金融正常化への険しい道筋
2023/05/12
金融市場では、一夜にして冬景色が広がる事がある。米国でのシリコンバレーバンク(SVB)とシグネチャーバンクの破綻は、クレディ・スイス・グループの救済買収へ連鎖した。
その際、米国の連邦準備理事会(FRB)と連邦預金保険公社(FDIC)は素早く動いた。破綻行の預金を保護し、「最後の貸し手」としての窓口貸し出しに加え、米国債などを担保とする資金供給手段も新設した。「最後から2番目の貸し手」とされる連邦住宅貸付銀行(FHLB)、中央銀行スワップ協定も動員して市場に資金供給した。
3月の米銀破綻は、預金の急速な流出と満期保有目的債券のリスク管理不備が主因だ。しかし、FRBはそれまでの短期間に政策金利を4.5%引き上げており、量的緩和(QE)から量的引き締め(QT)に転換したことが影響している。金融政策としてQTを堅持する一方で、金融市場安定化のために大規模な資金供給を実施したわけだ。
デフレリスク克服のため、FRBは2008年末以降、3回のQEを実施した。新型コロナウィルス禍での対応を含めれば、5回目の大規模資金供給となる。ただし、市場での資金供給と資金吸収の同時実施は初めてであり、整合性も欠いている。
英国でも、トラス前政権が経済・財政の中期見通しへの帰結を無視した財政拡大策を公表した後、資産運用に失敗した年金基金が巨額な損失を計上した。ポンドと国債価格は急落し、利上げとQTに転換していたイングランド銀行(中央銀行)は、大規模な国債購入に追い込まれた。
QEが長期に及ぶと金融機関の行動が変化し、銀行準備が十分であってもQT実施は難しくなる。日銀は01年にQEを開始した。この10年は異次元のQEを実施しており、脱却はより困難だ。
仮に2%のインフレ目標が達成されたと日銀が判断すれば、金融正常化の第一歩は、長短金利操作政策の見直しとなるが、米国の金融市場の脆弱性はその実行を困難にしよう。08~09年の金融危機時、日本の実質国内総生産(GDP)落ち込み幅は米国の倍であった。金融ストレスが高まっている場合、米国の利上げは日本の鉱工業生産を米国の3倍引き下げる。
米国の市場金利は3月の銀行破綻後も比較的落ち着ついていた。しかし、金融不安による融資条件の厳格化が1%前後の利上げに相当するなら、米国が景気後退に陥る前に日本が息切れしかねない。現状の「ドル高サイクル」がいつまで続くかも不透明だ。
幸運にも日銀が利上げ局面に移行できたとして、大量に保有する国債と上場投資信託(ETF)の処理は難問だ。国債・株式市場への影響を考慮すれば、市場売却は困難であろう。国債は10年かかっても満期保有し、再投資停止で自然削減を図るべきだ。
植田和男新総裁が「大問題」とするETFも、市場売却や年金基金などへの移管提案があるが、恒久的に保有せざるを得ないだろう。スイス国立銀行(中央銀行)は、外貨建債券・株式保有が資産の8割程度を占めていることも想起すべきだ。
(2023/5/5付 日本経済新聞朝刊より掲載)
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