成長鈍化と経済システム
2012/07/13
【潜在成長率の低下】
我が国の経済成長は、「失われた20年」と言われているように、長期停滞期に入っていると考えられています。実際は、20年間ずっと低成長を続けていたわけではなく、バブル崩壊後の1990年代にも3%程度の成長を記録していましたし、2002年初から08年初までの「戦後最長の景気拡張局面」においては、2%前後の成長を遂げています。しかし、問題は、潜在成長率が低下を続けており、現在は、0.5%程度あるいはそれ以下にまで落ち込んでしまっているということです。今後も、この潜在成長率が低下を続ける可能性があります。今はまだ需給ギャップ(GDPギャップ)があるので、それを解消するまでは比較的高い成長をする余地はありますが、解消したのちは、潜在成長率がいわば「天井」になるので、長期的には極めて低い成長しかできないことになります。
【成長会計から見た成長鈍化】
それでは、なぜ潜在成長率はそれほどまでに低下してしまったのでしょうか。一般的な理解では、高齢化・人口減少がその大きな要因とされています。確かに、標準的な成長会計では、労働投入のプラス寄与が縮小し、現在はゼロからマイナスに転じており、今後そのマイナス寄与が拡大することが確実です。しかし、実は、これによって説明できる部分は全体の一部でしかありません。それ以外は、資本投入及び全要素生産性の寄与が低下したことによって説明されます。資本投入の寄与が低下したとは、機械や設備などからなる資本ストックの伸びが鈍化しているということを反映しています。また、全要素生産性の寄与が低下しているということは、技術進歩や経済の効率化、あるいは生産性が相対的に高い部門への産業構造のシフトといった要因の寄与が小さくなっていることを示しています。
【成長鈍化の原因と経済システム】
もし潜在成長率の低下傾向に歯止めをかけ、逆に引き上げなければいけないとしたら、どうすればいいのでしょうか。その処方箋を書くためには、低成長のそもそもの原因を解明する必要があります。それなくしては、意味のある効果的な処方箋が示せるはずもありません。そして、その原因については、先ほど見たように、高齢化・人口減少とだけで片づけてしまうわけにはいかないわけです。むしろ、経済成長に寄与すべき要因がおしなべて弱体化していることに注目しなければなりません。
第1に、我が国の研究開発投資の水準は高いのですが、その経済成長への寄与が小さいものにとどまっています。先進国へのキャッチアップが終了した今日、基礎的・長期的な研究開発が重要になってきていますが、研究開投資の大宗をなす民間においては、投資の重心が応用的・短期的なものに置かれていることが影響している可能性があります。
第2に、開業率・廃業率の低さに象徴されているように、企業の新陳代謝が極めて少ないのが現状です。また、対内直接投資や外国人の高度人材の活用が少ないことは、対外的な開放度も低いものに止まっていることを示しています。企業の新陳代謝や対外的開放度の高さは、生産性を高めることに貢献すると考えられます。我が国の現状は、技術革新、経済の効率化へのインセンティブを削いでいると考えられます。
第3に、教育や訓練によって蓄積される人的資本についても、従来のように我が国の強みであるとは言いにくくなってきています。グローバル化や技術革新の進展に対応できる人材を育成する教育システムへの脱皮が遅れています。また、雇用の非正規化傾向に伴って、企業内訓練を与えるインセンティブが減退してきています。
第4に、高齢化・人口減少も、現在の経済システムに内包されているインセンティブ構造がもたらしたと考えることができます。女性の社会進出に合わせた雇用形態の変革、家族形態の見直し、社会的バックアップ体制の整備が行われなかったために、女性が結婚、出産、子育てを行うインセンティブを削いできたと考えられます。
第5に、以上のような要因もあって新規成長分野が見通せず、既存分野の期待成長率も低水準にとどまる中で、企業が国内で設備投資を行うインセンティブが失われていることです。製造業だけでなく、非製造業においても収益機会を海外に求め、海外での投資を拡大させようとする傾向が強まっています。
