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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史 (第100回)

私が見てきたESPフォーキャスト調査

 

2022/01/18

 日本経済研究センターは、毎月「ESPフォーキャスト」という調査を公表している。私は、この調査が始まった時から現在に至るまでこれに関与し続けてきたので、この調査の歩みを誰よりもよく知っている。それだけに愛着もある。今回は、私が見てきたESPフォーキャスト調査について解説し、ついでに新年早々のことでもあるので、この調査を元に2022年度の景気を展望してみることにしよう。

ESPフォーキャスト調査の始まり

 かつて、経済企画庁の外郭団体で社団法人経済企画協会という組織があった。これは、会員から会費を集めて、企画庁関係の文書を配布したり、講演会を企画したりする組織であった。今では官庁関係の発表文書は、瞬時にホームページで公開されているが、当時は、資料が欲しい人は役所に貰いに行ったり、政府刊行物センターで購入する必要があった。企画協会の会員になると、経済白書や月例経済報告が発表されると、自動的に資料を配布してくれたのである。

 この経済企画協会では、「ESP」という経済誌を発行していた。これはいわば経済企画庁の広報誌である。ESPというのは、企画庁が主に扱っているEconomy、Society、Policyの頭文字を並べたのである。ESPには、企画庁が関係するような政策についての解説記事をはじめとして、特集を組んで経済学者の論文を掲載したりするなど、なかなか読み応えのある内容になっていた。編集は企画庁の広報室が担当していたから、広報室長が事実上の編集長であった。現在は大物経済学者となっている八代尚宏氏(現在昭和女子大学副学長、元日本経済研究センター理事長)や小塩隆士氏(現在一橋大学経済研究所教授)などもこの編集長を務めたことがある。

 このESPを経済企画庁が自分の予算で買い上げ、広報誌として職員や関係者に配布していた。いわば、広報誌の編集を外部の企画協会に委託していたようなものである。これが経済企画協会の大きな収入源であった。

 さて私は、役所を辞めた後、2003年から法政大学で教鞭をとり始めたのだが、その直後に、経済企画協会から、あるプロジェクトの取りまとめ役になって欲しいという依頼を受けた。それは企画庁のK課長のアイディアによるプロジェクトだった。K課長は、その直前までアメリカ大使館で勤務していたのだが、現地でブルーチップという調査を目にした。これはアメリカのエコノミストに毎月アンケート調査をして、経済の先行きについての予測を答えてもらい、それを平均したもの(コンセンサス)をまとめるという調査であった。K課長は、アメリカ経済の調査をする際にこのブルーチップを活用していたから、こんな調査が日本でも必要だと考えていた。

 運命のいたずらで、帰国したK課長が赴任したのは、企画庁で経済企画協会を所管する部署であった。そこでK課長は早速企画協会に、日本版のブルーチップ調査を行うよう働きかけた。依頼を受けた企画協会は、その企画を実現すべく動き初め、何人かのエコノミストを集めて企画を練ることになり、役所を辞めたばかりの私にその取りまとめ役を依頼してきたのだった。こうして始まったのがESPフォーキャスト調査である。最初は日本版ブルーチップという名称も考えたのだが、本家のブルーチップの名前を勝手に使うのもどうかと思われたので、企画協会が発行していた経済誌の名前をいただいて「ESPフォーキャスト調査」としたのだ。

 この調査を軌道に乗せたのは、多くの人のボランティア的な頑張りであった。当初企画を練り、調査が始まってからは、その結果を吟味する委員会に参加していただいたのは、木内登英氏(現在、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト、元日本銀行政策審議委員)や宅森昭吉氏(現在、三井住友DSアセットマネジメント、チーフエコノミスト)などの方々だが、企画協会の財政は厳しかったので、無報酬で議論に参加していただいた。アンケートにも、多くの機関が見返りなしに無報酬で快く参加してくれた。

 企画協会も頑張った。自前の調査なのだから、利用者から料金を徴収するという道もあったが、「これは統計調査であり、多くの人が無償で利用できるようにすべきだ」と考え、調査の概要は企画協会のホームページで無料公開することにした。

