【番外編】根岸隆先生の叙勲から経済学教育を考える
2014/11/13
このたび根岸隆先生が文化勲章を受けられた。私は、根岸先生とは一言も口をきいたことがないが、私の人生を変えた恩師である。今回はわき道に逸れるが、この機会に、根岸先生のことを中心に、私が受けた経済学教育のことを書いてみたい。
華麗な価格理論に感銘
私は、1965年に東京大学の経済学部に入学した。といっても「経済」を学びたいという積極的な希望があったわけではない。どうせサラリーマンになるのだから経済でも勉強しておこうという程度であった。
1、2年目は駒場キャンパスで教養課程の授業を受け、3年目からいよいよ本郷のキャンパスで経済学の授業が始まる。当時は、マルクス経済学と近代経済学の経済学原論が必須科目となっており、その近代経済学の経済原論を担当したのが根岸隆先生であった。
根岸先生の講義はすごかった。毎回、何も持たずに壇上に現れ、さらさらと板書しながら講義を進めていく。私は、「これまた度を越えて頭のいい先生がいるものだ」と、宇宙人を見るような目で見ていたものだ。
私はこの講義で、経済学がどんなものかを知った。マルクス経済学の講義もそれなりに聴講して、何とか理解しようとしたのだが、全く理解できなかった。現時点でも理解できないという点で同じである。
これに対して、根岸先生の近代経済学の議論はきわめて明瞭に理解できた。この議論は、今にして思えばミクロ経済学の価格理論である。序数的効用から始まって、限界概念が説明され、限界効用に基づく消費者行動、限界費用に基づく企業行動が説明され、一般均衡が導かれ、最後にパレート最適の実現という形で完結する。こうしてすべての議論が整合的に閉じられた時、私は、その論理体系のあまりの美しさに心から感動した。私が大学で受けた全講義の中で、最もその内容を理解でき、かつ感銘を受けたのがこの授業であった。
私の人生を変えた講義
根岸先生の講義は私の人生を変えることになった。私は、4年生の春に国家公務員試験を受けた。公務員試験には論文試験がある。その場で課題が示されて、その場で論文を書くのだ。私が受験した時の課題は「市場原理(価格の資源配分機能だったかもしれない)について述べよ」というものだった。私は課題を見て驚いた。私が大学で最も理解し、感動したことをそのまま書けばいいという問題だったからだ。
私はすらすらとたちまちにして論文を書き上げ、制限時間よりも早く論文を提出して、早めに会場から出てきた。当然成績は良かった。当時の公務員試験では、合否の連絡とともに、合格者中何番目の成績だったかが伝えられる。私の席次は私自身が驚くほど上位であった。
自慢しているように思われると困るので、一応述べておくと、私の大学の成績はそれほどいいものではなかった。成績が良ければ、大学院に進むという道もあったが、私の成績はとてもそれを望めるようなレベルではなかった。公務員試験で好成績を取ったのは、たまたま論文の課題が最も得意なところにぴったり当たったからである。
この席次を抱えて、経済企画庁を訪問したところ、その場で瞬時に採用が決まった。採用されると、1年目に内国調査課に配属された。ここは、経済白書を作る花形部局である。公務員試験の成績が良かったので、配属された可能性が高い。
私は、この新人時代の内国調査課を皮切りとして、「経済研究所」→「内国調査課課長補佐」→「日経センター主任研究員」→「内国調査課長」→「経済研究所長」→「調査局長」といった典型的エコノミスト・ポストを渡り歩き、その間たくさんの本を書き、官庁エコノミストとしての道を歩んでいった。その経験を生かして、退官後は法政大学で教鞭を取るに至り、更には日経センターの「主任研究員」→「研究顧問」として戻ってくることになり、今こうして日経センターのHPにエッセイを書いている。その全ての始まりは、根岸先生の講義だったのだ。
その後私は、『日本経済の構造変動』(岩波書店、2006年)という本を書いた時に、あとがきで、根岸先生への感謝の念を記した。たまたま大学の同僚に根岸ゼミ出身の方がおり、「今度ゼミの同窓会がある」という話を聞いたので、その方に託して私の著書を根岸先生に渡してもらった。その後何日か経って、根岸先生から葉書を頂いた。そこには、「小峰日本経済論のために、東大での私の講義がお役に立てました由、私にとっては望外の喜びであり、教師冥利に尽きます」と書かれてあった。この葉書は私の生涯の宝物である。
「ミクロ」を学ぶ重要性
以上のような私の経済学教育の経験から、二つのことを述べておきたい。一つは、マルクス経済学の無意味さであり、もう一つは価格理論の重要性である。
マルクス経済学が理解できなかったことは何度も述べた。しかし、社会人となり、経済分析、経済政策の仕事をする中で、それによって困ったことは一度もない。多分、マルクス経済学の知見をもとに、経済の仕組みを理解したり、有効な経済政策を導き出すことは無理なのだと思う。
私が法政大学で教え始めてしばらくたった時、ある学生が私に教科書を示して「経済理論を教えてもらっているのですが、この部分がどうしても分からないのです」と質問してきた。見ると、マルクス経済学のテキストである。したがって、私にもさっぱり分からない。私が「分からない」と言うと、学生は腑に落ちない顔をした。それはそうだろう。経済を教えている先生であれば、基礎的な経済理論は当然知っているはずだと思って質問してみたら「知らない」と言われたのだ。腑に落ちないのも当然だ。
私は、「いまだに経済の基礎理論としてマルクス経済学が教えられているのか」と、その学生を気の毒に思わずにはいられなかった。なぜこれほど役に立たない経済学が大学で淘汰されずに生き残っているのだろうかと暗澹とした思いになる。
これに対して、社会に出てつくづく思うことは、ミクロの価格理論をしっかり勉強しておいて本当に良かったということだ。私が大学で学んだ時の根岸先生の講義のテキストは、ヘンダーソン、クォントの『現代経済学』(創文社、1961年)という本であった。今は手元にないので、今回、この小論を書くに当たって、日経センターのライブラリーから借り出してみた。40年以上ぶりの再会。ページを繰ると、学生時代のことが脳裏に浮かんで胸が熱くなる。
このテキストは、小宮隆太郎先生と兼光秀郎先生が訳したものだが、訳者あとがきで、小宮先生が次のように書いている(筆者なりに要約)。
「経済学にはマクロ経済学とミクロ経済学という2大分野がある。このうち、ミクロの価格理論の重要性はいかに強調しても強調しすぎることはない。その基礎理論の理解なしには、財政、金融、貿易など応用分野の研究は不可能である。これに対して、マクロ経済学はそれほど難しくなく、その主な内容は理論的なことよりも実際的ないし政策的なことに重点が置かれる」
これは全くその通りだ。経済企画庁でも、マクロ経済学については、景気分析、経済見通しなどの仕事をやっていれば自然と身につく。しかし、ミクロの価格理論は、それなりにじっくり勉強しないと身につかない。その基礎理論を身につけていない人が、規制緩和、TPP(環太平洋経済連携協定)などの応用分野の議論をしていても、どこか空疎なのだ。しかし、その基礎理論は、学生時代に時間をかけて勉強しておかないと、仕事の片手間に身につけるというわけにはなかなかいかないものだ。その意味からも、私にとっての根岸先生の学恩は実に大きかったのであり、文化勲章のみならず、ノーベル賞をうけていただきたいくらいの気持ちなのである。
※2013年8月に終了した「地域から見る日本経済」はこちら(旧サイト)をご覧ください。
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