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大竹文雄の経済脳を鍛える

大卒者は過剰なのか?

 

2013/07/26

技術革新で大卒者の需要が増えるのか

 大学や大学生が多すぎるという議論が、しばしばなされる。本コラムでも、この問題を2012年11月 「大学(生)が多すぎる」で取り上げた。そのコラムでは、労働経済学者の多くは、高卒者よりも大卒者を必要とするような技術革新が発生したと考えている。そのような技術革新が大卒労働者に対する需要を増やしたが、大卒者の増加がそれほどでなかったアメリカでは学歴間賃金格差が拡大した。一方、同時期に大卒者が増加した日本では学歴間賃金格差が拡大しなかった。それが、労働経済学者の標準的な理解である。

 しかし、それでも、大卒者が多すぎるのではないか、という意見が多い。世界各国でも、かつて高卒者がしていた職業に大卒者が就くようになってきている。一つの理由は、高卒者がしていた仕事であっても内容が高度になって大卒者でないとできないからだ、というものだろう。ところが、仕事の内容が本質的に変化していないような場合でも、大卒者が高卒者の仕事に就く場合もある。

 その典型的な例が、学歴限定の公務員採用の事例だ。2004年から2007年にかけて、青森市、尼崎市、大阪市、横浜市などの地方自治体で、高卒者枠の公務員募集に、大卒者が高卒であると学歴を詐称して応募し、採用されていたことが問題になった。そのような職員に対しては、停職や懲戒免職といった処分がなされた。また、最近、韓国でも大企業や国有企業の高卒枠の求人に大卒者が応募し採用されていることが、2013年7月15日の朝鮮日報で報道されている。この事例は、高卒という学歴で十分だと判断される仕事であっても、大卒者が就くという事例が増えていることを意味している。

 このような事態は、日本や韓国に限られた話ではない。アメリカでも問題になっている。このような大卒者が高卒向けの仕事をすることが増えてきたというのは、技術革新が大卒者への需要を増やしてきたというトレンドが変化したのだろうか。

2000年代アメリカでは高学歴人材の需要が減少

 このような疑問に答えているのが、ブリティッシュ・コロンビア大学のBeaudry教授らの研究である(注:文末参照)。彼らはコンピューターの発達によって必要となった高学歴者に対する需要は、フローというよりもストックとしての側面が大きかったと指摘する。コンピューター関連のシステムを設計する際には、そのための人的資本が急激に必要となる。しかし、一度、コンピューター関連のシステムが出来上がれば、その後、必要になってくる人材は、システムを維持するための人数しか必要ではなくなる。IT革命が一段落した後、高学歴者に対する需要はIT革命の前より増えるが、システム構築の投資時期に比べると減少することになる。アメリカでは2000年代に入って、高学歴人材に対する需要が減少する局面に入っていると彼らは指摘する。

 高学歴者の需要増に応じて増えてきた高学歴者の供給は、必要なストックが満たされたので、2000年代に入ってから過剰となった。過剰になった高学歴者は、それまでより低学歴の人がしていた仕事に就くようになった。押し出された低学歴の人たちは、より低い学歴の人たちが就いていた仕事に就くようになった。そのため、一番低い学歴の人たちは、労働市場から退出を余儀なくされたという。このような調整は、高学歴者の供給が減少するか、新たな技術革新で再度、高学歴者が必要になることが発生するまで続くことになる。

 確かに、そういう側面はあるかもしれない。アメリカのように急激なIT革命を経験し、IT技術者・認知能力の高い労働者の不足、それにともなう急激な賃金格差の上昇が発生、高学歴者の供給増と供給超過が後に続くというBeaudry教授らの説明はシンプルであるとともに説得的である。

大卒者が高卒者の仕事をする理由

 しかし、大卒者が高卒者の仕事をするようになってきたという現象は、著者たちも指摘しているが、他の説明も可能なように思える。

 第一は、かつて中卒者・高卒者がしていた仕事であっても、仕事の中身が変化してきている可能性である。理容師、美容師やタクシー運転手という仕事は、技術的には何も変化していなくても、お客さんの学歴が高くなれば、接客にあたってより高い学歴がないと会話がなりたちにくいかもしれない。また、同じように見える仕事であっても、より高度な知識が要求されるようになっているかもしれない。

 第二に、技術革新で新たに必要となった能力は、ITスキルの高さというよりも、対人サービス能力やビジネスのアイデアを考える能力といったITと補完的な能力一般である。しかし、現在の大学教育によって育成される学生が、こうした能力をもった学生ではなく、ITと代替的な能力をもった学生が多いのだとすれば、大卒者が現在不足している仕事に就けず、かつて高卒者がしていた仕事に就くということも説明できる。この点が、「人間力」や「人間性」の育成を教育において重視すべきだという意見の背景にあると想像できる。

 第三に、技術革新によって本来もっと高学歴者に対する需要が伸びると予想されて、その分供給が増えたにも関わらず、社会や企業におけるITに対応した組織改革が遅れているために、一時的に高学歴者の供給が過剰になっているという可能性もある。

「課題先進国」で必要な人材

 私自身は、日本では、技術革新が一段落して、決まりきった仕事をする人たちの需要が復活するというよりも、普段とは違う事態に対応できるタイプの人材が不足しているように思う。というのは、IT革命に加えて、先進国の事例や企業の前例を学んで、それを応用するという仕事の方法では対応できない、「課題先進国」になってきたという日本の特性がある。長期間続いているデフレにしても、少子高齢化にしても、外国で参考になるような事例はない。既にあるものを学んで応用するという姿勢だけでは、対応できないのである。このような時代には、課題に対して、自ら解決策を考えていくという研究者の能力に似た能力が多くの人に望まれているのではないだろうか。アメリカは、以前から課題先進国という側面をもっていたので、この部分の人材の必要性は変わらず、IT革命の影響が重要であるかもしれない。しかし、日本は、IT革命の影響に加えて、課題先進国に入ってきたという影響も大きいはずだ。

(注) Paul Beaudry, David A. Greeny & Ben Sand “The great reversal in the demand for skill and cognitive tasks,” NBER WP #18901, 2013