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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史 (第119回)

大学教員一年生

 

2023/08/21

 先日、日経センターのオフィスに、私が法政大学の社会学部で教えていた頃のゼミ生の一人が訪ねてきた。大手町の某金融機関に勤務しており、私が大手町に居るということを知って訪ねてきたのだ。色々話しているうちに「今度当時のゼミ生を集めますから、一度食事会をしましょう」ということになり、7月のある晩、昔のゼミ生6人が集まって食事をした。私は、2002年7月に内閣府を辞職した後、2003年4月から2008年3月まで法政大学の社会学部で教鞭を取った。今回集まったのは、社会学部での最後の頃のゼミ生たちなので、会うのは15年ぶりくらいである。

 いろいろ話を聞いているうちに改めて感じたのは「みんな社会人になったのだな」ということだ。大学生の頃は、私とは経験のレベルが全く違っていたので、話す内容も、いかにも「先生と学生の対話」という感じだったのだが、今回の夕食会では、会社の上司との関係、夫婦や子供のこと、そして仕事上の出来事など、完全に社会人同士の会話となった。私は、話しながら、私の大学教員としての1年目のことを思い出していた。

 以下、全然「日本経済史」にはならないのだが、夏休み中のことでもあり、気軽に読んでみて欲しい。

基礎ゼミを担当

 私は、2003年4月から法政大学の社会学部に奉職したのだが、新学期が始まるに当たって一つだけ気の重い授業があった。「基礎ゼミ」という授業である。これは、新入生を20人くらいのクラスに分けて、専任教師が担任に張り付くというものである。このゼミは、何か決まった学問を学ぶというよりも、今まで高校生だった新入学生が、円滑に大学生活を送ることができるよう、基礎的な準備をするというのが狙いだった。いきなり大学に放り込まれて孤立してしまう学生も出るので、強制的に毎週固定メンバーが集まる場を作り、友達を作りやすくするという狙いもある。

 新任の教員は義務として、この基礎ゼミを1クラス持たなければならない。どう勉強していいか分からない学生たちを、ゼミ形式で指導しようというのがこの授業の狙いなのだから、何をするかは先生の自由で、なかにはソフトボールなどで、もっぱら親睦を図るという先生もいるという。

 私より1年前に社会人実務家から転出してきた同僚は、「私はね、この基礎ゼミが一番気が重かったですよ。何で私が、こんなひよっこの面倒を見なきゃならんのだ、という感じになりましてね。まあ、通過儀礼のようなものですから、1年間我慢していただくしかないですね」と言うのだった。

 私自身も、自分の性格からしても、高校を出たばかりの新入生の中に入って、世話をするなどということは全然向いていないと思った。こういうのは金八先生型の熱血派が向いていそうな気がするのだが、自分は全くその正反対であるような気がして気が重かったのである。

少子化についての議論

 しかし、義務なのだからやらざるを得ない。そこでまず考えたのは「何をテーマにするか」ということだった。とにかくゼミの運営は全くの自由で、担当の先生の裁量に全面的に委ねられている。私の専門は言うまでもなく経済だが、社会学部の学生は必ずしも経済を勉強しようとは思っていないから、経済を取り上げてもうまく行きそうにない。そこで「人口問題」を取り上げることにした。

 テキストは、私の友人でもある川本敏氏が編集した『論争・少子化日本』(2001) にした。これは新書版の論文集である。新書だから値段も安く、論文集だから分担して勉強するのにも便利だ。少子化、高齢化などの問題であれば、学生も身近な問題として関心を持ちやすいだろうし、福祉、雇用などの社会問題にも関係する。

 ゼミでは、クラスをいくつかのグループに分け、グループごとに1章ずつ担当し、レジュメを作って発表させた。この発表にゼミ生がコメントし議論するわけだが、多分意見はあまり出ないだろうと思ったので、最初はとにかく全員に何かコメントさせることにした。

 やってみると結構面白いことが出てきた。例えば、少子化の原因として、非婚化、晩婚化などの議論が出る。そこで私が「そもそもなぜ結婚するのか?」と聞いてみる。すると彼らは大いに困る。答えられないのである。これにはゼミ生たちも自分で驚いたらしく「えー、そう言われても困るなあ」と言ったり、「先祖からのお墓を守らなければならないので」という驚くほど時代がかった答えが飛び出したりする。そうかと思うと、ある女性ゼミ生は「好きな人の苗字を名乗りたいからです」と答えて、やんやの喝采を浴びたりした。

 この本には、少子化についていろいろな立場からの論文が載っている。最初の方には「少子化は問題だ」という論文が並んでおり、これを読んだゼミ生たちは「なるほど少子化は深刻な問題だ」と思ったようだ。ところが、次に進むと「少子化はむしろ環境などの面で望ましいことだ」という論文が現れた。すると、ゼミ生たちも「なるほど少子化でもいいじゃないか」と思うようになる。私が、「君は前回、少子化は大問題だと言ったばかりではないか」と指摘すると、「うーん。確かにそうですね。うーん、難しいもんですね」と言うのだった。

夏の合宿

 こうして前期は無事終わり、夏休みが近づいてきた頃、ゼミ生の一人が私のところにやってきて「今度夏の合宿をすることになりました。つきましては先生も参加していただけませんか」と言ってきた。ゼミ生たちが独自に企画したのである。鬼怒川温泉に行くのだという。私は、「まあ、何事も経験だから一度参加してみようか」と思い、参加することにした。

