オリンピックの意外な経済効果
2013/10/29
景気拡大効果は本当か?
2020年に東京でオリンピックが開催されることに決まった。自分が住んでいる国でオリンピックが開催されるというのは、国民にとって喜びであり、誇りだ。それに加えて、オリンピック開催の経済効果が期待されている。オリンピックによって外国からの観光客が増えることが、輸出振興に貢献するということもしばしば指摘される。
一方で、オリンピックという一時的な催しに費用をかけることに否定的な意見も多い。どちらの考えが正しいのだろうか。多くの経済学者は、オリンピックの経済効果には否定的だったが、オリンピック招致には輸出入を増やすという意外な効果があることが、最近明らかにされている。
東京でオリンピックが開催されることの経済効果はどのくらいだろうか。東京都は開催までの7年間の施設整備による経済波及効果が約3兆円になると試算している。150兆円の経済効果があるという予測もあるそうだ。しかし、こうした経済予測には、多くの経済学者は否定的だ。確かに、オリンピックの開催には、多額の投資がなされ、公共投資による景気拡大効果は一時的にはあるかもしれない。
オリンピック開催に費用がかかるのも事実だ。様々な競技施設や宿泊施設の建設費や道路整備費は莫大なものだ。それだけの費用をオリンピック以外の教育や福祉に振り向ければ、私たちはもっと豊かな生活ができるかもしれない。それに、特定の競技にしか使えない設備や開催期間中というピーク時に会わせた宿泊施設は、オリンピック以降は過剰設備になってしまうかもしれない。オリンピックが終わった後のことを考えても、本当に経済効果はプラスなのだろうか。
自由化のシグナル?輸出を増やす
カリフォルニア大学バークレイ校のアンドリュー・ローズ教授とサンフランシスコ連銀のマーク・スピーゲル氏もオリンピックの経済効果に懐疑的な研究者たちだった。少なくとも、彼らが『オリンピック効果』というエコノミック・ジャーナルという経済学専門誌に2011年に掲載された論文を書くまでは(Rose, A. K. and Spiegel, M. M. (2011))。
彼らは国別のデータをもとに計量分析をして、オリンピックの開催経験が、輸出を少なくとも20%長期的に増やすことを明らかにした。もともとオリンピックの経済効果に懐疑的だったのは彼ら自身である。様々な統計的なチェックをしてみても、その結果が揺らぎないものであることを確認した。
しかも、興味深いことに、オリンピック開催国だけではなく、オリンピック招致国として選ばれなかった候補国も同様に、輸出が増えていたのである。輸出の増加は、オリンピック招致の決定直後からはじまって、オリンピック開催後も低下しないことも明らかにされている。この輸出増加という効果は、オリンピックに限らず、サッカーのワールドカップの開催、万国博覧会の開催でも同じ傾向が観察されたのだ。
では、なぜオリンピック開催は、輸出を増やすのだろう。ローズ教授らの解釈は、オリンピック招致に立候補するということは、政府がこれから貿易の自由化を本気で行うという意図をもっていることを企業や投資家に信じてもらえるようなシグナルとして機能するというものだ。こんなにお金がかかることにコミットするのだから本気で貿易を自由化すると政府は考えているはずだ。それなら、安心して投資をしていいと、企業や投資家は考えるというのだ。
コミットメントに安心感
確かに、安倍総理大臣が、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加表明をしたのは2013年3月、TPP会議に参加したのは7月であり、9月のオリンピック招致国決定のタイミングにちょうど合っている。また、国家戦略特区の報告書には、「東京オリンピックの開催も追い風に」という表現が何度も出てくる。ローズ教授らの論文にも、似たような例が紹介されている。北京オリンピックの招致が決定したのは2001年7月であるが、中国が世界貿易機関(WTO)に貿易自由化をコミットしたのはその2ヶ月後だった。1964年の東京オリンピックの年に日本は、国際通貨基金(IMF)と経済協力開発機構(OECD)に加盟した。バルセロナでのオリンピック開催が決まったのは1986年だが、その年にスペインは欧州経済共同体(EEC)に加盟した。
オリンピックというのは、様々な政策のコミットメント手段として有効なのであり、将来の政策に関する安心感をもたらすのだ。それが本当のオリンピックの経済効果なのかもしれない。アベノミクスというのは、コミットメントの経済政策がその実態だとすれば、今後、そのコミットメントを守っていくことが、政策の成功への鍵となるはずだ。
参考文献
Rose, A. K. and Spiegel, M. M. (2011), The Olympic Effect. The Economic Journal, 121: 652–677. doi: 10.1111/j.1468-0297.2010.02407.x
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