経済企画協会の解散

 私は、この調査を始めた時、「これは良い調査だ」と思った。当初の段階で私が感じたこの調査の意義は次の三つであった。

 第1に、民間の第1線エコノミストの平均的な予測をモニターできる。これは便利だ。例えば、ある企業である社員が、「企業の経営計画を立てるから、来年の成長率がどの程度になりそうか調べろ」といわれたら、この調査を見ればよい。それまでは自分でいろいろな機関の予測を集めなければならなかったのだ。

 第2に、官依存から脱却できる。それまでは経済が落ち込んで、政府の経済見通しより低い成長率になると「思ったより景気が悪くなった」という議論になった(高い時は逆)。政府の見通しが基準になっていたわけだ。いかにも日本的だ。しかし、官の方が民より予測能力が高いわけではないのだから、政府の見方を基準にする必要はない。ESPフォーキャスト調査が普及すれば、民の予測が評価の基準になっていくだろう。

 第3に、ESPフォーキャスト調査のデータが蓄積されていけば、民間の期待形成についての分析が進むのではないかと考えた。民間エコノミストたちが示す成長率、物価などの予想は、まさしくその時点での将来期待を表しているからだ。なお、この私の期待はその後現実のものとなり、これまでに多くの研究者が、ESPフォーキャスト調査の個票を使って、期待形成についての研究を行っている。

 さて、私のこうした予感は当たり、ESPフォーキャスト調査は順調に各方面に浸透していった。日本銀行の情勢報告や政府の月例経済報告の資料にも登場するまでになった。ところが、この各方面への普及が、逆に経済企画協会の命を縮めることになったのだから運命というのは恐ろしいものだ。

 ある時、内閣府の経済分析担当部局が内閣府の某幹部にその月の月例報告について説明した。その資料の中にESPフォーキャストのデータが使われていた。説明を受けた幹部は「このESPフォーキャストという調査はどこが実施しているのか」と尋ねた。「内閣府の外郭団体の経済企画協会」ですと答えると、さらに「その企画協会はどうやって収入を得ているのか」と尋ねられた。担当者は、企画協会がESPという雑誌を編集作成しており、それを内閣府が買い上げていると説明した。これを聞いて、この幹部は「この予算の使い方は、外部に説明できない」と考えたようだ。当時は民主党政権下で、無駄の削減が叫ばれ、「予算の仕分け」が行われていた頃だ。自らが所管している外郭団体に、自らの広報誌を編集させて対価を支払っていると説明すれば、「それは天下り先の団体にお金を回しているのではないか」と受け取られてしまう。

 結局、これがきっかけになって、2008年に雑誌ESPへの予算措置は廃止された。その後しばらくの間、企画協会は何とか持ちこたえたのだが、ESPの買い上げという大きな財源を失った痛手は大きく、ついに2012年3月、協会は解散することになった。問題はせっかく育ってきた「ESPフォーキャスト調査」をどうするかだ。

 企画協会の人々は、「自分たちの組織が解散することになったのは時の流れだから仕方がない。しかし、ESPフォーキャスト調査は多くの人に利用されるようになり、一種の公共財になっている。これを止めてしまうのは惜しいので、どこかに引き取ってもらい調査を続けてもらえないだろうか」と考えた。

 そしてこれを引き取ったのが当日本経済研究センターだったのである。名称もそのまま引き継いだ。企画協会からは「経済企画協会」という名前が消えるのはやむを得ないが、せめてESPという名称は残して欲しいという希望が寄せられていたようだ。「日経センターフォーキャスト調査」といった名前にすることも可能だったわけだが、ここは連続性を重視し、企画協会の希望を受け入れたのである。こうして2012年4月から、日本経済研究センターがESPフォーキャストの業務を引き継ぐことになったのである。

 私がその日本経済研究センターの研究顧問を務めていたのは全くの偶然である。偶然ではあるが、それまでフォーキャスト調査に深く関係していたので、センターでもそのままESPフォーキャスト調査についての調査委員会の委員長となり、引き続きこの調査に関係し続け、今日に至っているわけである。

フォーキャスト調査三つの定理

 さて、ここからは、このESPフォーキャストをどう活用するのかという話になっていく。私は、このESPフォーキャスト調査を眺めている中で、経験的にこの調査には三つの定理ともいうべきものが存在するのではないかと考えるようになった。

