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岩田一政の万理一空

「デリスキング」に必要な国際秩序

 

2023/10/23

今年11月、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が米国で開かれる。バイデン大統領は、その会議からロシアのプーチン大統領を外し、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席を招待する意向を示している。

従来のデカップリング(分断)政策から安全保障領域を除き、中国との協力を重視するデリスキング(リスク低減)政策への転換である。

この転換は、中国との分断を回避したい欧州連合(EU)が主導した。

日本経済研究センターの試算では、ロシアへの貿易上の制裁措置でEUが被る跳ね返り損失は生産の4%だ。これに対し、中国に同程度の制裁を科した場合の損失ははるかに大きい。ロシアの経済規模が、中国の10分の1以下であり、EUと中国の経済的な相互依存が、ロシアと比べ3倍以上深いためだ。

米ピーターソン国際経済研究所主任研究員のゲイリー・バフバウアー氏によると、将来のアジア太平洋の経済秩序は、「東アジアの地域的な包括的経済連携」(RCEP)の枠組みを主導する中国中心の体制と、「包括的・先進的環太平洋経済連携協定」(CPTPP)の枠組みに復帰した米国を中心とする体制のいずれかである。

中国が、CPTPPへの参加意思を表明する一方で、米国にCPTPPに復帰する意思はないようだ。その帰結は明らかだ。

私見によれば、CPTPPとRCEPを包括する「アジア太平洋自由貿易圏」(FTAAP)を、日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)が、CPTPPを主軸として再構築することが可能だ。

APECは、1994年にインドネシアで開催した首脳会議で、「アジア太平洋地域における開放的で自由な貿易投資体制を遅くとも2020年までに実現する」とのボゴール宣言を採択した。RCEPはASEAN主導で成立した事を忘れてはならない。また、アジア開発銀行によると、RCEP,CPTPPから得た貿易上の利益は、ベトナムが日本に次いで大きい。ほかのASEAN諸国や韓国もCPTPP加盟により大きな利益が得られよう。

EUはアジア諸国に2国間のアプローチをとっている。英国に加えEUがCPTPPに加盟すれば、グローバルな貿易投資自由化への展望を大きく切り開くことになる。

ここで問題となるのがASEANの立ち位置だ。ASEANが外交面で非同盟主義を貫こうとすれば、貿易政策面では、米中という2つの岩礁の間を進まざるを得ない。

とりわけ、電気自動車(EV)の生産ハブとなることを目指した場合に注意が必要となる。域内にはEV生産に不可欠な重要鉱物が豊富だ。その精錬加工を中心に製造業の発展を図ろうとすると、重要鉱物の輸出禁止など資源保護主義に陥るリスクがある。

デリスキング政策が成功を収めるには、重要鉱物についても多様な生産・加工国からいつでも調達できる、自由で開かれた貿易体制の構築が不可欠だ。デリスキング政策は、リベラルな国際秩序をその中核に据えるべきである。

(2023/10/13付 日本経済新聞朝刊掲載)