このように考えてくると、現在の低成長は、現在の制度・慣行の総体としての経済システム、あるいはそれに内包されているインセンティブ構造が、経済環境に合致しなくなったことによってもたらされているように思えます。これまでの日本型の雇用システム(終身雇用、年功賃金、企業内訓練の三位一体型システム)や金融システム(メインバンク・システム)は、年齢構成の若い人口増加社会が、欧米先進国の技術水準にキャッチアップしようとするなかで、「投資が投資を呼ぶ」ことで、自律的な経済成長を実現することができました。しかし、この同じ経済システムでは、年齢構成が高齢化する人口減少社会が、技術水準のフロンティアに立ってしまっているとき、内需はもちろんのこと外需を持続的に取り込むこともできなくなっているのです。
【経済システムの再設計のために】
このような認識に立てば、処方箋は自ずと明らかになってきます。これまでの高度成長型経済システムに代わる新たな経済システムを構築することです。それでは、新しい経済システムを構築するにはどうすればいいのでしょうか。言うまでもなく、それは簡単なことではありません。成行きに任せることによって、そうした経済システムが自然に作り上げられると期待することはできません。まずは、新しいシステムがどのようなものであるかを明らかにし、それに向けた意識的な取り組みをすることが必要です。具体的には、次のようなステップを踏むことが必要であるように思われます。
第1に、我が国が、今後、どのような経済環境の下に置かれることになるのかを明確にすることです。人口動態はどうなっていくのか、世界経済はどのように展開するのか、技術はどのように変貌しているのか。そうした「経済環境の展望」をしっかりと行うことがシステム設計の前提条件となります。もちろん、そのようなことは不確実性が高すぎて見通せないということかもしれません。もしそうならば、システム設計も、それを前提に考えることが必要になってきます。
第2に、想定される経済環境を前提条件に、持続的な経済成長を実現するにはどのようなインセンティブを組み込んだ、どのような経済システムを構築する必要があるのかを明確にし、具体的な「システムの設計」を行うことです。例えば、人口減少が続くのであれば、その下でも成長を続けられるシステムとはどのようなものかを考えることになります。あるいは、もし先が不確実でしかないというのであれ、様々な状況に柔軟に対応できる、頑健なシステムを作り上げることが必要だということになります。
このような経済システムの設計にあたっては、個々のサブ・システム(例えば雇用システム、金融システムといった)の積み上げは避ける必要があります。システム間には、比較制度分析でいう制度的補完性があって初めてシステムとして強固なものになります。つまり相互に補完し合う関係が必要です。そのような制度的補完性は、個々バラバラに設計したのでは、偶然でもない限り保証されることはありません。システム全体を見渡しながら、相互に整合的なシステム設計が意識的に行われる必要があります。
第3に、新たな経済システムを実現することによって、具体的にどのような経済成長がもたらされ、それによってどのような経済構造になるのか、分かり易い「経済のビジョン」が示される必要があります。このことを意識することによって、逆にシステム設計も研ぎ澄まされることになります。また、これによって、新たなシステムの実現に向けた国民的な合意形成に資することにもなると考えられます。
以上のような作業はもちろん容易なことではありません。多くの有識者が膨大な時間と労力をかけることによって初めて可能になることでしょう。しかし、経済の現状を見たとき、そのくらいのエネルギーを割いて取り組む価値はあるのではないでしょうか。
バックナンバー
- 2023/11/08
-
「水準」でみた金融政策、「方向性」で見た金融政策
第139回
- 2023/10/06
-
春闘の歴史とその経済的評価
第138回
- 2023/09/01
-
2023年4~6月期QEが示していること
第137回
- 2023/08/04
-
CPIに見られる基調変化の兆しと春闘賃上げ
第136回
- 2023/07/04
-
日本でも「事前的」所得再分配はあり得るか?
第135回