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岩田一政の万理一空

米政権が進める財政政策の帰結

 

2021/10/25

 バイデン米政権は、社会インフラ投資を促進する法案と、子育てや教育、気候変動対応など人的資本投資を中心とする法案の、議会での同時承認に苦戦している。

 1兆ドル(約110兆円)規模のインフラ投資法案は、新規支出約5500億ドルで共和党の了解も得ている。一方、3.5兆ドルの人的資本投資法案は共和党の反対だけでなく、民主党内の左派(プログレッシブ)と中間派の意見対立が激しい。この法案は中国との経済競争に勝ち抜き、中間層支援を通じて米国再建を実現する「成長分配戦略」の核心であり、バイデン政権も安易な妥協はできない。

 拡大的な財政運営を推奨する現代貨幣理論(MMT)は、自国通貨建てのみで政府債務を発行している国には「通貨主権」があり、民間企業のように債務不履行になることはないとするケインズの洞察に基づいている。

 新興国はしばしば、外貨建てで政府債務を発行することで、デフォルトリスクに直面する。これに対し「通貨主権」が確保された国家が支払い不能になるのは、インフレによる課税で債務を帳消しにする場合に限られる。終戦直後日本のハイパーインフレもこのケースに該当する。

 現在の日本は財政赤字が続き、政府債務が累積しているにもかかわらずインフレは発生していないため、MMT論者はインフレなき財政拡大は可能と主張する。しかし、レーガン政権下の大規模減税政策が生んだドル高と「双子の赤字」、その後のプラザ合意(1985年)による円高シンドロームの経験は忘れられない。85年の米経常収支赤字は、国内総生産(GDP)比2.7%だったが、当時マサチューセッツ工科大学教授だったポール・クルーグマン氏は、3%の経常赤字は維持不可能とし、ドルの大幅下落リスクに警鐘を鳴らした。

 コロナ危機前に公表した日本経済研究センター長期予測では、米国はGDP比5%程度の財政赤字の下で同2~3%の経常収支赤字が持続し、2060年に対外純負債はGDPの規模を超える。21会計年度の財政赤字は13.4%、政府債務はGDP比103%と予測され、21年第2四半期の経常収支赤字は3.3%に達している。財政拡大は、短期的にはドル高を誘発しても、やがて「双子の赤字」維持可能性に対する市場の疑念を高め、国際通貨体制の安定性を揺るがすことになる。

 日本の財政赤字に関する実証分析によれば、中長期的な維持可能性には疑問符がつく。政府債務の累積は、気候変動問題と同様に将来世代の負担増大を招くという点にも注意を払うべきだ。

 他方で、マネタリーベースや政府債務の発行は、市場取引では十分にカバーされない世代間の貸借取引を可能にするため、どこかに政府債務の最適な規模があるとも考えられる。かつてエドワード・プレスコット米アリゾナ州立大学教授は、賦課方式で現役世代が退職世代を支える社会保障制度の「暗黙の債務」も加えると、最適な政府債務規模はGDPの2倍程度だと論じた。米国はこの最適水準も超えつつあるようだ。

(2021/10/15 日本経済新聞朝刊掲載)