GDPと内需・外需(上) 輸入が減るとGDPは増えるのか
2023/09/22
2023年4‐6月期のGDP
先日、2023年4-6月期のGDP統計が発表された。新聞などで詳しく報道されるのは、8月15日に発された第1次速報である。その結果は、実質GDPの前期比が1.5%増、同年率では6.0%増となった。突然の高成長である。
この成長率は、慣例として内需と外需の寄与度に分解される。4-6月期の場合は、年率成長率への寄与度は、外需がプラス7.2%、内需がマイナス1.2%だった。外需の寄与度が異常に高い。その外需をさらに分けると、輸出が13.6%増で寄与度は2.6%、輸入は16.2%減で寄与度は4.4%(輸入は控除項目なので、減少するとGDPへの寄与度はプラスになる)。輸出が増えた影響も大きいが、輸入が減った影響の方が大きい。6.2%成長のうち4.4%、実に3分の2近くは輸入が減ったことによってもたらされたことになる。
なお、9月8日に発表された2次速報では、内需の伸びが下方修正された一方で、輸出入についてはほとんど変化がなかったので、成長率が4.8%に下方修正され(以下、いずれも年率ベース)、外需の寄与度は7.1%、内需の寄与度がマイナス2.4%となり、外需による成長という姿が一層浮き彫りになった。2次速報では、なんと4.8%成長のうち4.5%、実に9割以上が輸入の減少によってもたらされたというあまり見たことがないような結果になった。
さて、ここで改めて考えてみると、今回のGDPのように「輸入が減ったのでGDPが増えた」ということをどう考えたらいいだろうか。輸入が減ると、GDP(国内生産)が増えるのだろうか。もしそうなのであれば、海外からの輸入を規制して、輸入を減らすとGDPは増えて景気は良くなるのだろうか。中国は日本産の海産物を輸入禁止にしたため、中国の日本からの海産物輸入は激減したはずだが、これによって中国のGDPは増えたのだろうか。
この点は多くの人がスッキリしないところであるようだが、「まあ、統計上そうなってるんだから仕方ない」と受け止められているようだ。例えば、GDPの第1次速報時の新聞報道を見ると、日本経済新聞は「輸入は前期比4.3%減と1~3月期の2.3%減からマイナス幅を拡大した。原油など鉱物性燃料が減少した。輸入はGDPの計算から控除される。輸入の落ち込みが輸出の実力以上に外需の成長への貢献を強めた。」としている(8月16日朝刊)。この記事を読んだ人は、鉱物性燃料の輸入が減ると、その分日本のGDPが増えるのかと思うだろう。なぜそうなるのかについては「輸入はGDPの計算から除外される」としか書いていない。何となく、「そういうルールになっているからだ」と説明を投げ出しているようにも見える。
もう一つ、同日付の朝日新聞朝刊では、「GDPが増えたのは、輸入が4.3%減ったことによる効果も大きい。輸入は『海外で生み出された価値』にあたり、GDPを計算する上ではプラスに働いた。」としている。これも「GDPの計算上そうなっているんですよ」と言っているだけであり、すっきりしない。
また、今回のGDPをどう評価するかという点については、「外需頼みだ」として「結果的には高成長だが、実態は経済が好転しているわけではない」という評価が多い。前述の日本経済新聞では「外需が高成長をけん引した。もっとも外需のプラス寄与は前期からの反動増や輸入減に支えられた。世界経済の減速懸念がくすぶる中、今後の安定成長には不安が残る。」としている。同じく朝日新聞も「この期は欧米と比べて高い成長率となったが、海外の景気に左右される外需頼みの伸びと言え、賃金上昇が物価高を上回る環境をつくらなければ持続的な成長にはつながらない。」としている。
さて、こうした「輸入とGDPの関係」「内需と外需の評価」という問題は、私が20年以上考え続けてきた問題なのである。
きっかけは幹部用説明資料の作成
