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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史

経済摩擦と経常収支不均衡(2)―ミクロの最前線「OTO」

 

2014/07/23

 経済摩擦とは一体何だったのだろうか。今では、経済摩擦、貿易摩擦という現象がほとんど影を潜めてしまったので、最近の人達にはさっぱり理解できないのではないか。

 私は、役人生活の様々な局面で経済摩擦に関係してきた。1984年には経済企画庁(現内閣府)のOTO対策官となり、まさにミクロの摩擦の最前線に立った。85年には公正取引委員会に出向して、調査課長というポストについたのだが、ここでも「貿易摩擦と市場構造に関する研究会」を主催して、日本の市場構造が摩擦を招いているという議論を検証した。89年には経済企画庁の国際経済第一課長となり、マクロの経常収支不均衡や日米摩擦、EUとの経済交渉などに関係した。こうして摩擦に関与してきた経験を踏まえて、86年には日本経済新聞社から『経済摩擦』という本まで出している。

 その中で、今回は摩擦のミクロ的側面として、OTO対策官時代の話を取り上げようと思う。

大物揃いの対策本部

 私は84年11月に経済企画庁でOTO対策官というポストについた。このOTOというのは、82年に作られた組織で、輸入に関する政府の手続きなどについて、直接苦情を受け付け、なるべくこれに答えていこうというのが狙いである。OTOはOffice of Trade Ombudsmanの略であり、正式名称を市場開放問題苦情処理対策本部という。

 当時海外からは、摩擦に関連して日本の基準や認証手続きが輸入阻害的に作用しているという指摘が相次いでいた。要するに非関税障壁が輸入を妨げているということである。海外から苦情が寄せられれば、担当省庁が処理することになるのだが、対応がまちまちであったり、たらい回しにされたりする。そもそもどこに苦情を申し入れればいいかが分からないという声が多かった。

 そこでOTOという窓口を設け、何か苦情があればここに言って来てもらう。OTOは責任を持って担当省庁に伝え、それがどう処理されたかを見届ける。必要があれば第3者機関に諮って、担当省庁の処理に意見を申し述べるという仕組みを作ったわけだ。

 設立当初、政府はこのOTOを摩擦問題解決の有力な手段として位置づけ、かなり力を入れていた。第3者機関としての諮問委員会の委員には、大来佐武郎氏、盛田昭夫氏(ソニー)、本田宗一郎氏(本田技研)ら錚々たるメンバーが名を連ねていた。私は事務方の責任者であり、これら委員の方々に説明に行ったり、一緒に海外に行ったりした。これら伝説上の大人物たちと親しく話したり、海外に行ったりしたことは、私のかけがえのない思い出である。

 話はわき道にそれるが、これら伝説的な人々はさすがに個性豊かで大物揃いであった。例えば、大来氏だが、まず、よく食べる。私と一緒に飛行機を乗り継いで米国のワシントンDCに行った時のことだ。乗り継ぐたびに食事が出てくるので、私はいい加減嫌になって寝てしまったのだが、目を覚ますと、隣で大来氏が食事をしており、私に「飯が来てるよ」と教えてくれた。どうやら出てくるものはみんな食べてしまうらしい。寝るのも得意で、米国政府の担当者と会議をしている時など、途中で寝てしまうのでひやひやしていると、しかるべき時にはちゃんと目を覚まして、全部聞いていたかのごとくしっかり発言する。これはすごい技だと感心した。

 盛田氏はさすがに旅慣れていて、日本を発つときは、折詰のお寿司を持ってファーストクラスに乗り込み、日本酒を注文して、お寿司をつまんですぐ寝てしまう。俗人は、せっかくファーストクラスに乗ったらファーストクラスの食事というものを食べてみたいものだなどと考えるが、そんなことは歯牙にもかけないのだ。

