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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史

金森久雄さんを偲ぶー景気予測プロセスを「見える化」 

 

2018/10/17

日本経済研究センター理事長、会長を務めた金森久雄さんが9月15日亡くなられました。94歳でした。「段階的接近法」による短期経済予測など、民間シンクタンクによる経済予測の礎を築きました。金森さんの後輩で、経済企画庁(現内閣府)で同じく「経済白書」を担当したセンター理事・研究顧問の小峰隆夫による追悼文を掲載しました。

 

金森さんは、1948年に東京大学を卒業した後、商工省(現在の経済産業省)に入ったが、すぐに経済審議庁に出向し、以後、経済企画庁でエコノミストとして活躍した。64年には伝統の内国調査課長となり、経済白書を執筆した。その後、日本経済研究センター(以下センター)に出向して主任研究員となり、短期・中期の予測を担当した。 こうして金森さんが活躍していた頃、私は経済学を専攻する大学生であった。金森さんの名前は当然よく知っていたが、序二段の力士が横綱を仰ぎ見るような感じであり、遙か雲の上の人であった。

金森さんは、70年に企画庁に復帰して、経済研究所の次長となった。私が経済企画庁に入ったのはこの頃(69年)である。もちろん、一介の新入生に過ぎないわけだから、ここでも金森さんは雲の上の人であった。

金森さんは、73年に企画庁を辞めてセンターの理事長となり、87年には会長となった。金森さんの後をついで理事長に就任したのが、最近亡くなられた香西泰さんだ。私は、この金森―香西体制の時に、主任研究員としてセンターに出向した。

センターに赴任した私は、自己紹介も兼ねて、当時書いたものをコピーしてセンター幹部に配布したのだが、その中に「ワープロ党宣言」というエッセイがあった。これは当時普及し始めていたワープロがいかに便利なものかを述べたものだが、金森さんはこれを読んで、自身もワープロを使い始めた。金森さんは「この歳になって、自分にこういう(ワープロを使いこなす)才能があるとは気がつかなかった」と言っていたほどだから余程気に入ったのだろう。ワープロという手段を提供して、この時以降の金森さんの執筆活動を支援できたことは私の大きな誇りである。 当時はバブルの真最中であり、私は高めの成長率予測を次々に出していった。金森さんも香西さんも、自身の見解として楽観的な展望を掲げていた。当時センターでは、この金森、香西、小峰を「楽観派3K」と呼んだ。両巨頭の仲間に入れていただいたことは、これまた私の大きな誇りである。

金森さんは、97年にセンター顧問、2010年には名誉顧問となり、センターの活動を見守り続けた。私は、2013年のセンターの50周年記念事業の一環「エコノミストの戦後史」の編纂に携わり、金森さんの自宅を訪問して長時間にわたるインタビューを行ったのだが、これが金森さんにお目にかかった最後となった。インタビューでは、私がセンターで主査として取りまとめたアジア経済の長期展望について好意的に言及していただきとても嬉しかった。

ここで金森さんの業績を私なりに振り返ってみると、次の三つが特に目につく。

第1は、景気分析への貢献だ。67年に日本経済研究センター主任研究員となった金森さんは「段階的接近法」という予測手法を導入した。これは、それまで経験とカンに頼っていた景気予測のプロセスを、いわば「見える化」したものだ。今ではほとんどの民間予測機関がこれを採用している。

第2は、積極的な景気政策を提案し続けたことだ。特に、不況の際には常に公共投資の拡大を説いた。私は、ある雑誌の対談で金森さんが「経済学者は歯医者のようなものであり、世の中の問題を解決するような存在でなければ意味がない」と発言していたのを覚えている。歯痛(不況)に苦しむ患者(経済)を治療する(経済政策で救う)のは歯医者(経済学者)の当然の義務だと考えていたのだろう。

第3は、常に日本経済の転換能力を信じていたことだ。有名なのは73年の石油危機をめぐる議論だ。この時それまで高度成長論の旗手だった下村治氏は、突如ゼロ成長論に転換した。原油の供給増が望めないのだから、日本の成長もゼロにならなければならないという主張であった。金森さんはこれに真っ向から反対した。石油価格の高騰は石油節約という産業構造の変化を引き起こすから高めの成長は維持できると主張したのだ。結果は、日本経済は驚くべき石油消費節約型の産業構造への転換を実現し、金森さんの主張が正しかったことが示されたのである。

「金森さんがご存命だったら、今の経済を見て何とおっしゃるだろうか」私はこの問いかけを常に胸に抱きながら、これからのエコノミスト人生を送ることになるだろう。

 

※2018年4月以前のバックナンバーはこちら(旧サイト)をご覧ください。
※2013年8月に終了した「地域から見る日本経済」はこちら(旧サイト)をご覧ください。