一覧へ戻る
小峰隆夫の私が見てきた日本経済史 (第91回)

参考人として臨んだ消費税の議論

 

2021/04/19

 前回は、私が国会に参考人として呼ばれた時の経験を書いた。その際触れたように、私はこれまでに、5回、参考人として国会に呼ばれたのだが、今回はその経験の中で最も印象に残っている参考人質疑について書いてみたい。それは、2012年6月に開催された衆議院社会保障・租税特別委員会の公聴会である。

公聴会における意見陳述

 この時の公聴会の主なテーマは、消費税とそれに密接に関係する社会保障についてであった。民主党の野田政権下であり、消費税率引き上げについての三党合意が成立した時である。

 この時呼ばれた参考人は、一橋大学経済研究所の小塩隆士教授、三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査本部長の五十嵐敬喜氏、日本経済団体連合会の村岡富美雄氏に私の4人であった。なお、私と一緒に呼ばれた小塩先生は、私が経済企画庁総合計画局計画課の課長補佐だった時に、新人として私の課に配属され、一緒に仕事をした経験がある。彼の結婚式にも出席した。「あの時の新人と一緒に国会で証言するのか」と、感慨深いものがあった。

 なお、2006年2月に、参議院少子高齢化に関する調査会に私が呼ばれた時、一緒に呼ばれたのが、本連載にたびたび登場する大先輩の香西泰氏であった。香西氏は、私が新人で配属された課の課長補佐だった人だ。香西さんは私の結婚式にも出席している。この時、香西さんも「あの時の新人と一緒に国会で証言するのか」と思っただろう。世代が一回転して同じことが繰り返されたわけだ。

 さて、参考人は、冒頭一人15分で意見を述べる。この時私は、次のような五つのポイントに絞って意見を述べた。

 第1は、財政再建は国民福祉の向上という観点からも急務だということだ。財政再建は財政のために必要なのではない。最終的には、それを放置していると、国民生活の安定、国民福祉の向上が阻害される。だからこそ財政再建が必要なのである。

 第2は、その財政再建のために残された時間が急速になくなってきているということだ。現在は、民間投資が少なく、経常収支も黒字であることから、日本の国債は信用を維持しているが、それがいつまでも続くとは思えない。

 第3は、消費税の引き上げは今の段階ではもはや当然だが、それでもまだ財政再建には不足だということだ。しばしば、無駄を省いて、歳出を削減してから増税をお願いすべきだと言われる。この無駄を省くという響きの中には、国民に痛みは及ばないというニュアンスがあるように思われる。しかし、その程度の無駄の削減では財政再建には全く不十分である。(この辺は、民主党が政権交代の直後に、無駄の削減でマニフェストに示した公約の財源とするという方針を出し、結局うまくいかなかったことを批判しているところである)

 と、説明していると、委員会室に自民党の町村信孝議員が入ってきた。(ここで、一旦、公聴会の議論から離れます)

町村議員のこと

 町村議員は、東京大学経済学部の私の同期生である(以下、同期生のよしみで町村君と呼ばせてもらうことにする)。卒業後、私は経済企画庁に、町村君は通産省(現経済産業省)に入った。同期生なので、いつも同じようなポストに就いており、双方が課長補佐時代に、月例経済報告の表現をめぐってやりあったこともある。

 特筆すべきは、大学紛争における町村君の活躍だ。我々が東大に在学していた時はまさに東大紛争の真っ只中であった。私自身は完全なノンポリで、学生運動からは距離を置いており、紛争で授業がなかったりすると、運転免許を取ったりしていた。ところが、企画庁に入ることが決まった後に、さらに紛争が長期化し、場合によっては卒業できないかもしれないという話が出てきたりしたので、かなり焦り始めた。同じように焦った仲間は多く、突然「ストを止めて卒業させろ」というデモを始めたりした。要するに、大学紛争なんかどうでもいいから卒業させろという、かなり利己的なデモだったため、あまり評判は良くなかった。仲間とデモをしていると、周りの学生から「恥を知れ」「裏切者」といった野次を浴びた。

