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大竹文雄の経済脳を鍛える

CSRと従業員採用

 

2018/03/01

企業の社会的責任

 企業の社会的責任(CSR)という言葉をよく聴くようになった。日本を代表するような企業では、CSRについて、組織的な取組みをしていることが普通だ。CSRの定義には、様々なものがあるが、法律の遵守、環境への配慮、コミュニティへの貢献など、社会的な目標を達成するために自発的に費用をかけて努力をすべきという考え方だと一般に理解されている。

 株式会社であれば、企業は利潤を最大化することが目標と考えられてきたが、企業活動が与える影響は、配当を受け取る株主だけではなく、消費者や社会全体といったステークホルダー(利害関係者)にも及ぶ。そうした様々なステークホルダーに対する責任を企業はもっており、企業はそうしたステークホルダーのために進んで支出をすべきだというのが、CSRという考え方である。

 なぜ、利潤最大化を株主から求められている株式会社が、利潤を犠牲にしてCSRに支出しているのだろうか。実は、CSRを積極的に推し進めることは、費用を高めて利潤を減少させるだけではない。CSRが企業イメージを向上させ、消費者や投資家から支持されるということを通じて、利潤を引き上げることができ、CSRへの支出が回収されるかもしれないのだ。それだけではない、Nyborg(2014)が紹介している最近の研究によれば、CSRに熱心な企業は、従業員の給料を低くしたり、生産性の高い労働者を集めたりすることができるという。このコラムでは、Nyborg(2014)に基づいて、CSRと従業員の採用について紹介したい。

CSRと従業員の給料

 CSRの極端なケースは、利益の最大化をそもそも求めないで社会的使命や社会的責任を果たすことを目標した企業である。株式会社ではなく、非営利法人(NPO)という組織形態をとることになる。資金調達面では、株式会社の方が有利であるが、利益の最大化を目指す必要がある。非営利法人は、社会貢献を目標にできるが、資金調達面での制約がある。一方、税制上の優遇措置にも差がある。保育や介護の分野では、株式会社とNPOが並存している。もし、どちらかの組織形態の方が優れているのなら、二つの組織形態が並存しているのはなぜなのだろうか。

 認可外の保育園関係者から、株式会社だと利潤を追求していることが嫌で、できれば同じ認可外でもNPOの組織に勤めたいという意見を聞いたことがある。株式会社だとこどものことを第一に考えてくれない、からだという理由だった。しかし、利潤を追求していても、サービスがよくないと保育園として人気がでないので、子供たちの環境はよくなるはずだ。NPOであっても、こどもたちの環境をよくするためという理由で、赤字で運営することはできない。株式会社だと利潤追求のために、保育士の質を考えないで低賃金で雇用するという批判も聞いたことがあるが、質が低い保育士ばかりになるなら保育園の人気が下がってしまう。NPOの保育園なら優れた運営をするかといえば、経営効率に関する圧力が小さい分、非効率な運営がなされて、こどもたちの環境はそれほどよくならないかもしれない。

 しかし、もし利潤動機の組織で働くことが嫌で、NPOなら働きたいという人がある程度いるならば、NPOは同じ仕事であっても安い賃金でそういう人たちを雇用することができる。同じ仕事で同じ給料なら株式会社で働くよりもNPOで働きたいという人なら、NPOで働けるなら少し給料が低くても喜んで働いてくれることになるからだ。つまり、利潤動機ではなく、社会的な動機で働くことに喜びを見出している分、安い給料でもいいということだ。そうすれば、NPOでは、同じ質の人をより安い給料で雇うことができるので、NPOの生産性は高くなるかもしれない。

 つまり、NPOでは非利潤動機だからという理由で、低い賃金で働いてもいいという人が集まってくるのだ。実際、東京大学の卒業生で、商社と国家公務員の両方から内定をもらった人の中には、高い給料よりも公的な仕事がしたいという理由で国家公務員を選ぶ人がいるだろう。公務員を選ぶ人の中には、雇用が安定しているからという理由で選ぶ人がいるかもしれないが、トップクラスの総合商社の雇用は十分に安定的だ。

 NPOや公的部門で、社会のために貢献できれば、低い給料でも構わないという人がいるなら、利潤目的の企業でもCSRに積極的だということであれば、少し給料が低くても構わないと思う人もいるはずだ。実際、Nyborg and Zhang( 2013)は、ノルウェーのデータを使って、学歴、性別、地域、産業などをコントロールしても、CSRにより多く支出している企業ほど、従業員の給料が低いことを明らかにしている。

