ソロー・モデルとR&Dモデルからみた日本経済
2012/11/14
【ソロー・モデル】
経済成長に関するソロー・モデルは、経済成長の分析にとって非常に有用なツールです。それまで一般的であったハロッド=ドーマー・モデルによると、マクロ的な需給の均衡は極めて不安定で、ナイフ・エッジの上にあるようなものということでした。しかし、ソロー・モデルは、経済諸変数が持続的な成長を続けるような安定的な均衡(定常均衡)があることを明らかにしました。また、各国の経済のコンバージェンス(収斂傾向)を分析する手掛かりも与えてくれました。
しかし、他方で、ソロー・モデルは、定常均衡における経済成長率は人口成長率と技術進歩率に等しいという結論を導き出すことから、理論家には不満が残りました。持続的な成長のスピードが外生変数に依存するということでは、経済成長を解明したことにはならないのではないか。また、これによれば、人口成長率と技術進歩率がゼロになると成長は止まることになるが、それは最近の経験、あるいは産業革命以降の長期的な経済の軌跡とは異なるのではないか。そうしたことから、1990年代以降、アメリカの経済学者を中心として内生的成長理論が打ち立てられていくことになります。中でも注目されるのは、ポール・ローマー教授をはじめとする経済学者たちが取り組んだ研究開発による技術進歩を組み込んだモデルです(以下ではこれを、R&Dモデルと呼ぶ)。
【R&Dモデルとアメリカ経済】
内生的経済成長理論を構築するに際しての一つの拠り所は、アメリカの経済成長の現実です。アメリカにおける一人当たりGDPの長期的な推移をみると、図1のような姿になっています。
アメリカの一人当たりのGDPは、戦後、ほぼ一定率で増加しているのです(図は対数値で示されていることに注意)。しかも、この傾向は戦前も含め(大恐慌や戦争による中断はあるにしても)、100年以上にわたって1.8%程度で増加する傾向が続いていると言われています。これを見ると、アメリカの現実を定常均衡における経済成長と捉え、これを説明することになったことも理解できます。
ところで、簡単なR&Dモデルの一つによると、定常均衡における経済成長率は、R&Dに従事する科学技術者数の増加率に比例するかたちで決まります。そこで、アメリカの科学技術者数の推移を図2でみてみましょう。
これを見ると、確かにアメリカの科学技術者の人数は、着実に増加していることがわかります。R&Dモデルによると、科学技術者数の増加に支えられてR&Dが進展して、これが技術進歩をもたらし、一人当たりのGDPも増加しているということになります。以上は、チャールズ・ジョーンズ教授が指摘していることでもあります。
【経済成長理論から見た日本経済】
それでは、同じような視点で、日本についてみたらどうなるでしょうか。日本では、90年代半ば以降、マクロ的な需給の不均衡が続いています。この点を考慮して、一人当たり実質GDPではなく、一人当たり潜在GDPをみたのが、図3です。
図3を見ると(これも対数値をとっていることに注意)、日本の一人当たり潜在GDPは1980年度以降、次第に増加率が鈍化してきており、バブル崩壊後の1991年以降は、1%程度になっていることが分かります。すでに20年もこの状態が続いているので、これを定常均衡と考えることができるとすれば、1%成長が定常状態ということになります。
仮にこれをソロー・モデルで説明するとすれば、一人当たり潜在GDPの増加率は技術進歩率によって決まっているはずなので、この時期の技術進歩率がほぼ1%になっていることを意味します。
それでは、R&Dモデルの観点から見ると、どうなるでしょうか。日本の科学技術者数の動向を、図4で見てみましょう。
これによると、日本の研究者数は、それまでは増加を続けていたのが、1990年代以降はほぼ横ばいとなっています。図3と図4とを合わせて考えれば、日本では、技術進歩への人的資本の配分が停滞しているために、技術進歩率が低く、そのために一人当たり潜在GDPの増加率も低いものに止まっているということになります(なお、同じ統計でアメリカの数字もとれるので、それも図4に図示していますが、このベースでも2000年代初頭までの増加が確認できます。ただし、この統計によると、2000年代半ば以降は横ばいになっています。このことの影響については注目していく必要があります)。
【経済成長理論から窺われる日本経済の弱さ】
以上のことが示唆しているのは、日本経済の技術進歩率(あるいはもう少し一般的に全要素生産性上昇率)が低いことと、その背景にあると考えられるR&Dへの資源配分(人的資本を含めた広い意味での資源配分)の停滞です。ここから導き出される処方箋は、研究者を増やすということになりますが、これから人口がさらに減少していくなかで、それをどのように実現していくのか、実現できないとしたらそれをどう補っていくのか(例えば研究効率の向上などで)、が課題となります。
もちろん、ここで取り上げた経済成長論は、内生的成長理論を含め、かなり簡単なモデルです。また、アメリカや日本の現状を定常均衡と考えるべきかどうかについても、異論はあるでしょう。したがって、これだけで現実を説明しきるのには無理があるのかもしれません。しかし、そのような限界を念頭に置きながら改めて見たときに、この結果は、日本経済の弱さの一面を浮き彫りにしているとは言えないでしょうか。
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