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大竹文雄の経済脳を鍛える

複利を理解していない日本人

 

2015/08/19

1. 2%という金利の意味

 つぎの質問に答えてほしい。

【問題】 100万円を預貯金口座に預け入れました。金利は年率2%だとします。また、この口座には誰もこれ以上お金を預け入れないとします。5年後には口座の残高はいくらになっているでしょうか。つぎの中から正しいものを選んで下さい。

1. 110万円より多い
2. ちょうど110万円
3. 110万円より少ない
4. わからない

 これは2011年に金融広報中央委員会が行った『金融力調査』の質問の一つだ。日本人の回答者3531人のうち正解できたのは、28.7%しかいなかった。同様の調査がドイツとイギリスで行われているが、ドイツでは47%、イギリスでは37%の人が正解している。

 正解は「110万円より多い」だ。実際に、身近な人に聞いてみると、「ちょうど110万円」という答えをする人が意外に多い。

 1年間の金利が100万円×0.02=2万円だから、金利合計は2万円×5年=10万円になるので、元金の100万円と合わせて110万円と考える人が多い。金利が単利であれば、この考えで正しい。

 しかし、預金金利は1年複利なので利子にも利子がつく。したがって、5年後の預金残高は、100×(1+0.02)^5=110.4080803になる。つまり、約110万4千80円だ。

2. 明治時代の金融教育

 現在では、指数関数を学ぶのは高校2年生なので、この複利計算は中学校までの教育の範囲に入っていない。しかし、明治時代の日本では違った。私が手に入れた1905年の高等小学校3年生(現在の中学1年生)の「算術」の教科書には、複利の計算問題が数多くあるのだ。この学年では、分数、歩合算、比例の3つを算術で学ぶ。分数は、現在の教科書とあまり変わらない内容だ。しかし、歩合算の部分は、ずいぶん異なる。まず、割合やパーセントという歩合の定義を学んだ後に、並んでいる学習項目はつぎのものだ。租税、公債及び株式、公債証書及び株式の売買、保険、単利法、為替、手形・手形の割引、複利法又は重利法、貯金及び預金となっている(図1)。

 租税の項目では、まず国税(地租、所得税、営業税、消費税、関税等)、府県民税(地租割、営業税、戸数割、雑種税)、市町村税(国税及び府県税の付加税等)という定義があって、税率を定義した際の実際の税金がいくらになるか、という計算問題が出されている。

 公債及び株式では、公債の利子率、株式の配当率が与えられたときの利子額や配当金額を求めさせている。

 公債証書及び株券の売買という項目では、「公債又は株式を買入るれば、実際の利回りは、その買価によりて、公債の利子歩合又は株式の利益配当歩合よりも高きことと低きこととあり」と市場価格によって利回りが変動することを教えている。その上で、様々な売買条件のもとで利回りを計算させている。

 このような金融教育の上で、単利法と複利法を説明している。複利法のところでは、

「複利法とは一定期毎に利息を計算して元金に繰入れ、この元利合計を次期の元金とする法なり。
(元金)×(1+利率)(期間)=元利合計
但利率は利子計算期の利率、期間は利子計算期の数とす。」

と簡潔に説明されている。

 つぎのような練習問題が出題されている。

・年利7%とし、元金500円に対し利息を毎年元金に繰入るときは、3年後に元利合計は何程になるか。

・金100円を年6%にて2年間貸し、利息は半年毎に計算して元金に繰込むものとすれば、元利合計何程となるか。

・金750円を年7%にて一年半借り、半年毎に利息を元金に繰込めば、満期のとき金何程を返済すべきか。

 こうした計算問題を解くために、利率と期間ごとの計算結果をまとめた複利表が教科書の最後に掲載されている。

 この頃の高等小学校の就学率は9割近くに達していたのだから、日本人の金融リテラシーは今よりも高かったはずだ。その頃に『金融力調査』を行えば、冒頭の問題の日本人の正解率は相当高かったのではないだろうか。では、明治時代の高等小学校における高度な金融教育は、なぜ現在に引き継がれていないのだろうか。横山(2010)によれば、「大正デモクラシー下の自由主義教育運動を受け、時刻表や船の移動距離など、児童の身の回りの題材が新たに取り入れられ、金利計算問題は算術の教科書から姿を消してゆく」ことが、その理由だということだ。

3. 70の法則

 複利を理解しなくても、それほど重要でないと考える人も多いかもしれない。しかし、金融商品を選んだり、ローンを借りたりする際に、複利を正しく理解しないと長期でみると大きな損失を被ることが多い。

 複利で預金や借金がどのように大きくなっていくのかを直観的に理解する方法に「70の法則」がある。

 「70の法則」とは、複利でお金を借りた(預けた)場合に、お金が2倍になるのにかかる年数を概算で求める手法である。具体的には、

・金利が5%以下の場合
     70÷金利=2倍になる年数

・金利が5%より高い場合
     72÷金利=2倍になる年数

という式で表される。

 つまり、金利が2%であれば、借りた金額の元利合計が倍になるのは、35年後ということだ。6%であれば12年後になる。

 この法則で経済成長率と生活水準を考えてみると興味深い。実質国内総生産(GDP)成長率の目標を2%以上にするということを日本の政府は考えている。2%という数字はそれほど高い数字には思えないかもしれない。しかし、70の法則に当てはめると、2%の成長が続くということは、これから35年後に日本の実質GDPは現在の倍になり、70年後には現在の4倍になるということだ。今年生まれた子どもたちが老人になるころには、私たちの生活水準の4倍の生活水準を享受していることを意味する。

 そのように考えると、2%成長を続けるということがいかに大変なことかということが理解できるだろう。1%成長を続けるだけでも、70年後には実質GDPは現在の倍になるのだ。複利の力を実感してもらえたのではないだろうか。

 現代社会では、金融商品に対する知識の必要性が、かつてよりも高くなっている。長寿化で老後の資金を運用する必要が高まり、借り入れを必要とすることも多くなった。複利については、明治時代と同様に、中学校までの数学教育に入れる必要性が高まっているのではないだろうか。複利を正しく理解すれば、私たちが目指すべき現実的な経済成長率についての議論のレベルもあがるだろう。

【参考文献】

横山和輝(2010)「金融契約の歴史に学ぶ(7) 教育の重要性」『日本経済新聞/やさしい経済学』2010年12月21日朝刊
横山和輝(2014) 「経済史の小窓:計算のクロノロジー 第一回複利と金融リテラシー」『経済セミナー2014年6・7月号』
金融広報中央委員会(2011)『金融力調査』

※本コラムの連載が日経プレミアシリーズ『経済学のセンスを磨く』として出版されました。