 この夏合宿に参加してみると、これが古典的な温泉旅行そのものであった。ホテルに着くと温泉に入り、全員ゆかた姿となって夕食をとり、そのまま延々と大広間で宴会が続く。私はこの手の宴会はあまり好きではないのだが、この時はゼミ生たちが次々に周りにやってきて話しかけてくるので、あっという間に時間が過ぎた。女性のゼミ生たちの関心はやはり恋愛だった。私はゼミ生達に取り囲まれて「先生はどうやって今の奥さんと知り合ったのか」といった、私も忘れかけていたような質問を山のように受けたのだった。

 翌日の午前中は、「一応ゼミ合宿なので、何か話をしてください」と頼まれており、私が適当に話をし、後半は私がスポンサーになって賞品付きの「経済クイズ大会」をやった。例えば、「固定レート時代は1ドル何円だったでしょう」といった問題を出し、正解を選択させる。間違った人は次々に席を去って行き、最後に残った人が優勝というものである。午後は、私は早めに引き上げたが、彼らは川下りをするということだった。

実地見学にも

 後期が始まると、今度はテーマを決めてゼミ生に調べたことを発表させた。これもグループごとに「年金問題」「雇用問題」「介護問題」などを担当させた。ここに至って、俄然ゼミ生たちが関心を示し始めた。特に、年金問題などになると、指名しなくても次々に質問が出る。調べた人も答えられない。答えられないものは、次回までの宿題となり、もう一度調べるという具合になり、私が何も言わないでもゼミが回っていくようになった。

 そんなことをやっているうちに、あるゼミ生が「高齢者の雇用」というテーマで調べたものの中に「八王子市シルバー人材センター」というものが出てきた。引退した人が自分の得意分野を登録しておき、センターが注文を受けて仕事を仲介するというものである。この話を聞いているうちに、私はふと思いついて「このセンターを見学してみようか」と提案してみた。この提案にゼミ生たちは大乗り気となり、早速担当が決められて、センターと折衝し、とんとん拍子で見学が決まった。

 見学は午後からだったので、昼頃八王子の駅前で全員が待ち合わせた。まず、お昼を食べるのだが、これには補助金が付いた。私が「こういう企画を実行するので、せめて交通費くらい出してくれ」と学校側に申し入れたところ、つかみ金で5千円出してくれた。これに私が1万円上乗せし、これを昼食費の補助金とした。参加者は15人ほどだったので、一人約千円の補助が付いたことになる。ゼミ生たちは「おお、千円出せばかなりのものが食べられるぞ」と大喜びで、レストラン街に散っていったのだった。

 定刻にセンターに行ってみると、所長さんが待ち受けており、会議室で丁寧に業務の説明をしてくれた。「一番需要が多いのは、植木屋さんです」などという説明があり、なかなか面白かった。この企画は相手側にも歓迎されていたようで、途中で若い職員が入ってきて説明の模様を盛んに写真に取ったりしていた。おそらく活動報告などに使うのであろう。説明が終わるとゼミ生も活発に質問した。「この仕事をされていて、一番嬉しかったことは何でしょう」「そうですね、自分の能力が役に立って、しかも収入になることに、お年寄りの方が喜んでいるのを見るのが何より嬉しいですね。でもね、お年寄りが多いものですから、お金を貰った後、それを落としていってしまう方も多いんですよね」(皆どっと笑う)といった具合であった。

最後の授業

 そして、最後の授業の日が来た。最後は「ミニ・スピーチ大会」とした。各人が1年間の感想を3分間のスピーチで述べるのである。時間を厳守させるため、タイム・キーパーを決めて時間を測らせた。これもなかなか面白かった。

 あるゼミ生は1分くらいでスピーチが終わってしまい「うわー、3分って長いんだな」と言う。あるゼミ生は逆に、たちまち3分間を使い果たし、タイム・キーパーに「はい、3分です」と言われて焦る。あるゼミ生は、ばっちり原稿を用意し、リハーサルしてきて、きっちり3分で収めるといった具合である。

 それよりも私はスピーチの中身に感心した。「このゼミで、活字になっていることが必ずしも正しくないんだということが分かりました」「当たり前のように考えていたものが、なぜと聞かれると、案外分からないものだなと感じました」「物事というものは、自分で調べようとしなければ分からないものだと思いました」といった具合に、結構いいことを言うのであった。

 全員が発表を終わり、私がまとめの感想を述べて、これで終わりという時、ゼミ生の一人が「では最後に先生にお礼を言いましょう」と提案した。ゼミ生全員が、椅子をがたがたさせながら立ち上がり、「先生、1年間、ありがとうございました」と声をそろえ、頭を下げた。私は、思わぬ展開に「いや、こちらこそ」と、ややうろたえながら答えたのだった。

 そしてこの時、私はこれまで大変な勘違いをしていたことに気が付いたのだった。私は、それまで大学一年生を導くのが自分の役割だと考えていた。しかし、実はその逆でありゼミ生たちが大学教員一年生の私を導いてくれたのではなかったか。今から考えると、私は、最近の学生像について偏見を持っていたようだ。「自分たちの世代とは違う人種」だと思っていたが、その実像は、案外保守的であり、自分たちの若いときとあまり変わらなかった。「自主的に勉強なんてするんだろうか」と疑問だったが、興味のある問題には、案外積極的に取り組んだ。「歳の差を考えればとても付き合っていられない」と思っていたのだが、むしろそれまでの付き合いより、学生たちとの付き合いのほうが気楽で楽しかった。そして、「最近の学生はろくに挨拶もできないだろう」と思っていたのだが、彼らは実に礼儀正しかった。

 結局のところ、私はこの基礎ゼミによって、貴重な教員生活へのガイダンスを得た。「学生たちと付き合っていくのも結構面白いかもしれない」と思った私は、ちょっと金八先生になったような気がしたのだった。