背高コンテナ問題

 具体的な問題を取り上げた方が話が早そうだ。私が在任中最も苦労したのが「背高コンテナ問題」である。

 日本で普通、トラックに積んで走り回っているコンテナは高さが8フィート6インチあり、「8・6コンテナ」と呼ばれている。背高コンテナというのは、高さが9フィート6インチあり「9・6コンテナ」と呼ばれている。

 米国の船会社は9・6コンテナを使っているのだが、これをそのまま日本のトラックに積んで運送することはできない。これを走れるようにしてほしいという苦情がOTOに持ち込まれてきたのだ。

 米国の要求はこうだ。米国の船会社がコンテナを運ぶ時、日本向けにだけは8・6コンテナを使わなければならない。ところが、9・6コンテナと8・6コンテナを混載すると、積み方が複雑になり非効率になる。日本以外のアジアの国々では9・6コンテナが使えるのだから、日本でも使えるようにして欲しいというわけだ。

 この苦情を関係省庁に諮ったところ、警察庁、建設省から「認められない」という回答が来た。理由は簡単で、日本の法律に反するというものだ。日本では、道路法、道路交通法によって、車両の高さは3.8メートル以内と決められている。この3.8メートルを基準にして信号、トンネルなどの施設が作られている。8.6コンテナを積んだトラックは、高さが3.8メートル以内に収まるから問題はない。しかし、9・6コンテナを積んだトラックは高さが4.1メートルになってしまい、高さ制限を30センチ上回ってしまう。

 我々は、この説明を聞いて「これは米国の船会社に諦めてもらうしかないか」と考えた。「背高コンテナを積んだトラックが日本の道路を走り回って、信号機を壊したり、トンネルの屋根にぶつかったりしてもいいのですか」と言われれば、「それはまずい」と考えざるを得ない。

 ところが、この苦情には第2弾があった。米国側は、「日本の企業がこの背高コンテナを製造して輸出している」と指摘してきたのである。これは事実だった。日本の工場で背高コンテナを製造し、日本の道路を通って港に運び、米国に輸出していたのである。

 米国側は「これはダブルスタンダードだ」と言ってきた。つまり、米国からの輸入品を積んだコンテナは通さないと言っておきながら、輸出品のコンテナは通している。これは輸出を優遇し、輸入を抑制する人為的な非関税障壁だというわけだ。我々も、これを聞くと、米国側の言い分ももっともであり、非関税障壁だと言われても仕方ないと感じた。

キリン論の登場

 ところが日本側のガードは堅い。言い分はこうだ。車両の高さ制限があるとはいえ、どうしても分割できない物を運ぶ時は、ルートをチェックした上で特別に許可する。例えば、外国からキリンを連れてきて、動物園に運ぶとする。いくらキリンが3.8メートルを越えるからといって、キリンの首をちょん切るわけにはいかない。キリンは分割不可能な貨物である。この場合は運送の許可が下りる。

 さて、輸出用に製造したコンテナは、分割不可能な荷物である。そこで、ルートを調べた上で特別に運送を許可している。しかし、海外から中身を入れて入ってきたコンテナは、それ自身が貨物なのではなく、その中身が貨物なのだから、港で積み替えることができる。よって輸出コンテナは分割不可能だが、輸入品を積んだコンテナは分割可能であるという理屈だ。

 うーん。まあ、そういう解釈もできるかもしれないが、そうは言っても、コンテナは相手方の戸口まで運んでこそ価値があるのだから、キリンのように分割不可能とみなしてもいいようにも思われる。コンテナはキリンか、キリンでないか、微妙なところだ。

 日本側はキリン論で反論しても、米国側は当然納得しない。我々は、摩擦を解決するのが使命だから、なんとか警察・建設両省を説得しようとするのだが、法解釈の問題だと言って、頑として受け付けない。そこで私はある作戦を講じることにした。

(次回に続く)

※2013年8月に終了した「地域から見る日本経済」はこちら(旧サイト)をご覧ください。