チャットGPTは国会答弁に使えるのか
2023/04/21
今回は、本来は前回、前々回に続いて94年白書について書くつもりだったのだが、このところ私自身の身の回りで、今話題の「ChatGPT(チャットGPT)」に関係することが次々に起きてきており、それにはこの連載も関係しているようなので、忘れないうちにやや脱線して、チャットGPTについて書いておきたい。
チャットGPTは少子化政策をどう評価するのか
私がチャットGPTの存在を知ったのは、昨年(2022年)の年末であった。ある研究会の打ち合わせをするために集まった時、研究会に参加しているシンクタンクの研究員の方が、パソコンをいじりながら「チャットGPTというの出てきましてね。今それをダウンロードして使ってみようと思ってるんです」と言う。
「何ですかそれは」という私の質問に答えて、その研究員の方が「文章で質問すると、文章で答えが帰ってくるんですよ。今、ものすごい勢いで浸透しつつあります」と、色々教えてくれた。その時は、私は「ふーん。そういうのが出来たのね」という感じで、その後私自身が、チャットGPTを巡る議論に巻き込まれるとは夢にも思わなかった。私のこれからの研究生活もそう長くはないのだから、そういう先端技術には一生触れないで終わるのかもしれないな、と思ったりしたものだ。
その後、事態は急展開し始めた。1月に入って、日本経済新聞の旧知の記者の方から、「今度、少子化政策について人工知能に答えを出してもらい、その答えを数人の専門家が評価するという座談会を企画しています。その専門家の一人として座談会に出席して欲しい」という依頼が来たのだ。詳しく聞いてみると、この人工知能というのがまさしくチャットGPTのことなのであった。
「これは結構面白そうだ」と思い、出席を承諾し、「こういうことであれば私自身も使ってみた方が良さそうだ」と考えて、手続きをして少し使ってみた。使ってみて分かったことも色々あるが、それは後述する。やがて質問のリストと、その質問に対するチャットGPTの回答が送られてきた。座談会ではこれを材料に議論するわけだ。
座談会が開かれたのは2月14日だった。座談会の参加者は、私とサイボウズの青野慶久社長、ニッセイ基礎研究所の天野馨南子さんの3人である。「では始めましょう」ということで、最初の問いから議論がスタートした。「まず、最新時点のチャットGPTの答えを知るために、もう一度同じ質問を入れてみます」と言って、日経の担当者が質問を入力し、答えがスクリーンに映し出された。その答えを見て私はやや驚いた。私が最初に受け取った答えとは違っているのだ。最初の答えを見て、私は「この部分はちょっとおかしいからコメントしよう」と思っていた部分が修正されているので、準備していたコメントが役に立たなくなってしまった。つまり、チャットGPTは2週間くらいの間に、学習して賢くなっているのだ。
詳しい議論の内容は、4月7日の日経新聞を見ていただくことにして、この座談会ついての私の感想は、チャットGPTの回答はかなりうまくできているというものだ。日本語の文章も正確である。例えば、最初の問い「日本のこれまでの少子化対策は何か間違っていましたか?」に対する回答は次のようなものである。
「定額の児童手当の導入や育児休業法の改正、保育所の整備など、多くの政策が実施されてきましたが、出生率は上がっていません。政策が十分な効果を発揮していないことや、社会的な問題が背景にあることが挙げられます。(中略)今後の対策は、こうした社会的な問題にも着目し、女性や若者が子育てをしやすい環境を整備することが必要です。」
なかなかバランスが取れて、行き届いた回答である。瞬時にこんな回答が出てくるのだから驚く。ただし、極めて常識的で平凡な答えではある。このテーマで大学生にレポートを出させたとして、このチャットGPTのような答えが出たら、創造性がないのでAは付けられないが、Bは付くだろう。
こうしてチャットGPTを使っての座談会は無事終了した。ここから思わぬ展開が始まる。
国会答弁に使えるのかについての取材相次ぐ
それは4月11日(火)のことだ。この日私は、研修の講師をするため日経センターに出勤していた。研修が終わり、自室で「やれやれ」と思っていると、読売新聞から電話がかかってきた。「西村経済産業大臣が、チャットGPTを国会答弁に使うことを考えていると発言しました。小峰さんの意見を聞かせてください」というのだ。「へっ。どうして私に?」と聞いてみると、「小峰さんは、日経センターの連載で『国会答弁ができるまで』というエッセイを書いていますよね。この中で、国会答弁ができるまでのプロセスを解説しておられたので、お聞きしているのです」のだという。
「なるほど」と納得した私は、その場で考えながら、「あまり公務員の負担軽減にはならないのではないか」とコメントした(理由は後述)。この私の発言は、翌日の読売新聞で結構なスペースを取って紹介された。
騒ぎはまだ続く。翌日(12日)、今度はテレビ朝日から、同じように「チャットGPTを国会答弁に使えるのかどうか」についてコメントをという電話がかかってきた。今度は「読売新聞を見てご連絡しました」のだという。芋づる式に取材が来たわけだ。電話でコメントすると、さらに「オンラインでインタビューに答えていただいて、今夜の報道ステーションで使いたい」と言ってきた。これは大変。服を着替えて、乱雑な部屋を片付ける必要がある。こうして、同じようなコメントをして、そのほんの一部が報道ステーションで放映された。
こういうこともあるのだなと思っていたら、翌日(13日)、今度は北海道新聞からを同じような取材電話が来た。芋づる式の第3弾である。このコメントは、14日の新聞に掲載された。その後取材は途絶えたので「さすがにこれで終わりだろう」と思っていたら、18日に産経新聞から全く同じ取材を受けた。芋づるの第4弾である。このコメントは21日に掲載されるということなので、本稿執筆時点ではまだ掲載紙は見ていない。
チャットGPTは役人の負担軽減になるのか
