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大竹文雄の経済脳を鍛える

高齢者雇用と年金支給開始年齢

 

2013/08/21

高年齢者雇用安定法の改正

 2013年4月から「高年齢者雇用安定法」が改正されたため、多くの企業では高齢者雇用の仕組みの再検討が行われたはずだ。高年齢者雇用安定法は、定年を65歳以上にするか、定年を廃止するか、希望者を65歳まで継続雇用するということを企業に義務付けるように改正されたからだ。2013年3月までは、継続雇用の対象者を労使協定の基準で限定できたが、4月以降は希望者全員を継続雇用することが義務付けられたのである。

 このような改正が行われたのは、厚生年金の支給開始年齢が60歳から61歳に引き上げられたためだ。(改正前の)高年齢者雇用制度のままでは、継続雇用を希望したとしても、雇用が継続されず、また年金も支給されないことにより無収入となる者が生じる可能性があったために、高年齢者雇用制度を改正したと、厚生労働省は説明している。今後、2025年までの年数をかけて、65歳まで年金支給開始年齢が引き上げられてゆく。

公的年金支給開始年齢の引き上げ

 高齢化が進行しており、60歳をすぎても元気に働くことができ、働く意欲をもった人が増えている。高齢者により働いてもらうことは、年金財政の面からも望ましいことだ。しかし、「継続雇用を希望したとしても、雇用が継続されず、また年金も支給されないことにより無収入となる者が生じる可能性があった」ことを、法律改正の理由にしたことは、将来問題になるのではないだろうか。

 現在のところ、日本では、年金支給開始年齢が65歳までの引き上げしか考えられていない。8月6日に発表された社会保障制度改革国民会議の報告書「確かな社会保障を将来世代に伝えるための道筋」においても、支給開始年齢の引き上げについては、直ちに具体的な見直しを行う環境にはなく、中長期的な課題であり、既に将来の年金支給総額が決められているため、支給開始年齢を変えても年金財政に影響はない、とされている。

 「したがって、今後、支給開始年齢の問題は、年金財政上の観点というよりは、一人一人の人生や社会全体の就労と非就労(引退)のバランスの問題として検討されるべき」であり、「生涯現役社会の実現を展望しつつ、高齢者の働き方と年金受給との組み合わせについて、他の先進諸国で取り組まれている改革のねらいや具体的な内容も考慮して議論を進めていくことが必要」だと報告書では述べられている。

 しかし、ここでの前提は、将来の年金支給総額を変更しない、というものである。「約束された将来の年金支給総額」に必要な社会保険料と税の引き上げがこれから行われるという前提なのである。仮に、社会保険料と税の引き上げが予定通り行えなくなった場合、財政赤字をこれ以上拡大していくことも難しいとなれば、「約束された年金支給総額」を守り続けることは難しい。

 日本よりも年金および政府の財政問題が深刻ではない欧米諸国でさえ、公的年金の支給開始年齢の引き上げが決定されている。アメリカは67歳、イギリスは68歳、ドイツは67歳へ引き上げられていく。また、こうした国々では、さらなる支給開始年齢の引き上げも議論されている。

 こうして考えると、日本において、公的年金支給開始年齢が65歳への引き上げで終わると予測するのは無理がある。仮に、65歳以上に公的年金の支給開始年齢が引き上げられると、今回の高齢者雇用制度の改正理由をもとにすれば、再度、定年の引き上げか、継続雇用の義務付けを行うことになりかねない。継続雇用の条件提示は、企業側に任されているので、労働者が希望しないような低いレベルの雇用条件を提示するという自由は企業側にはある。その場合には、高齢者雇用制度の改正は、実質的な影響を労働市場に与えないのかもしれない。

定年と公的年金支給開始年齢の一致

 現在では、確かに日本の定年年齢と公的年金の支給開始年齢は一致しており、60歳定年と年金支給開始年齢が1年ずれるということは大問題とされている。しかし、かつて55歳定年が一般的だった頃も、公的年金の支給開始年齢は60歳であり、定年年齢と公的年金支給開始年齢の間には、5年ものブランクがあった。それが、60歳を下回る定年が法律で禁止されるようになって、定年と公的年金支給開始年齢の間にブランクがなくなったのである。

