「グリーンスワン」の金融リスク
2020/03/25
欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁が、気候変動リスクへの対応について「(ECBにとって)重大な任務」と述べ、積極的な姿勢を示している。物価と金融システムの安定確保が主要任務である中央銀行総裁としては、一歩踏み込んだ発言だ。
この「重大な任務」を果たすには、環境分野に投資するグリーンボンド購入による「グリーン量的緩和」などが考えられる。だが、より重要なのは金融システムの健全性を維持するためのプルーデンス政策だ。
通常の経験からは予測できない金融危機を「ブラックスワン」という。気候変動による金融危機への警鐘が「グリーンスワン」だ。今年1月、国際決済銀行(BIS)はグリーンスワン報告書で、温暖化阻止のため二酸化炭素(CO2)排出量に強い制約(カーボンバジェット)が加わると、使用できない化石燃料が生まれ、最大18兆ドルの座礁資産が発生するとした。前回金融危機の引き金となったサブプライムローン(1・3兆ドル)をはるかに上回る。
地球環境システムの安定維持は、物価と金融システム安定の基礎だ。オランダの中央銀行が実施した気候変動リスクに対するストレステストによれば、銀行は自己資本比率を4%引き上げる必要がある。マービン・キング前イングランド銀行総裁は次の金融危機の際、中央銀行は不良資産を引き取る「いつでも質屋」になるべきだと論じた。座礁資産の投げ売りという事態となれば、中央銀行が「最後の貸し手」となろう。
現在のコロナショックへの最優先の対応は、感染拡大を防止する迅速な公衆衛生政策とそのための財政措置、そして新型コロナウイルスに有効なワクチンの開発だ。金融政策の任務は、コロナショックの債務危機(ブラックスワン)への波及を事前に防止することにある。
一方、気候変動への最優先の課題は温暖化ガス排出の抑制だ。排出抑制には技術開発、規制に加え市場メカニズムの活用が有効だ。温暖化ガス排出の負の外部性に対する世界共通かつ単一の価格付け(カーボンプライシング)が望ましい。最も簡明なのが炭素税だ。日本では地球温暖化税としてCO2排出1トン当たり289円課税している。
政府は2050年までにCO2排出量を13年度比で8割削減する目標を掲げる。日本経済研究センターの長期予測では、8割削減のうち6割分は経済のデジタル転換の実現で可能だが、残りの2割分を実現するには炭素税を1万円とする必要がある。
グリーンスワンが金融市場に姿を現した時には、地球環境システムの復元は手遅れとなっているだろう。ある企業は、創立以来排出したCO2をすべて回収する「マイナスの排出量プロジェクト」を立ち上げた。太古より植物は太陽光と水の助けを借りて空中からCO2を取り入れている。この技術は新型コロナウイルスに対するワクチン開発に相当する。地球が形成してきた循環システムというワクチンを人類が取り戻すことができれば、グリーンスワンは姿を消す。
(2020/03/13 日本経済新聞朝刊掲載)
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