税制のグリーン化と国境調整措置
2021/06/01
4月の気候変動に関する首脳会議(サミット)で主要各国は、新たな2030年の温暖化ガス削減目標を公表した。日本は13年度比46%減を宣言した。18年を基準年とした日本経済研究センターの試算では、日本は38%削減となる。米国の43~45%、英国の50%、欧州連合(EU、英国除く)の44%より削減幅は小さいが、過去の目標値(26%)と比べ格段に野心的だ。
主要先進国は50年に排出量を実質ゼロとする目標を設定しており、排出量への制約の強さを示す「影の価格」、つまり目標達成に必要な炭素価格は理論上試算可能だ。カーボンプライシング(CP)には、大別して排出量取引と炭素税による方法がある。
しかし、現実には目標達成に必要な炭素価格算出は容易ではない。デジタル転換(DX)など産業構造の変化による排出削減や、脱炭素目標にコミットしていない国を考慮する必要があるからだ。
環境省の小委員会は5月、エネルギー価格の変化が排出量に与えた効果を公表した。日本は既存の石油石炭税に上乗せする形で、二酸化炭素(CO2)排出量1トンあたり289円の炭素税「地球温暖化対策のための税」(温対税)を課しており、19年度で320万トンのCO2削減効果があったとされる。仮に価格効果のみで脱炭素社会を実現するには、炭素税を9.3万円とすることが求められる。
DXを主軸とする産業構造転換で排出量の8割削減が可能であれば、炭素税は1.3万円で目標が達成される(日本経済研究センター中期予測)。この試算はコロナ危機からの回復のみならず、中長期の成長目標を実現するには、グリーン成長とDXの相互補完性活用が必要不可欠であることを示唆している。
既存のエネルギー税制をCO2排出量に基づく炭素税に転換し、「グリーン税制」実現を目指す場合、現在の税収(4.7兆円)に見合う炭素税は4千円強となる。グリーン税制で炭素税を1.3万円へ段階的に高めれば、税収のピークは34年度の6兆円で、50年度にはゼロになる。
既存の税制を維持し、炭素税を温対税に上乗せする場合でも、税率の高いガソリンなど輸送部門の燃料から得られる税収は、脱炭素社会ではゼロになる。いずれにせよ、エネルギー税制のグリーン化は不可欠な政策課題だ。
主要先進国でCP制度が整備されれば、炭素規制が緩い国での排出量増加(カーボンリーケージ)が問題になる。それを防ぐには2つの方法がある。一つは炭素税の例外を認める排出量の「無償割当」である。もう一つは炭素規制の弱い国からの輸入財に国内炭素税を課し、自国からの輸出では炭素税を払い戻す「国境調整措置」だ。
国境調整が導入されれば無償割当は不要となり、有償割当に移行するか、炭素税を課すことになる。輸出への炭素税払い戻しは国際競争力維持に必要とされるが、主要先進国が類似のCPを導入すればどうだろう。排出量削減と税収確保が優先され、輸出に払い戻しせず輸入に課税するという国境調整の選択肢もあることに留意すべきだ。
(2021/05/21 日本経済新聞朝刊掲載)
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