 同じ非党派のノンポリでも、町村君は違った。全共闘らの活動家グループと堂々と渡り合い、ノンポリ派のリーダーとして経済学部を守った。1969年1月、秩父宮ラグビー場で開かれたいわゆる「大衆団交」では議長役を務め、「東大確認書」には経済学部代表として署名している。こうした町村君らの活躍のおかげもあって、我々は無事卒業することができた。私は、自分にはとてもできないことを実行していく町村君を大いに尊敬していたものだ。

 大学時代に特に親しかったわけではないが、同期で役所に入ったこともあって、顔を合わせると「やあどうも」程度の挨拶をする関係であった。

 町村君の父、町村金五氏は内務官僚から、北海道知事を務めた後、国会議員として自治大臣を務めている。こうした父親の影響もあったのだろう。町村君はやがて通産省を辞めて、1983年衆議院総選挙に立候補し、当選。国会議員となった。毛並みが良くて、頭が切れて、弁も立つ。町村君は、文部科学大臣、外務大臣、官房長官などの要職を歴任してきた。公聴会の当時は民主党政権だから、当然無役である。

 その町村君が委員会室に入ってきたのだ。私は意見陳述をしながら、これに気付いた。町村君も私に気付いた。二人の目が合った。「町村君、ご活躍で何よりだね」「小峰君も学者として頑張ってるね」という無言のメッセージが瞬時に交換された。

 私は発言を続けた。(以下、再び公聴会に戻ります)

 第4は、消費税の引き上げが景気にどういう影響を及ぼすかだ。これは増税なのだから、当然景気にマイナスである、これは否定できない。しかし、それが耐えがたいほどひどいマイナスの影響かというと、それほどでもないというのが私の判断である。

 内閣府の研究所の計量モデルによると、1%消費税を上げると、実質GDPに対しては、1年目で0.15%のマイナスという結果になる。したがって、3%引き上げると、0.45%(約0.5%)のマイナスということになる。

 なお、消費税引き上げのタイミングについて、景気の悪い時に引き上げるとダメージが大きくなるから、景気の局面をよく見て引き上げのタイミングを考えるべきだという意見があるが、私には異論がある。

 と私が発言した時、同僚の議員と打ち合わせをしていた町村君が「おや?」という顔をして私の方を見た。私は発言を続けた。

(発言の続き)

 景気が悪い時に消費税を引き上げると、国民のダメージは大きいように見える。しかし、よく考えてみると、景気がいいときに上げたからといって、消費税による国民の負担が減るわけではないし、悪い時に上げたからといって負担が大きくなるわけではない。先ほど述べたように、3%の引き上げで約0.5%GDP成長率が下がるということが国民の負担だと考えると、この負担は景気が良くても悪くても変わらない。

 これを聞いていた町村君は、私を見て、少し首をかしげ、その後ゆっくりと首を振った。「小峰君。君の言い分も分かるが、それは学者の理屈で、政治の世界ではそんな理屈は通用しないよ」と言いたかったに違いない。

 少し私の考えを補足しよう。企画庁の計量モデルの計算によると、消費税を3%引き上げるとGDP成長率は約0.5%引き下げられる。これは、消費税率が引き上げられなかった場合(標準ケースという)と比較したものである。例えば景気がいい時で、消費税を上げなければ3%成長が可能だった時に、消費税を3%引き上げると、成長率は2.5%に下がる(ケースA)。一方、景気が悪く、標準ケースの成長率が0.5%である時に消費税率を引き上げると、成長率は0%となる(ケースB)。確かに景気の悪い時に消費税を引き上げたケースBの方が打撃が大きいように見える。しかし、ケースAとBで差がついたのは、標準ケースの成長率がケースAの方が高かったからだ。消費税引き上げの影響はケースAでもBでも同じなのである。よって、景気の情勢に左右されず、決まった方針に従って消費税引き上げを行えばよいのだ。

 町村君は、こうした理屈を分かった上で、首を振ったに違いない。確かに私の理屈はいかにも計量分析を重視する経済学者の言いそうなことではあるが、結果的にケースAとBでは実現する成長率に差がつくのだから、政治的にはケースAを選択したくなるだろう。それは私も分かる。

 この後しばらくして、もう一度町村君がいたところを見ると、既に町村君は委員会室を去った後だった。

 私がこの時の町村君との目線だけで行われた無言のメッセージ交換をいまだに詳しく覚えているのは、これが私が町村君の姿を見た最後になったからだ。その後町村君は、2012年9月の自由民主党総裁選挙に立候補したのだが、投票の直前に体調不良で入院し、選挙では敗れた。私は、自分の同期生が総理になるのかもしれないと期待していたのだが、その願いは実らなかった。