私は、1969年以降、約35年の間政府で主にエコノミスト的な分野の仕事をしてきた。いわゆる「官庁エコノミスト」である。この連載でも、官庁エコノミストの特徴として「需要主導型だ」という指摘をしたことがある( 2020年7月・第82回「官庁エコノミストは復活するか」)。つまり、学界で活動してきた経済学者は、専門分野を持ち、その専門分野について発言する場合が多い。「供給主導型」である。これに対して、官庁エコノミストは何か課題が現われたら、とにかく資料を集め、付け焼刃でもいいからこれを分析し、求められれば政策的対応まで考えなければならない。需要が現われたらこれに応えなければならないのだ。
私は、1978年3月に経済企画庁内国調査課の課長補佐となった。日本経済についての調査分析を担当するセクションである。このポストを勤めている時に、輸入と外需、経済成長の関係について幹部に説明するとことになり、私がその説明資料を作ることになった。それまでこの問題を真剣に考えたことはなかったのだが、幹部に説明するというので、必死に勉強して一応の資料を準備したのだが、この時、輸入とGDPについて初めてクリアに理解できるようになったのである。
私はこの時、「人に説明する」ということは、物事を理解する上で非常に有効な方法だということが身に染みて分かった。人に説明するためには、まず自分が理解しなければならない。「自分が分かればいい」ということだけだと、細部のチェックもおろそかになりがちだが、人に説明する、特に幹部に説明し、場合によっては大臣まで説明するかもしれないということになると、ロジカルにもデータ的にも漏れのないよう綿密に作業することになるのだ。
この時私が得た結論は、現在に至るまで私の知的財産として残り続けている。そしてこの時の知見を元に考えていくと、多くの人が常識的に考えていることが、ことごとく再考を迫られることになるのである。それがどんなものかを以下で説明して行こう。
輸入はなぜ控除項目となっているのか
GDPを計算する時、輸入が控除項目だということは誰もが知っている。だから、今回の4-6月期のGDP統計のように、「輸入が減ってGDPが増える」ということが起きるのである。ここで、なぜ輸入が控除項目になっているのかを考えよう。
この点を理解するには、どうやってGDPを計算するかを考えれば良い。まず、経済には需要と供給があることを思い出そう。財やサービスを購入するのが需要であり、生産によってそれを提供するのが供給である。この点は、次回で、「国内需要(内需)」の意味を考える時にもう一度登場する。
さて、需要には国内の需要(内需)と海外の需要(輸出)がある。一方、供給には国内の生産によるもの(GDP)と海外の生産によるもの(輸入)がある。GDPを求めるにはまず、国内需要と輸出を合計して総需要を求める。しかし、この総需要が国内生産(GDP)になるわけではない。輸入した分は国内の生産ではないからだ。そこで、総需要から輸入を差し引けば、残りは国内生産(GDP)だということになる。つまり、
GDP=内需+輸出-輸入
ということになる。これがGDPを計算する基本式である。
ところがややこしいことに、「輸出−輸入」は「外需」と定義されているので、この基本式は、
GDP=内需+外需
と書き換えることができる。これを使えば、GDP成長率を内需と外需の寄与度に分解することができ、その結果がしばしばGDPの説明として登場するのである。
この辺から私の考えが世間一般の考えと次第に乖離してくる。
まず、私は「輸出-輸入」を外需と置き換えてしまうことに混乱の一つの原因があると考えている。はっきり言って、この置き換えはやらない方が良いと思う。解説したように、GDPの計算では、総需要から輸入を引いているのであって、輸出から輸入を引いているわけではないからだ。
この辺は、多くの人は実感として分かりにくいようなので、しつこいがもう一度説明しよう。例えば、国内需要の柱である個人消費について考えよう。家計が自動車を購入して消費が増えたとしよう。当然総需要の一部である個人消費は増える。しかし、その分GDPが増えるかというと、そうは限らない。それが輸入車だったら国内生産ではないからだ。すると、GDPを計算するためには、個人消費から輸入分を控除する必要がある。同じことは他の需要項目、設備投資、公的支出、輸出などについても言えるのだから、GDPを計算するためには、各需要項目に含まれる輸入を控除しなければならないことになる。
