量的緩和政策のグリーン化
2021/03/25
フランス銀行(中央銀行)は、2020年4月に「まずコロナ、後で気候変動か?」と問いかけ、「そんなに単純ではない。健康と環境はつながっている」と答えるペーパーを公表した。
新型コロナウイルス感染症など新たな疫病は、人間の経済活動が広がり、野生動物との接触が多くなることで発生する。同様に地球温暖化は人間の経済活動拡大で、生態系が機能不全になることで進展する。世界自然保護基金(WWF)は、人と動物の健康が生物多様性や生態系機能にリンクしているとする「ワンヘルス」共同宣言を出している。人に感染する可能性のある未知ウイルスは82万種といわれる。健康と環境のつながりは、温暖化でシベリアの凍土が解け、その一部が活動再開するリスクに象徴される。
国際決済銀行(BIS)は20年1月、気候変動リスクに関する「グリーンスワン」報告書を公表し、価値が毀損する座礁資産が最大18兆ドル(約1900兆円)に上ると論じた。5月には新たな報告書「グリーンスワン2」を公表し、新型コロナなどの疾病を同様のリスクに加えた。
フランス銀行のビルロワドガロー総裁は、欧州中央銀行(ECB)の購入資産および担保として保有している2.4兆ユーロ(約310兆円)の資産を「脱炭素化」すべきだと論じた。英国もスナク財務相が、イングランド銀行(中銀)の使命に脱炭素社会を加えることを表明し、環境関連に使途を限るグリーン国債の発行も決定している。
気候変動リスクには、自然災害が頻発する「物理的リスク」と脱炭素社会への移行期に発生する「移行リスク」がある。オランダ銀行(中銀)は技術革新、制度・規制の変化に伴う移行期の金融リスクをマクロ経済モデルで推計するストレステストを実施し、銀行の自己資本比率を4%以上押し下げると試算した。
注目すべきはコロナ危機による経済損失の大きさだ。サマーズ元米財務長官らは国内総生産(GDP)の減少に、死者・病人など人的資本の損失を考慮すると、米国の損失額は16兆ドル(GDPの約9割)に達すると試算した。新たな脅威を加えたグリーンスワンの損失は計り知れない。
日本経済研究センターの試算では、付加価値当たりの二酸化炭素(CO2)排出量が、日本全体の平均より多い産業への銀行貸し出しは100兆円に達する。また、コロナ危機に伴う企業倒産で生じる国内銀行の損失額は11兆円から最大で40兆円に達する。
日本は量的緩和政策のグリーン化を急ぐ必要がある。日銀が買い入れた民間資産はコマーシャルペーパー(CP)や上場投資信託(ETF)など総額44.4兆円(20年上半期末)に上る。この資産を脱炭素化し、貸出限度額約120兆円の「コロナ対応特別オペ(公開市場操作)」を「グリーン・デジタル化促進オペ」へ増額改変、金融機関がオぺで得た資金を日銀当座預金に預ければ0.1%付利する。政府がグリーン国債を発行する場合は優先して購入することも検討すべきだ。コロナ危機からの脱出は、気候変動との闘いでもあるのだ。
(2021/03/19 日本経済新聞朝刊掲載)
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