一覧へ戻る
大竹文雄の経済脳を鍛える

ラグビー日本代表と技術革新

 

2019/12/27

1.ワンチーム

 2019年の「現代用語の基礎知識選 2019ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞は、ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本代表のスローガン「ONE TEAM(ワンチーム)」だった。W杯の日本代表メンバー31人中15人が海外出身者で、出身国も6カ国になった。スタッフもヘッドコーチのジェイミー・ジョセフ氏をはじめ、多くの外国人がいた。このような多様性をもった日本代表は、「ワンチーム」を合言葉に結束力を高めたと言われている。その結果、日本代表は史上初のベスト8に進出という大活躍をみせてくれた。

 そもそもどうしてこれだけ多くの外国人が、ラグビーの日本代表選手になれるのだろうか。もちろん、海外出身でも帰化した選手は、当然代表選手に選ばれてもおかしくない。ラグビーの場合には、「出生地が当該国」「両親および祖父母のうち一人が当該国出身」「当該国で3年以上、継続居住」という3つのうち少なくとも一つの条件を満たせば、当該国の代表選手に選ばれる資格をもっていることになる。これは、ラグビー代表が、その国のラグビー協会の代表で国際試合を戦っているからである。

 ラグビー日本代表の姿は、日本経済の将来の一つの方向を示している。それは、日本の人口減少が続くため、現在でも深刻な労働力不足を補う必要性が増してくるからである。実際、日本の人口は2020年からの10年間で620万人減少し、2030年からの10年間でさらに820万人減少すると予測されている。つまり、これからの20年間で東京都の人口を失うことになるのだ。人口減少はその後も加速し、2050年までに現在の人口から20%減少し、1億人程度になる。人口も減るのだから労働需要もその分減少するのではないか、という意見もあるかもしれない。しかし、人口が減るスピードよりも労働力人口が減るスピードの方が速いため、労働需要の減少よりも労働供給の減少が大きくなる。具体的には、性別、年齢別の労働力参加率が現在のままだと、労働力人口は現在の6,700万人から2050年には5,100万人へと約25%減少するのだ。つまり、人手不足が深刻になることは間違いない。

 人口減少による労働力不足に対応するために、日本政府が取り組んでいるのが、女性の労働力率の上昇と、引退年齢の引き上げと、外国人労働者の受け入れ増加である。例えば、日本政府は2018年12月に、労働力不足に直面する分野に専門性を持つ即戦力の外国人のための新たな在留資格を設けた。この法律に基づいて、政府は2019−24年に34万5,150人の外国人労働者を受け入れることを計画している。もし、労働力人口の減少を外国人労働者で補うとすれば、1,000万人を超える外国人を受け入れていく必要があるのだ。そこまで多くの外国人を受け入れなかったとしても、今までよりも外国人労働者が日本で多くなることは間違いない。

2.外国人労働者受け入れの影響

 外国人労働者受け入れの経済的影響は、標準的な経済学ではどのように考えられているかをわかりやすく説明したい。外国人労働者を導入することは日本経済にとって望ましいことなのだろうか。このことを考える上で、外国人労働者と日本人労働者が代替的なのか、補完的なのかということを議論することが重要である。その際に、ラグビー日本代表でこの議論をするのがわかりやすい。まず、ラグビー日本代表に外国人選手が約50%参加したことで、明らかに日本代表チームの実力が向上した。その結果、ワールドカップで代表チームが活躍でき、多くの日本人ファンはラグビーというスポーツ観戦を楽しむことができ、日本人の満足度は向上した。ラグビー日本代表のスポンサー企業や関連産業の利潤も増加したと考えられる。

 では、全てのラグビー関係者は、外国人選手の代表加入のメリットを得られただろうか。そうではない。外国人選手と代替関係にある選手は、代表選手になれなくなっている。ラグビー日本代表の海外出身者の比率は、ポジションによって異なる。フォワードでは、代表選手18人中11人が海外出身者であり、日本代表のフォワードの選手の約61%を占める。一方、バックスでは、13人中4人で約30%しか海外出身選手はいない。つまり、ラグビー選手の中でもフォワードの選手は、外国人選手と日本人選手の代替性が強い。一方、バックスの選手では、外国人選手との代替性は低い。バックスの選手は、スマートで俊敏な動きによって、パスを受けタックルをかわして、トライを決める。一方、フォワードの選手は、屈強な体で、スクラムを組み、タックルで相手の攻撃を防ぐ。

