。トランプ主義の蔓延は世界経済のブロック化への道につながる。当センターの長期経済予測では、「悪夢のシナリオ」として、ブロック化の行き着く先には世界全体が中長期的にマイナス成長に陥ると予測している。戦前の歴史を振り返ると、世界経済がそうした状況に陥れば、大戦を引き起こすリスクも否定できない。この「悪夢のシナリオ」は絶対に避けなければならないシナリオであり、日本は2020 年以降も自由貿易体制を守る指導的な役割を果たす必要がある。手始めはRCEP の1日も早い合意と環太平洋経済連携協定(TPP)の拡大適用だろう。

温暖化防止への最大限の努力を

 一昨年、昨年の相次ぐ豪雨、台風による全国的な被害をみると、科学的にまだ証明されていないとはいえ、地球温暖化のリスクを認識せざるを得ない。政府は2050 年までに温暖化ガス(主にはCO2)を8割削減することを長期目標に掲げている。

 実はデジタル化の推進は、地球温暖化防止の切り札になる可能性を秘めている。産業構造がサービス主体にシフトすれば、エネルギー消費を激減させるからだ。例えば、デジタル技術によって新聞や雑誌、書籍が電子化されると、紙が不要になるだけでなく、輸送にかかるエネルギーも必要なくなる。エネルギーや物質に依存した産業構造が大きく変化し、効率化が進むことで、サービスや情報が主体となって豊かさを実感する社会に移行すればエネルギー消費が激減し、化石燃料依存からの脱却につながる。

 政府は2050年までに温暖化ガスの排出量を8割削減することを目標に掲げるが、当センターの試算では、日本経済が改革に成功し、デジタル社会へ移行できれば、排出量の6割減まではデジタル化による経済構造転換で実現できる。カギは前述したように、サービス業の生産性向上だ(図5)。

 残る2割の削減には2050 年までにCO2 の排出1㌧当たり1万円課税する環境税が追加的に必要になると考えている。そのやり方としては、現在はガソリンや軽油といった自動車燃料にしか課税されていないエネルギー税制をまずはCO2 排出量に応じた環境税方式に切り替えることや、20 年から毎年300 円ずつ課税することが考えられる。

 2020 年は産業革命前からの地球の温度上昇を2℃から1.5℃以内に抑えて温暖化を防止するパリ協定が施行される。米国は同協定から離脱するとしているが、日本には、温暖化防止でも世界を主導することを期待したい。

 例えばパリ協定に基づく削減対策として環境税を導入した場合、国際競争上不利にならないように欧州各国と協力し、世界貿易機関(WTO)で国境調整を可能にするよう交渉することを求めたい。国境調整とは、環境税を導入していない国からの輸入品には環境税相当の関税をかける、輸出品には支払った環境税を還付する、といった措置であり、世界全体でのCO2 削減と公正な貿易の両立に欠かせない。

令和二年は停滞

 最後に令和二年(2020 年)の経済について展望する。昨年10 月の消費増税を境に景気は大きく減速している。政府が増税による歳入増加分にあたる5.7 兆円を上回る6.7 兆円を対策に投じたこともあり、消費の落ち込みは徐々に和らぐと予想される。しかし先行きは予断を許さない。実質賃金の伸びは鈍く、物価上昇率も消費税率引き上げなどの影響を除くとゼロ近傍に低下している。消費者のマインドは前回の増税後と同水準だ。さらに米中貿易戦争が継続する可能性が高く、現状の輸出環境も悪い。

 国際通貨基金(IMF) は2019 年の世界経済は3%成長を維持したとみているが、IMF が前提とする購買力平価ベースではなく、景気の局面判断により相応しい現実の為替レートでみると世界成長率は2.5%となる。3%という予測は実力よりかさ上げされた水準と考えられる。生産や輸出面だけをみると、日本経済は「成長下の景気後退」局面にある。

IMFより世界は低成長

 2020 年について、IMF は世界の成長率を3.4%とみるが、市場関係者の見方はもっと厳しい。世界的に金融緩和を長く続けたことによる歪みが顕在化している。低金利が続き、社債でもマイナス金利で発行されるようになった。こうして調達した資金で企業が自社株を大量に買うと、株価が下がらず、GDP 比でみた企業債務は膨らむ。株式市場でテック・バブル、債券バブルの様相がある。不動産も危ない状況だ。中国で銀行貸出を経由しない「影の銀行」に累積した過大な債務は、普段はおとなしいが暴れ出すと止まらないので「灰色のサイ」と呼ばれている。対応が難しいとされている。

 米中貿易戦争は単なる貿易戦争にとどまらない可能性が高い。米国は国防産業のサプライチェーンを中国に依存しすぎて脆弱になっていると考え、そのリスクからの脱却を目指している。米中対立は技術覇権をかけた戦いになっている。さらには、中国は国際的な金融決済ネットワークであるSWIFT から除外されることをおそれており、米中の対立はさらなる金融戦争、通貨戦争に拡張するリスクもはらんでいる。

 この対立が続けば、米中のデカップリングにより世界が二つの経済圏に分断されることにもなりかねない。当センターの第180 回短期経済予測では、こうした海外リスクの増大の可能性により、2020 年の世界成長率を3.1%と、IMF より0.3ポイント低く予測している。

日本の経済、0.5%成長に減速

 日本経済の実質成長率は標準的なシナリオでは、19 年度+ 0.6%、20 年度+ 0.5%と見込む(同短期予測)。深刻な景気後退に至らないが、19 年度から20 年度にかけて潜在成長率(1%弱)を割り込むだろう。成長が減速するのは、外需が冴えないからだ。内需は、個人消費には大きな期待はできないものの、台風被害への対応などで政府支出が拡大し、景気を下支えすると見込む。11 月の閣議では19 年度補正予算と20 年度予算に経済対策を盛り込む意向が示されており、公共投資などが大幅に上積みされるだろう。人手不足に対応した省力化投資なども引き続き期待できる(図6)。

 輸出は米中貿易戦争の一時休戦したが、回復は後ずれしよう。米国によるイラン革命防衛隊司令官の殺害で緊張が高まっている米国・イラン関係も波乱要因になるだろう。20 年度中も弱さが残る展開になる。英国は、欧州連合(EU)からの「合意なき離脱」を回避し、「カナダ・EU 型自由貿易協定」に移行するとしても、移行プロセスのコストは無視できない。さらに中国による香港への締め付け強化があると、海外環境が一気に悪化する恐れもある。

 2020 年11 月には米国大統領選挙がある。トランプ再選か民主党が政権を奪還するのか、まったくわからない。民主党は中国に対し、人権問題もあるのでトランプ大統領よりも厳しい態度をとるとの見方もある。日本やEU諸国のミドルパワーが中心となり世界が再び自由貿易体制へと舵を切り直せるのか、それとも米中の緊張がさらに高まり、経済のブロック化が本格化するのか、帰趨が決まる年になる。例年にも増して海外情勢に敏感にならざるを得ない年になりそうだ。


(岡山経済研究所 MONTHLY REPORT 2020.1への寄稿に一部加筆修正した)