 町村君は2014年に衆議院議長となった。私は、これで町村君が総理になることはないのだなと思った。町村君自身もその覚悟だったろう。その後も町村君の体調は回復しなかったようで、2015年に議長を辞任した後、死去した。

 私は今でも、町村君が総理になったらどんな総理になったのだろうかと考えることがある。エリートコースを歩んだ人だから、庶民的な人気は盛り上がらなかったかもしれない。しかし、東大紛争の時の行動力を考えれば、実務遂行能力は高かったに違いない。一度、総理としての町村君を見てみたかったものだ。

民意のバイアスを巡る議論

 ここでもう一度参考人質疑に戻ろう。途中までになってしまったが、私が冒頭の意見陳述で指摘した第5のポイントは、財政再建とともに成長戦略の着実な推進によって、サステーナブルな形で成長率を引き上げていくことが必要ということだった。これについては解説は不要だろう。

 さて、参考人の意見陳述が終わった後、各政党の代表が参考人に一人15分ずつ質問をした。ここで大変印象深い出来事があった。

 質問者のトップバッターは民主党(当時与党)のK議員だったのだが、K議員は私にやや意外な質問をぶつけてきた。K議員は「小峰先生は、本来の政治主導というのは、民意をそのまま汲むのではなくて、むしろ民意のバイアス、偏りを修正して、長期的に政策を誤らせないようにすることが大事だと指摘されています。そういう観点から、今の国会における社会保障と税の一体改革をどのように見ておられるか、感想をお伺いしたい。」と私に質問したのだ。

 これに対して私は概略次のように答えた。

 「しばしば世論調査で人々の考えを聞き、民意に従うべきだという議論が出ます。しかし、民意には民意のバイアスというものがあると思います。それは、『短期的な視点で物事を判断してしまう』ことや『自分の身の回りのことを中心に物事を判断してしまう』というバイアスです。

 しかし、短期的なマイナスを避けようとして、長期的にかえって大きなマイナスを抱え込むということはよくあります。また、身の回りのマイナスを避けようとして、回り回ってかえって大きなマイナスが身に及んでくるということもよくあることです。

 こうした民意のバイアスを避ける仕組みが『間接民主主義』だと私は思います。従って、国会議員の方々は、自らの判断で長期的に国民のためになる政策を考えていただき、もしそれが民意に反するものである場合は、民意に従って自らの考えを修正するのではなく、民意の方を説得していただきたいと思います。」

 私がこう発言した時、議員席からは「いいこと言うなあ」というつぶやきが聞こえ、発言を終えると拍手が起きた。そしてK議員も「我々も、今、指針となるべきお話をいただいたように思います。」と言って、この質問を終えたのだった。

 実は私はこの時、せっかく国会に呼ばれたのだから、上記のようなことを言ってみたいものだと考えており、冒頭の意見陳述に入れようかとも思った。しかしこのような発言は、国会議員の行動に注文を付けるようなものであり、やや不遜な感じもするので控えることにしたのだ。

 それを議員の方から発言を促されたわけだからやや驚いた。K議員は、参考人に対する質問を考えるため、私が過去に書いたものを集めたに違いない。その中で私の、民意についての記事を読んだのだろう(当時、ある新聞のコラムに「政治主導は世論迎合ではない」という記事を書いていた)。そして、私にそれを発言させようとして質問で取り上げたのだ。

 K議員が私に発言を促したこと、そして私の発言に議場から賛意が示されたことは、多くの議員もまた「世論、民意に従うのが本当の政治ではない」と感じていることを示しているように私には思われた。

 私がこの時の公聴会で強く感じたことは、一人一人の国会議員は、勉強家で良識に富んだ方が多いということだ。私の「財政再建を重視し、消費税を引き上げるべし」という主張に同意する議員も多いようだった。しかし、ひとたびそれが政党としての議論になると、どうしても国民負担を避ける議論になってしまう。このギャップを埋めることはできないのだろうかと感じたのだった。



※2013年8月に終了した「地域から見る日本経済」はこちら(旧サイト)をご覧ください。