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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史 (第106回)

私が見てきた財政政策の変化(中) 小渕内閣から小泉内閣まで

 

2022/07/20

前回までのあらすじ
 前回から、私が見てきた財政政策の変化を紹介している。前回は、1950年代から65年までの「均衡財政の時代(第1期)」、昭和40年不況以降の「ポリシーミックスの時代(第2期)」、バブルが崩壊した90年代以降の「経済対策連発時代(第3期)」そして、1996年以降の「橋本内閣での財政再建(財政再建の試みその1)」まで紹介してきた。財政政策はその後も変転を繰り返すことになる。

第4期 小渕内閣の下での積極財政の時代

 財政改革(財政再建)に熱心だった橋本内閣が、結果的に財政拡大路線に転じた後を受けて発足した小渕恵三内閣は、一転して就任当初から積極財政の姿勢を明確にしていた。

 1998年8月の所信表明演説では、この内閣を「経済再生内閣」と位置づけ、橋本内閣が制定した財政構造改革法の凍結を前提として、10兆円を超える第2次補正予算の策定、6兆円を上回る恒久減税の実施といった大規模な財政出動を表明した。

 小渕内閣の下では、1998年11月に総額20兆円を上回る「緊急経済対策」、99年6月には「緊急雇用対策および産業競争力強化対策」(総事業費5400億円)が決定されている。

 こうした財政の大盤振る舞いについては、小渕総理自身も自覚しており、自らを「世界一の借金王」と自嘲気味に語り、話題になった。ただし本人もこの借金王発言はまずかったと考えていたようで、2000年2月の党首討論で鳩山由紀夫民主党代表に攻撃され、「言葉として不適切なら取り消します」と言っている。

 小渕総理は2000年4月、急病で倒れ、間もなく亡くなった。その後を継いだ森喜朗首相も、小渕総理の積極財政路線を継承し、2000年10月には、公共事業の推進を中心とした11兆円規模の「日本新生のための新発展政策」を決定している。2001年に入ると、アメリカのITバブルの崩壊の影響などにより国内株価は低迷し、景気後退懸念が強まる中で(事後的な景気の山は2000年11月)、4月の経済対策閣僚会議で再度「緊急経済対策」が決定された。しかしその直後に森総理は退陣し、その実行は小泉純一郎内閣に引き継がれることになる。

 なお、98年11月の「緊急経済対策」では、総額7千億円の「地域振興券」を配るという前代未聞のアイディアが実行に移された。具体的には、15歳以下の児童のいる世帯、65歳以上の高齢者で条件を満たす人のいる世帯などに、一人当たり2万円の地域限定の商品券を配布したのである。わざわざこういう手の込んだ政策を行ったのは、「減税は貯蓄に回るかもしれないが、商品券であれば確実に消費を増やすはずだ」「地域限定の商品券であれば、その地域の消費振興に貢献するはずだから地域貢献にもなる」という理屈に基づいている。

 私は、これらの理屈は両方とも間違いだと思っている。この点は、本連載の第89回「奇抜策の系譜 地域振興券の場合」(2021年2月)で詳しく書いているので、ここではこれ以上は述べない。

 ただ、この商品券の思想は脈々と受け継がれており、その後もたびたび似たような政策が提案され、何度か実行されてきた。地域自治体でも同様の施策が頻繁に提案・実行されている。最近の例では、いくつかの自治体が、物価対策として商品券を配ったと報じられている(2022年7月17日、日本経済新聞)。すなわち、国が地方に交付したコロナ対策のための交付金を財源として、大阪府は18歳以下の子どもを持つ保護者に子ども1人1万円の商品券を配るというし、宮城県多賀城市と七ケ浜町は両市町で使える還元率100%の商品券(1万円分の買い物ができる商品券を5000円で買える)販売するという。奇抜策の系譜は依然として生き続けているのである。

経済対策の手段としての公共投資

 ここで、改めて公共投資について考えてみたい。ここまで紹介してきた数々の経済対策では、ほぼ全てについて公共投資の増額が含まれている。公共投資を景気対策として使うのは、日本の「お家芸」のようなものである。なぜこれほど公共投資は景気対策として活用されたのだろうか。私が思いつくのは次のような理由だ。

 第1は、使いやすい仕組みになっていたことだ。公共投資の財源となる建設公債は、法律上上限がないから、法律的な制約はない。また、公共投資を所管している省は、公共投資を増やすとなればいくらでも予算要求を打ち出すことが可能だった。財務省としても、減税が止める時に増税になるのでやりにくいのに対して、公共投資は減らす時には減らしやすいので、渋々ながらも増額を認めたのではないか。