しかし、それぞれの需要項目にどの程度の輸入が含まれているかは分からない。しかし、輸入の総額は分かる。そこで、総需要から輸入をまとめて控除することによってGDPを計算しているのである。
外需という概念は必要なのか
さて、このあたりから私の主張はかなり過激になっていく。
前述のように、GDPを計算する際に輸入を控除するのは総需要から控除しているのだから「外需(輸出-輸入)」という概念を持ち出す必要はない。「必要はない」どころか、「議論を混乱させて有害である」とさえ私は考えている。国際収支では貿易・サービス収支で輸出と輸入の差額を計算しているので、GDPでも「輸出-輸入」とくくりたくなる気持ちは分かるが、この外需を見たからと言って何の情報も得られない。
情報は得られないのだが、誤解は招く。「GDPは内需と外需の和である」と説明されると、多くの人は「成長するためには、内需か外需を伸ばすしかない」と理解するかもしれない。しかし、これは誤りである。例えば、内需を増やせば必ず成長にプラスというわけではない。前述のように、内需にはGDPではない輸入が含まれているからである。また、「外需を増やせば成長にプラス」と考えてしまうと、「輸入を減らすと成長にプラス」という別の誤りを導いてしまうことになる。
すると、毎期発表される経済成長率を内需と外需に分解して寄与度を計算するのも意味がなく、やらない方がいいという、やや驚くべき結論が導かれることになる。
因果関係と定義関係
以上述べてきたような議論の混乱が生まれる一つの要因は、成長率の寄与度分解が因果関係を示すものとして受け取られていることにあると私は考えている。
前述のような、総需要から輸入を引いてGDPを求める基本式は、計算のための定義式であって、因果関係を示すものではない。ただし、これにも難しい問題がある。
第1は、内需と輸出については、因果関係がある程度成立する場合が多いということだ。国内の消費が活発になったり、輸出が増えたりすれば、国内生産も活発になるだろうから、GDPも増えるだろう。ただし、これは「輸入への漏れを除けば」という条件が付く。
しかし、輸入のGDPとの因果関係は薄弱である。例えば、新型コロナウィルスへの対応で、ワクチンの輸入が急増したとする。この時は、国内需要で何かの項目が同じように増えているはずだ。ワクチンの場合は政府消費または公的在庫の増加が増えているはずだ。この場合、輸入の増加と公的支出の増加が相殺されるのでGDPには中立的となる。しかし、多くの輸入をこうして需要項目に振り分けるのは不可能であり、だからこそまとめて輸入を控除している。また、各需要項目と輸入はそれぞれが独自に季節調整をかけられているから、毎四半期の輸入の動きを需要項目に対応させて説明するのは不可能である。同じ理由で、毎四半期、輸入と総需要が整合的に動いて、GDPに中立的になるわけではない。
第2に、この問題がややこしいのは、経済のメカニズムとしては、輸入が減ることによってGDPが増えるという場合が考えられることだ。例えば、コロナワクチンを輸入していた場合、国内企業がワクンを生産するようになって輸入が減ると、今度は政府消費がそのまま国内生産になるからGDPは増える。輸入が減って、国内生産に置き換えられたからGDPが増えたわけだから、この場合は輸入とGDPが因果関係でつながることになる。
しかし、この因果関係は、GDP成長率を寄与度に分解すればわかるというものではない。ある程度の時期を取って、データを調べ因果関係の有無を検証する必要がある。それは実証分析によってはじめて明らかになるものである。
さて、これまで述べてきたように、内需と外需の分解が意味がないとすると、しばしば指摘される「内需主導の経済成長」という考え方もまた再検討を迫られるのではないか。この点は次回、改めて考えてみよう。
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