 高齢者が活躍できる雇用環境を設定していくことは大切だが、定年年齢の下限や再雇用制度のあり方について、法的な規制をかけていくことは問題がある。

定年制度と日本的雇用慣行

 そもそも定年制度とは、「労働契約において、労働者が一定年齢に到達することをその契約終了事由の1つとして定めたもの」(森戸・川口(2008))である。定年年齢までの雇用保障がある代わりに、定年では必ず退職しなければならない、という意味で、定年制度と定年までの雇用保障は、補完的な制度なのである。さらに、定年までは正当な理由なく解雇されないという安心感のもとで、若い頃低賃金であっても将来賃金があがっていくという年功賃金を信頼することができる。怠業や不正行為をしない限り解雇されないというもとで、年功賃金が、従業員の労働意欲を高めるのである。

 定年制度があれば、新規採用を少なくすることで、ゆっくりとではあるが、日本企業の雇用調整を可能にしてきた。しかし、定年の引き上げや再雇用の義務付けが厳しくなると、その間、雇用調整は困難になる。しかも、年功賃金もより平坦にせざるをえない。定年の引き上げによって、高齢期の賃金が上がらなくなることは、従業員の労働意欲を引き下げることになるかもしれない。年金支給開始年齢が引き上げられるたびに、定年の引き上げや再雇用制度の義務化を行っていくというのは明らかに無理がある。

定年と年金支給開始年齢の乖離を認める

 定年の存在は労働者にとって、あらかじめ分かっていることである。仮に、公的年金の支給開始年齢が定年から数年後であったとすれば、誰でもそれに備えて貯金をするか、就職活動も行うはずだ。将来のことを全く考えない労働者がいて、貯金もしていないし、就職もしていないで無収入ということが発生した場合には、減額して公的年金を支払う形にすれば済む。

 政府や企業に、年金支給開始年齢まで高齢期をどう過ごすか、どのように準備すべきか、というキャリア教育をすることを義務付けるほうが、定年と年金支給開始年齢の乖離をなくすという政策を続けるより、現実的ではないだろうか。定年と年金支給開始年齢の間にギャップがあれば、生活できない人がいてはいけない、というパターナリステックな対応は、説得的かもしれない。しかし、定年年齢が70歳や75歳という状況まで、その政策を続けていくことの経済的コストはかなり大きいはずだ。高齢期の働き方、過ごし方にもっと選択肢を増やすことと両立させることができるようなレベルのパターナリステックな政策のあり方を考える必要がある。

「定期雇用制度」の検討

 定年という仕組みを、定期雇用制度に変更してはどうだろうか。年齢によって一律に退職するという制度ではなく、一定の雇用期間をすぎると強制的に退職するという契約である。有期雇用契約と異なるのは、労働者にはいつでも退職の自由があるという点である。22歳で大学を卒業して60歳定年の会社にはいるというのは、いわば38年の定期雇用契約を結んでいるのと同じである。現在の定年制では、大学院博士課程を修了して27歳で企業に入った場合は、33年の定期雇用契約を結んでいる。転職した場合には、さらに短い契約しか結べない。

 むしろ、年齢にかかわらず、その人と企業に適した雇用契約期間を結び、その雇用契約のなかで最も適した賃金契約を行うようにしたほうが、私たちはより長期間働けるようになるのではないだろうか。10年契約で入って、別の企業に転職をしてもいい。20年契約を選ぶ人も出てくるだろう。出産や子育て、介護などの理由で、一旦退職した人たちは、現在の定年制度のもとでは、期間が短い契約しか結べない。しかし、10年あるいは15年という定期雇用契約を結ぶことができれば、就職した年齢と無関係に一定期間仕事に就くことができる。この方が結果的に、長期間働ける社会になると期待される。

 年金支給開始年齢が65歳を超える社会がやってくることを前提に高齢者雇用の法規制を考え直すべきではないだろうか。また、そうすることで、高齢者雇用だけではなく、全ての年齢層の日本人の働き方をよりよい方向に変えるきっかけにしたいものだ。

参考文献
森戸英幸・川口大司(2008)「高齢者雇用—「エイジ・フリー」の理念と法政策」、荒木尚志・大内伸哉・大竹文雄・神林龍編『雇用社会の法と経済』有斐閣。