 さらに公共投資については、「前倒し執行」という手段もしばしば用いられた。同じ予算でも早めに使えば効果も早めに出るという理屈である。ただし、前倒しすれば、当然後半は減ってしまうから景気にマイナスということになる。この「前倒し策」を眼にするたびに、私は「反動で減った時はどうするのよ」と思ったものだ。現実には、そんな時には再度補正予算や景気対策を決めてもう一段投資額を積み増すことが多かったようだ。

 景気が悪いと、与党も野党も経済界も国民も景気対策を求める。しかし、そんな簡単に景気を良くする手段はない。そこで「公共投資を増やしました」と言えば恰好が付く。要するに「景気対策を打っています」という姿勢を示す上で、公共投資を増やすというやり方は大変便利だったのである。

 第2は、地域間での所得再分配の手段になっていたことだ。日本では、公共投資の配分を増やしたり、国の補助率を引き上げることが地域振興の重要な手段として位置づけられている。私も関係したことがあるが、日本では、離島、豪雪地帯、過疎地などは「条件不利地域」とされ、それぞれについての振興法が存在する。その地域振興の有力な手段が公共投資なのである。これは、公共投資のアウトカムである「社会資本の整備による利便性の向上」を期待しているというよりは、公共投資のインプットの際の所得創出、平たく言えば「工事代金が地元に落ちる」ことを主に期待しているのである。

 この公共投資の地域間の所得再配分機能については、1999年の経済白書に分析がある。図がその白書からの引用である。これは、91年度から93年度の期間を対象として、各都道府県の一人当たりの所得水準と公共投資の県民所得成長率への寄与度の関係をみたものだ。これを見ると、所得の低い県ほど公共投資による成長下支え効果が大きいことが分かる。公共投資の増額は、地域からも喜ばれたのであり、さらに言えば、その地域を地盤とする政治家からも歓迎されたのである。

 ただし、このことは効率的な公共投資の実行を阻害した面がある。本来の公共投資の役割は、その公共投資によって実現する社会資本投資が、住民福祉の向上や産業の生産性の向上をもたらすことにある。本来はこうした効果が大きい地域を優先すべきであるのに、地域間の再分配を考慮するということは、その分、本来振り向けられるべき地域への投資が犠牲になったということである。具体的には、所得水準の高い都市部における社会資本整備が本来あるべき姿に届かなかったのだと考えられる。

小泉内閣での財政再建(財政再建の試みその2)

 私が見てきた財政の歩みは、基本的には「歳出拡大の強まり」「財政赤字の拡大」「財政再建論の素通り」という歩みなのだが、それでも10年に一度くらい、財政再建に熱心に取り組む内閣が現われる。2001年4月に成立した小泉純一郎内閣がそれであった。

 小泉内閣の経済政策の基本的な方向は、2001年5月の所信表明によく現われている。この所信表明には、その後頻繁に登場するワンフレーズのキーワードも各所に散りばめられている。「私がかねてから主張してきた『構造改革なくして景気回復はない』『民間にできることは民間に委ね、地方にできることは地方に委ねる』との原則に基づき、行政の構造改革を実現します」といった具合である。

 財政については、やや長くなるが次のように述べている。「近年、経済が停滞する中で、政府は、公共投資や減税などの需要追加策を講じてまいりました。しかし、長期にわたりこの政策の繰り返しを余儀なくされ、我が国は巨額の財政赤字を抱えています。この状況を改善し、二十一世紀にふさわしい、簡素で効率的な政府をつくることが財政構造改革の目的です。

 私は、この構造改革を二段階で実施します。まず、平成14年度予算では、財政健全化の第一歩として、国債発行を30兆円以下に抑えることを目標とします。また、歳出の徹底した見直しに努めてまいります。その後、持続可能な財政バランスを実現するため、例えば、過去の借金の元利払い以外の歳出は新たな借金に頼らないことを次の目標とするなど、本格的財政再建に取り組んでまいります。

 こうした構造改革を実施する過程で、非効率な部門の淘汰が生じ、社会の中に痛みを伴う事態が生じることもあります。私は、離職者の再就職を支援するなど、雇用面での不安を解消する施策を拡充するとともに、中小企業に対する金融面での対応や経営革新への支援に万全を期してまいります。」

 この所信表明の財政部分には、財政再建を考える上での重要なポイントが含まれている。いずれも私が強く同意するものばかりである。

 第1は、繰り返し行われてきた財政面からの景気刺激策に否定的なことである。この連載でも述べてきたように、バブル後の経済が低迷する中で、政府は繰り返し財政面からの景気刺激策を講じてきた。しかし、経済状況は改善せず、財政赤字が溜まるばかりとなってしまった。財政措置によって基調的な経済成長率を引き上げることはできないのだ。

 第2は、基礎的収支(プライマリ・バランス)の均衡を、財政再建の第1段階として位置づけていることである。所信表明中の「過去の借金の元利払い以外の歳出は新たな借金に頼らない」ということは、基礎的収支をゼロまたは黒字にするということと同義である。これは、政府債務のGDP比が発散しないためにまず必要となることである。

