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岩田一政の万理一空

妥当性を持つ物価目標の水準

 

2023/08/04

物価目標を2%とする根拠は3つある。

まず、デフレに陥るリスクを回避するための安全弁として1%の上昇率が必要だ。次に、基準となる消費者物価指数の特性の考慮だ。物価指数は過去時点の商品構成を基準ウェートとしているほか、特売や割引販売などのカバーも課題とされ、上昇率が過大に評価される傾向がある。理想値との歪は0.5%程度とみられ、その分を上乗せさせる必要がある。

この結果、望ましい物価目標は1.5%となる。しかし、貿易相手国が2%を目標とする一方で、日本が1.5%を目標とすれば、為替レートに問題が発生する。購買力平価説に従い一物一価の法則が成立するよう、両国のインフレの差を解消しようと円高圧力が生まれるのだ。回避するには、他国と同じ2%目標が望ましいことになる。

ここでグローバルな観点から検討すべき点がある。

まず、脱炭素社会の実現という目標だ。そのためには二酸化炭素(CO2)排出に対する価格(カーボンプライス)を中長期的に引き上げる必要がある。この過程で化石燃料価格上昇による「グリーンフレ-ション」が発生するが、金融政策はこれをコントロール出来ない。 

次に、貯蓄と投資を均衡させる実質金利である「自然利子率」だ。先進国の間では、経常収支赤字国の自然利子率は黒字国よりも高くなる傾向がある。投資超過国は、貯蓄超過国からの純資本流入を必要とするためだ。

米国の自然利子率は0.5%程度で、景気を刺激も減退もさせない名目中立金利(2.5%程度)から、期待インフレ率(2%)を引いた値に等しい。日銀は自然利子率を公表してないが、日本経済研究センターの推定値はマイナス0.5%だ。欧州中央銀行(ECB)はその中間で、プラス0.5%からマイナス0.5%である。米国は経常赤字で自然利子率はプラス、日本はその反対で経常黒字で自然利子率はマイナスだ。

中央銀行は、名目中立金利、物価目標と現実の上昇率の差、国内総生産(GDP)の需要ギャップを考慮して政策運営しており、「テイラー・ルール」と呼ばれる。このルールでは、物価上昇率が目標を1%下回れば、物価安定実現のため、政策金利を1%以上引き下げる必要がある。

自然利子率が低下した場合を考えよう。テイラー・ルールに従えば、名目金利と物価上昇率は同じ方向に変化し、元の均衡点を下回る。それでも2%目標を実現するには、物価下振れに対する政策金利の反応度を、限りなく高めることが求められる。

自然利子率がマイナスの日本は、物価目標として米国の2%を下回る1~2%を掲げることが自然だろう。

米プリンストン大学の清滝信宏教授は経済財政諮問会議で、日本は2%に固執せず、1~2%の物価目標に改める事を提案した。筆者の提案は「グリーンフレ-ション」(生鮮食品とエネルギー)を除く消費者物価指数で1~2%を目指すものだ。この点は清滝提案と異なるが、2%目標とは矛盾しない。

 

(2023/7/28付 日本経済新聞朝刊掲載)