 第1の定理は「エコノミストの予想の平均値(コンセンサス予想)は良い予想である」ということだ。これはほぼ確立した定理である。日本経済研究センターでは、毎年、各フォーキャスターの予測と実績を比較し、フォーキャスターの成績をランク付けし、上位5人を表彰するということを行っている。この時、コンセンサス予想がどの程度にランキングされるのかを調べているのだが、2004年の調査開始以来、17年連続でベストテンに入るという好成績ぶりなのだ。最新の2020年度予測の評価でも堂々の第4位であった。コンセンサス予測を見るということは、単なる平均を見ているというだけではなく、かなりパフォーマンスの良い予測を見ているということなのである。

 コンセンサス予測は各フォーキャスターの予測の平均なのだから、成績も20位前後(フォーキャスターの人数は40人前後)になるのが自然に見える。なぜ好成績になるのだろうか。これは次のように説明される。成長率の予測を例に考えるよう。各フォーキャスターの予測が0%から4%まで分布しており、平均(コンセンサス)は2%だったとする。各フォーキャスターの予測は、コンセンサス予測を真ん中にして、高めの予測と低めの予測に二分される。やがて実績が出るのだが、この実績は、「コンセンサスに等しい」か「コンセンサスより高い」か「コンセンサスより低い」かの三通りがありうる。コンセンサスに等しい場合は、コンセンサスはトップの成績となる。高目の実績が出た場合は、コンセンサスは低めの半分の予測者よりは上位の成績となる。さらに、高目の半分の中にも予測値との差が、コンセンサスと実績値との差よりも大きいフォーキャスターが含まれていることが多い。すると、コンセンサスは必ず真ん中よりは好成績を残すことになる。これを毎月繰り返すわけだから、総合成績としてはコンセンサス予測はかなり好成績となるのである。

 続いて、残りの二つの定理を示すが、第1の定理が論理的にも実証的にもほぼ確立した定理であるのに対して、以下の二つは厳密に実証されたものではなく、私がかなり個人的に信じている定理にすぎないことをお断りしておく。

 その第2の定理は「景気上昇期には強気派の、景気下降期には弱気派の見通しが当たる」というものだ。例えば、日本の景気は2018年10月から後退局面に入っているのだが、その中で行われた2019年度成長率予測は、コンセンサスが0.7%、強気派(高い成長率を予測した8機関の平均)が0.9%、弱気派(同低い予測を出した8機関の平均)が0.4%であった。実績(一時速報)はマイナス0.1%だったから、弱気派の方が当たったことになる。これは、景気上昇期には多くの人が考えるよりも景気は急速に拡大し、下降期には多くの人が考えるよりも急速に悪化するという傾向があるからだろう。

 第3の定理は「専門家でも景気転換点の認識はかなり遅れる」ということだ。例えば、ESPフォーキャスト調査では毎月、「景気の山(または谷)を過ぎたかどうか」を聞いているのだが、2018年10月の山については、2019年2月まで、「過ぎた」と答えた人はゼロ、1年後に19年10月の段階でも6人に過ぎなかった。サンプルは少ないが、景気の山谷の判断については、専門家でもかなり遅れる傾向があるのだから、これについては自己責任で判断を下すしかないことになる。なお、私自身は、2019年5月の景気討論会(東京)で、「昨年(2018年)10月くらいに景気がピークアウトして現在は後退局面という判断だ」と述べている(ちょっと自慢)。

 以上のように導かれた景気予測の3定理に基づいて考えると、まずは専門家の平均的な予測(ESPフォーキャスト調査のコンセンサス予想)を基本としつつも、景気上昇期には強気派の、下降期には弱気派の見通しを重視する。そして、景気の転換点については、専門家の判断を当てにせず、思い切って自らの判断を下さなければならない。これが私が経験則から導いた景気予測の手法である。

 その手法を2022年度経済に当てはめてみよう。最新のESPフォーキャスト調査(2022年1月)によると、2022年度の成長率のコンセンサスは3.1%である。私の判断では、22年度は景気の上昇局面になる、すると強気派の見方の方が正しいことが多い。同じく最新のフォーキャスト調査では強気派の平均は3.7%である(弱気派は2.6%)。こうして「2022年度の経済成長率は3.7%程度の高めのものとなる」というのが私の予測となるのである。

ご参考:ESPフォーキャスト調査はこちら

※2013年8月に終了した「地域から見る日本経済」は こちら(旧サイト)をご覧ください。