 第3は、政策割り当てがきちんと行われていることだ。所信表明では、財政再建には痛みが伴うが、それについては雇用、中小企業対策で別途対応する旨が述べられている。財政再建のためには、歳出の削減か歳入の増加が不可欠となるが、いずれも国民に負担を強いることになる。この時、国民の負担が大きいからといって、財政再建そのものを止めてしまっては何にもならない。「財政を再建すること」と「財政再建に伴う痛みを和らげること」という政策目標が二つあるのだから、政策手段を二つ用意しなければならない。「財政再建は粛々と進める」「その際に生じる痛みには、別途対策を講じる」という二つの政策が必要となるのである。

画期的だった2006年の骨太方針

 小泉内閣は財政再建を着実に進めて行った。財政再建に関して小泉内閣が掲げた最初の目標は「国債発行額を30兆円以下に抑制する」というものだった。この目標については、2002年度当初予算ではかろうじて30兆円枠を実現したのだが、その後補正予算を組んだため、国債発行額は結果的に約35兆円となり、その後も2005年度まで30兆円を大きく上回る国債が発行されている。国会ではこの公約違反が追及されたが、小泉首相は衆議院予算委員会で「この程度の公約を守らないことは大したことではない」と答えて話題になった。

 財政出動型の景気対策はほとんど行われなかった。行われなかったどころか、公共投資については抑制的な姿勢が貫かれた。国・地方を合わせた全体としての公的固定資本形成(ほぼ公共事業費に相当)の名目GDP比率は、2001年度の4.9%から2006年度には3.3%まで低下している。

 こうした財政再建路線の集大成が、2006年の骨太方針で示された財政再建方針である。この時私は既に政府の人間ではなく、法政大学に奉職していたのだが、この財政再建方針を見て「なんと素晴らしい政策が出てきたものだ」と大いに感心した。私が感心したのは次のような点であった。

 第1は、2007年度以降の財政健全化への時間軸と目標が明示されたことだ。すなわち、2007~2010年度を財政健全化第Ⅱ期(第Ⅰ期は2001~2006年度)とし、2011年度には確実にプライマリ・バランスを黒字化するとした。続く第Ⅲ期(2010年代初頭~2010年代半ば)についても、プライマリ・バランスの一定の黒字幅を確保して、債務残高のGDP比を安定的に引き下げるとしている。この「まずプライマリ・バランスの黒字を目指し、次に債務残高のGDP比を引き下げる」という目標設定方式は、この後も現在に至るまで引き継がれていくことになる(ということは、現在に至るまでその目標を達成できていないということなのだが)。

 第2に、増税の前に歳出削減をという基本原則が示されたことだ。方針では、徹底した政府のスリム化、成長力の強化、将来世代に負担を先送りしない社会保障制度の確立などによって国民負担をできる限り小さくするとともに「歳出削減を徹底した上で、必要と判断される歳入増については、これを実現するための税制上の措置を講ずる」としている。私は、「財政再建への道はこれしかない」と思ったものだ。

 第3は、今後どの程度の金額を調整が必要かを具体的に示し、歳出削減目標を分野別に設定したことである。その手順は次のようなものであった。まず、名目経済成長率3%程度の堅実な前提に基づいて今後を展望し、2011年度にプライマリ・バランスを黒字化するために必要となる対応額(歳出削減又は歳入増が必要な額)は、16.5兆円程度になるということが示される。次に、社会保障、人件費、公共投資、その他に分けた2011年度の「自然体」で推移した場合の金額と「改革後の金額」が示される。「自然体」と「改革後」の差が、政策努力による歳出削減額目標となる。例えば、社会保障については、自然体で推移すると、2011年度の歳出規模は39.9兆円となるが、改革後には38.3兆円になるとされている。5年間での歳出削減額は1.6兆円となる。なお、この社会保障の歳出削減額が後に大きな意味を持ってくることになるのだが、それは小泉内閣の後の話である。この分野別の数字を合計すると、2011年度の全体の歳出額は182.2兆円、改革後は113.9~116.8兆円、歳出削減額の合計は14.3~11.4兆円となる。全体としての要対応額は16.5兆円だった。すると、要対応額の約7割から9割は歳出削減で対応し、残りの1~3割を増税で賄う計算となる。

 この財政再建計画については、「公共投資の自然体とは何か」「これほど具体的な歳出削減計画を策定できたのはなぜか」「この計画はなぜ実行途上で挫折したのか」など議論したいことがたくさんあるが、紙数が尽きた(というか締め切りの期限が過ぎた)ので、次回に回すことにしよう。(続く)


※2013年8月に終了した「地域から見る日本経済」は こちら(旧サイト)をご覧ください。