 体格が重要なフォワードの選手は、海外出身選手が有利である一方、俊敏性が重要な資質であるバックスの選手では、日本人選手の活躍の機会がある。海外出身選手が日本代表に選ばれることで、大きな損失を被ったのは海外出身選手がいなかったら日本代表になれたはずの日本人のフォワード選手たちだ。一方、大きなメリットを受けたのは、優秀な日本人のバックス選手たちだろう。フォワードの選手の能力が低かったとすれば、国際大会ではスクラムで押し負けて、バックスまでボールが回ってこないため、優秀であっても活躍できなかったはずだ。しかし、フォワードとバックスは補完的なため、海外出身選手がフォワードに加入することで、バックスの選手はワールドカップでトライをあげて大活躍することができた。もし、海外出身のフォワード選手がいなかったとすれば、福岡堅樹選手や松島幸太朗選手は、あれほど多くのトライをあげることはできなかったはずだ。

 つまり、ラグビーにおける海外出身選手の増加は、日本チームを強くするという効果はあったが、彼らと代替的な技能をもっていた日本人のフォワード選手にとっては、代表入りのチャンスが少なくなるという損失をもたらした一方で、彼らと補完的な技能をもっていた日本人のバックス選手にとっては活躍の場を大きくするというメリットをもたらしたのである。

 同じことは日本経済全体にもあてはまる。人手不足で生産量を上げられず、思うように利潤が増えていなかった企業にとって、外国人労働者の導入は、賃金コストを引き下げて人手不足を解消し、生産量を増やし、利潤も増加させる。いいことばかりである。しかし、労働者の側に立ってみると、外国人労働者と同じような技能をもっていた日本人労働者にとっては、そうではない。外国人が入ってこなければ人手不足で高い賃金が得られたのに、外国人が入ってきたことで、労働条件が悪化したり、仕事を失ったりする。しかし、労働者全体が、外国人労働者の導入で損失を被るわけではない。外国人労働者と補完的な技能をもっている日本人労働者にとっては、外国人労働者が入ってくることで自分の仕事の生産性が向上し、賃金も上昇するのだ。ちょうど、ラグビー日本代表のバックスの選手が、強くなったフォワードのおかげで大活躍できたのと同じである。

3.外国人労働を増やす際に考えるべきこと

 外国人労働を増やす際に、日本人の多くがその恩恵を被るためには、日本人が外国人労働者とは補完的な技能を身につけることが必要である。ラグビー選手で考えてみると、日本人選手の育成段階で、フォワードの選手は海外出身選手と同等以上の活躍ができる選手でない限りは、フォワードの選手として育成せず、できるだけ海外出身選手と補完的なバックスの選手の育成に集中すべきということになる。そのような指導をしなくても、ラグビーの日本代表を目指す選手たちは、バックスの選手に集中するようになるかもしれない。スポーツに限らず教育訓練にしても、外国人労働者と補完的な仕事につけるような能力の育成が重要だろう。日本人とのコミュケーションが重要な仕事であれば、日本人労働者が比較優位をもっている。

 実は、外国人労働者と補完的な能力を身につけるという考え方は、技術革新への対応でも同じである。人工知能やITという技術革新は、定型的な仕事や予測を必要とする仕事を大幅に人間から機械に置き換えていく。つまり、それらの仕事は、人工知能やITの得意な仕事と代替的なのだ。人工知能と補完的な仕事は、人工知能が苦手な仕事だ。豊富なデータをもとに予測するのは人工知能が得意とする分野だが、限られた情報しかない場合に、適切な予測をする能力や人工知能が出してきたデータをもとに意思決定をする能力は、人間の方が優れている場合が多い。つまり、ビジネスでの意思決定の多くは、人工知能とは補完的な能力が求められるのである。といっても、技術革新のスピードは速く、少し前までなら機械では不可能だった仕事も、どんどん機械でできるようになっていく。それでも、人間にしかできない仕事も生み出され続けていく。私たちは、常に他人や機械に代替されないような技能を身につけるために、学び続ける必要があるのだ。そのことを、ラグビー日本代表の選手たちが教えてくれている。