さてここからが本題である。私はこうして芋づる式の取材を受け、その場で考えながらインタビューを受けているうちに、「チャットGPTを使って国会答弁を合理化し、役人の負担を減らす」という問題設定について多くの疑問点を持つに至った。マスコミの取材を受けるたびに、次々に疑問点が増えて行ったのである。そこで、以下でその疑問点を整理しておきたい。「私が見てきた日本経済史」というタイトルからはやや外れるかもしれないが、チャットGPTが現われた時には、こんな議論があったのだという歴史的な記録になるかもしれない。
私がまず考えた疑問点は、これが役人の負担軽減になるのかということだ。私の答えは「ほとんど負担軽減にはならない」というものだ。
第1に、時間的に大して節約にならないだろう。国会答弁を準備するのには膨大な時間がかかるのだが、それは「国会議員から質問が出てくるのを待つ(国会待機という、質問の内容が分からない場合は役所の全部局が待機するので、延べの待機人員×時間は膨大なものとなる)」→「質問の作成部局への割り振り。役所内でも答弁の押し付け合いが起きるが、総理答弁でどこが書くかについて省庁間で対立したりすると、ここで時間がかかる」→「答弁書を作り、付属する参考資料を準備する(ここで予算に関係する場合は、財務省との調整で時間がかかることがある)」→「答弁書をプリントして関係者に配る」(大臣用の資料は誰かが大臣邸に届けに行く)→「翌朝、国会が始まる前に大臣に説明する」というプロセスになる。
このプロセスの中でチャットGPTを使うとすれば、答弁書を準備する部分であろう。仮にチャットGPTに丸投げできたとしても、国会答弁のために費やしている膨大な時間の中では、節約できる時間・手間は限界的なものにとどまるだろう。
第2に、答弁をチャットGPTに丸投げすることなどありえない。チャットGPTから出てきた答えが正しいかどうかをチェックする必要があるからだ。国会の答弁は政府としての公式発言となるから、後から問題にならないよう注意が必要だ。
この点については、現段階ではチャットGPTの回答は間違っていることが結構多い。例えば、「小峰隆夫という経済学者はどんな人ですか」という質問を入力してみると次のような間違いだらけの回答が返ってくる。「小峰隆夫は1934年に生まれ(違います。私は89歳ではありません)、1963年に東京大学経済学部を卒業し(卒業は1969年です)、同大学院を修了しました(大学院には行っていません)。その後、ハーバード大学に留学し(してません)、経済学博士号を取得しました(取得してません)。帰国後、1969年に東京大学経済学部助教授に就任し(就任してません)、その後同大学教授を務めました(務めてません)。また、1995年から1997年まで、日本学術会議会長を務めました(務めてません)。」という具合だ。どうすればこんなに間違ったことが書けるのかと思うほど間違いだらけである。想像するに、ネット上で情報が少ない場合は、かなり適当に回答を作ってしまっているようだ。こんな有様だから、国会答弁を書いてもらったとしても、その内容が正しいかを役人が改めてチェックする必要がある。したがってあまり手間を省くことにはならないだろう。
第3に、本当に役人の負担を軽減したいのであれば、国会の運営そのものを見直すことが不可欠だ。例えば、「正論」2023年5月号で、松井孝治氏が「若者に範示す最高機関たれ」という論文を寄稿しており、この中で政府委員制度の復活を提言している。政府委員制度というのは、各省の局長レベルの官僚が、大臣に変わって答弁するという仕組みだが、「国会の答弁は閣僚が答えるべきだ」という議論の中で廃止された。これによって、細かい専門的・技術的な問題についても閣僚が答弁することになり、事務方はそのために入念な準備を強いられることになっている。
もし政府委員制度が復活して、局長レベルで答弁できるようになれば、要するに政府内でその問題に精通している人物が答弁するわけだから、改めて役人が細かい準備をする必要はなくなる。こういった本質的な部分をそのままにして、チャットGPTの活用といった小手先の工夫をしても、役人の負担軽減にはほとんど結びつかないだろう。
国会答弁以外でどしどし活用すればいい
さらに私は、マスコミの取材を受けているうちに「チャットGPTを国会答弁に使う」という問題設定そのものが相当ずれているのではないかと考えるようになった。
第1に、仮にチャットGPTが国会答弁を作り、それで国会の議論が円滑に進むのであれば、質問者はチャットGPTに質問を打ちこめば求める答えが得られることになり、そもそも政府に質問する意味がないことにならないか。国会という場で政府に質問するからには、その質問は「国会でなければ聞けないような重要な問題」を質問すべきなのであり、それに対する政府の答弁も、政府ならではの重みのある答弁であるべきだ。こう考えてくると、チャットGPTが国会答弁を作るということは、国会の質疑そのものの形骸化につながってしまうのではないか。
第2に、チャットGPTは確かに極めて有効な調査手段なのだが、その有効さを発揮する場として、国会答弁の作成を持ち出すのは、かなり本筋からずれているように感じられる。政府でも、国会答弁に限らず、色々な調べものをする時に、チャットGPTを使うとかなり生産性が上がるだろう。私自身も調査の補助的手段として活用しており、かなり生産性が上がったと感じている。
さんざん取材を受けた経験を踏まえた私の結論は次のようなものだ。チャットGPTに象徴されるように、誰もが簡単に人工知能を使えるようになることは素晴らしい技術革新である。今後応用範囲は広大なものに広がって行くに違いない。こんな便利なものが現われたのだから、誰もがどしどし使うようになるに違いない。そうした大きな流れの中で、「国会答弁に使えるか」という類いの議論はたちまち忘れ去られていくことになるだろう。これが私の結論である。
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