CSRと従業員の性格

 公的な部門で働きたいとかNPOで働きたいという人は、もともと人のために働くことが好きなのだから、公共心が高く、人と協力的な仕事の仕方ができるかもしれない。もしそうなら、CSRに熱心な企業だとイメージが認識されれば、人と協力して仕事をする人を採用することができるだろう。組織において、協力して仕事をするという特性は非常に重要である。チームで仕事をする場合、個人の働きぶりが完全には観察できないなら、人は他人の努力にただ乗りして、手を抜いて仕事をしたいという誘惑にかられる。もし、利己的な考え方をもっている人ばかりが集まれば、チームの生産性は激減する。つまり、チームプレーが重要な職場では、人と一緒に協力して仕事をすることを重視するような従業員を採用することができれば、従業員の仕事ぶりがよくわからなくても、高い生産性を維持できるのだ。採用の際に、「協力することが好きですか」というような質問をしてもなかなか見抜くことは難しい。CSRに熱心な企業であることを示せば、協力的な従業員を採用することができるようになるかもしれない。

公共財ゲーム

 CSRに熱心だと、本当に協力を重視する従業員を集めることができるだろうか。公共財ゲームというよく知られた経済実験を実験室で行って、それを確認した研究がある。(注1)彼らは3人一組で公共財ゲームを実験参加者に行わせた。このゲームでは、実験参加者が一定額A円をもらって、その金額を、公共財にいくら支出するか決める。ある参加者が公共財にB円支出したとすれば、その金額が倍になって、3人全員に均等に配分される。つまり、3人全員にB*2/3円手にすることができる。このとき参加者たちは実際、いくら公共財に支出するかを計測する実験である。

 もし、自分だけが公共財に支出しないで、他のメンバーが全額公共財に支出すれば、自分の取り分は、(A+(4/3)A)円=(7/3)A円になる。一方、全員が全額を公共財に支出すれば、(2/3)*3*A=2A円になる。つまり、全員が協力するよりは、自分だけ協力しないことがベストになる。しかし、同じことを全員が考えるので、誰も公共財に支出しないで、A円を手にすることになるというのが、利己的な人を想定したときの答えだ。

 公共財ゲームの実験では、これを繰り返し行うことが多い。通常、最初はある程度の人は公共財に支出するが、フリーライドする人がいることに気がつくと、急速に公共財に支出する人が減って行くことが観察される。この研究でも同様のことが観察された。そこで、研究者は、設定を少し変えた。青チームに入ると公共財ゲームでの賞金に加えて、1000円(注2)プラスされて参加料がもらえる。一方、赤チームに入ると参加料はもらえないが、1000円が赤十字に寄付される。つまり、公共財ゲームの報酬に加えて、参加料1000円が追加的にもらえるチームと1000円分赤十字に寄付できるチームである。研究者たちは、この青チームと赤チームのどちらに参加するかを、実験参加者に選ばせたのだ。そうして、公共財ゲームをさせると、青チームの参加者は、今までの実験と同様に、公共財への支出額がすぐに減少していった。ところが、赤チームでは、公共財への支出額は30回繰り返しても、減少しなかったのだ。

 つまり、寄付をするということに価値を見出す人たちは、チームで協力することにも積極的だったのだ。世の中には、自分さえよければいいという利己的なタイプの人もいれば、他の人のためになることをしたいと思っている向社会的な人もいる。人の働きぶりを常時監督することができないとすれば、できるだけ他人の努力にフリーライドしない向社会的な人を採用することが重要だ。会社の生産性を高める向社会的な人をより多く採用するためには、企業が向社会的な組織であることを示す必要がある。CSR活動を積極的にすることは、他人の努力にフリーライドしない従業員を採用することにつながるのだ。

 逆にいえば、企業が組織的に不正行為をしたとか、環境に悪影響を与えているというイメージが高まれば、向社会性が高い従業員を採用することができなくなるということだ。企業イメージをよくすることが、質の高い従業員を採用する上でも重要なのである。

(注1)Brekke他 (2011)
(注2)実際の研究では50クローネ。

参考文献
Brekke, Kjell Arne, Karen Evelyn Hauge, Jo Thori Lind, and Karine Nyborg. 2011. “Playing with the Good Guys. A Public Good Game with Endogenous Group Formation.” Journal of Public Economics 95(9–10):1111–18.
Nyborg, Karine. 2014. “Do Responsible Employers Attract Responsible Employees?” IZA World of Labor (May):1–10.
Nyborg, Karine and Tao Zhang. 2013. “Is Corporate Social Responsibility Associated with Lower Wages?” Environmental and Resource Economics 55(1):107–17.