コロナ危機克服と社会的知性
2020/06/04
新型コロナ対策として人との接触を強制的に禁止すれば、感染者・重症者は減少するが、景気後退はより深くなる。トランプ米大統領はこの点を憂慮し、経済活動の再開を急いでいる。しかし、早期に強めの社会的隔離政策を採った北海道では、緩和後に再び感染が拡大した。世界に感染が広がった状況では、治療薬やワクチンが開発されるまでは、隔離政策の強化と緩和が繰り返されるだろう。
先行きが計測できない「ナイト的不確実性」があまりに強く、大規模な財政金融政策の効果が減殺されている。コロナ危機は供給面でのサプライチェーン分断と、対面型産業やサービスの需要蒸発を引き起こす。需要に与える影響がより大きいためデフレギャップが拡大する。日本は再びデフレに戻り、回復もL字に近いU字型になろう。
コロナ後の世界は、財政拡大と金融政策による政府債務の貨幣化(中央銀行引き受け)でインフレになるとの見方がある。しかし、デフレギャップ縮小に時間を要し、デジタル革命が民間貯蓄超過を強めるため、14世紀以降の感染症大流行後に見られるように、実質長期金利の低下(超長期停滞)が持続するだろう。米国の実質中立金利(自然利子率)も、日本と同じくゼロ以下となろう。
求められるのは、命を守るという制約下で国民生活への打撃を最小化する政策だ。これには3つのタイプがある。
第一は、ハーバード大学エドモンド・J・サフラ倫理センターの「パンデミック回復力ロードマップ」が勧める政策だ。米国が8月から経済活動を正常化するには、1日2千万件の検査と感染経路の追跡・警告、そして支援を伴う隔離を実施し、医療や必需品分野から段階的に再開すべきだとしている。実現には医療・検査インフラへの大規模投資と人的資源の再教育・移動、医療用品サプライチェーン構築による医療能力の飛躍的拡大が必要だ。
第二は、スウェーデンの「寛容なコロナ・レジーム」だ。大規模な集会禁止と高齢者の隔離、部分的な国境封鎖以外、強制的な措置は取っていない。政府と個人、そして個人間の信頼に基づき、感染防止を個人の自己規律に委ねている。市民の「社会的知性」に支えられた政策だ。
第三は、台湾で効果を発揮したボトムアップ型情報共有に基づくデジタル技術の活用だ。台湾ではインターネットを通じて市民が政策集団を形成し、2014年の「ひまわり運動」を支持した。今回もプライバシーを維持しながら、政府、企業、市民の協働でプラットフォームを構築し、マスク配布と在庫把握を実現した。感染経路も追跡し、死者数を1桁に抑えている。
かつて米経営学者ハーバート・サイモンは、人類が生き残るには他人の優れた知識を素直に学ぶ「知的従順さ」が不可欠だと指摘した。コロナ危機克服に求められる「社会的知性」には、人に対する思いやり、社会的協働にデジタル技術を活用するスキル、そして「知的従順さ」が含まれる。日本の緩和型対策の成否も、「社会的知性」の生かし方いかんにかかっている。
(2020/05/22 日本経済新聞朝刊掲載)
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