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大竹文雄の経済脳を鍛える

プロゴルファーも損失回避

 

2016/09/08

損を嫌うがゆえに損をする

 私たちは損をすることが嫌いだ。それは当然なのだが、問題は損を嫌うためにかえって損をしていることが多いということだ。矛盾しているように思う人も多いだろう。しかし、そういう行動は多い。例えば、あなたがある会社の株をもっていたとしよう。その会社の業績が悪化したというニュースが入ってきて株価が下落したとする。あなたは、そこで売却して損を確定するよりは、ひょっとしたらまたいいニュースが入ってきて、株価は買った時の価格に戻るかもしれない、と考えて保有し続けるかもしれない。株価がもっと下がる可能性の方が高いのに、損を確定するのが嫌だから、元に戻る可能性にかけるというギャンブルをするのだ。

 似たことは、パチンコや競馬などのギャンブルをしていて、負けている日の行動を思い起こしてほしい。そこで止めれば損をある程度のところで確定できる。しかし、損を確定したくない。むしろ損を取り戻すために、より大きなリスクを取ってしまって、最終的には大きな損失を被ってしまう。

 基準となる目標よりも成果が下がってしまうことを私たちは極端に嫌うのだ。そして、その基準となる目標のことを行動経済学では参照点と呼ぶ。私たちは、参照点を基準にして損得を考える。株の場合だと購入金額になるし、賃金だと先月の賃金水準だったり、比較対象グループの賃金だったりする。

 コインを投げて表がでたら2万円、裏がでたら何ももらえないというギャンブルか、確実に1万円もらうという選択肢があれば、多くの人は確実に1万円もらう方を選ぶ。しかし、最初に2万円もらっておいて、コインの裏が出たら2万円を返却し、表が出たら返却しなくてよいというギャンブルか、確実に1万円もらうという選択であれば、多くの人はコイン投げに挑戦する。2万円をもらう前から考えれば、最初の選択問題と後の選択問題は全く同じであるにもかかわらず、参照点が2万円をもらった状態になってしまうと、損失を確定することを嫌ってギャンブルしてしまうのだ。

 損を嫌うということは、危険なことをしてでも、努力して参照点にしがみつきたいという行動を私たちに起こさせる。これが行動経済学で損失回避として知られていることである。様々な実験で、私たちは損失を回避するために努力をすることが明らかにされている。学校の生徒に、「テストの前に2000円のお金をもらって、成績が前回より下がったらそのお金が没収される」という動機付けをしたときと、「前回よりも成績が上がれば2000円あげる」という動機付けだと、前者の方が、子供の成績の上昇率が高い。また、学校の先生にお金を渡して、子供達の成績が下がればそれを没収するという動機付けと、成績が上がればボーナスを上げるという先生への動機づけだと、前者の方が子供達の成績が上がる。

 こうした実験に対する反論は、「あまりこういう動機付けになれていない人たちだから、フレーミングに騙されやすいだけ」で、「慣れてくれば、損失回避行動によって、わざわざ損をすることもなくなる」、というものだ。

プロゴルファーにも損失回避

 勝負の世界で生きている人たちが、損失回避というバイアスに意思決定を左右されていたら、少なくともトップのパフォーマンスを上げられないはずだ。同じような実力同士の人たちがいたとすれば、損失回避傾向が強い人は、それがない合理的な意思決定をする人に勝つことができないからだ。実際、金融のプロのディーラーの人たちが損失回避によるバイアスから逃れるように、様々なルールが金融機関には定められていると聞いたことがある。

 実は、勝負の世界に生きているトッププロ選手にも損失回避行動が観測されるということを明らかにした研究がある。Pope & Schweitzer (2011)は、アメリカのプロゴルファーのデータを使って、その存在を明らかにした。ゴルフで損失といえば、パーを取れなかったことがあてはまる。プロゴルファーは、パーを取れなくなることを極端に嫌って、パーパットに集中する度合いが、バーディパットに集中する度合いよりも高い。実際、グリーン上でのホールからボールまでの距離が同じ場合でも、バーディパットの成功率はパーパットの成功率よりも低いことが統計分析で明らかにされているのだ。

 この結果を聞いても「それは当たり前だ」という人も多いと思う。しかし、プロゴルフの試合は、1ホールごとに勝ち負けが決まっているわけではなく、18ホールを4日間戦った合計の打数が最小の人が優勝する。どの一打も同じだけの価値があるのだ。それなら、バーディパットであってもパーパットであっても、同じだけの集中力でパットを打つほうがゴルフの成績がよくなるはずだ。そうならないのは、パーという参照点よりも損をすることを嫌うので、パーパットやボギーパットでは集中を高めるのに対し、バーディパットやイーグルパットでは失敗しても利得の局面に残るので、それほど集中しないのだと考えられる。

 彼らの研究でもう一つ興味深いのは、バーディパットでは、パーパットに比べて、ホールまでの距離より長いパットではなく、短いパット(ショート)を打ってしまうというミスをしがちであるということだ。通常、短めのパットを打つというのは、安全策だと考えられている。バーディパットでは安全策を取りやすいというのは、利得局面ではギャンブルをしないけれど、損失局面ではギャンブルをしがちになるという損失回避行動と整合的である。

では、こうした損失回避傾向が強いプロゴルファーは、賞金獲得ランキングで下位の選手に多いのだろうか。彼らの推定結果によれば、損失回避傾向は賞金ランクの上位の選手にも下位の選手にも同じように観察されるということだ。あなたがアマチュアゴルファーであれば、パーパットにこだわらず、グリーンに乗ったらその一打に最大限集中することで、少しはスコアがよくなるかもしれない。

 しかし、タイガーウッズのようなトッププロでさえ、損失回避から逃れられないのであれば、そうした特性から逃れられないものとして、仕事のルールを作っていくことが必要だろう。損失を確定させるのを嫌って仕事の失敗をなかなか上司に報告しないとか、取引先への返答を後回しにするという可能性が誰にでもあるということを前提に、それができないようなルールを設定することだ。また、逆に最初にチャンスを与えて上位の仕事をしてもらって、うまくいかなかったら元の仕事に戻すというような人事制度すれば、人々は損失回避のために今までよりも努力をしてくれるようになるかもしれない。損失回避とうまく付き合っていきたいものだ。

文献
Pope, D. G., & Schweitzer, M. E. (2011).”Is tiger woods loss averse? Persistent bias in the face of experience, competition, and high stakes,” American Economic Review, 101(1), 129–157.