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齋藤潤の経済バーズアイ (第14回)

経済改革の先達ニュージーランドに学ぶ(下)

 

2013/05/15

【NZの経済改革はマクロ経済パフォーマンスを改善したか】

 前回ご紹介したように、ニュージーランド(以下、NZと表記)は1984年以降、大胆な経済改革を断行してきました。その結果、「経済協力開発機構(OECD)で最も規制の強い国の一つから、OECDで最も規制の少ない国の一つに変化を遂げた」と評価されるようにもなりました。

 NZがそのような大胆な経済改革を断行したのも、マクロ経済のパフォーマンスを改善するためです。そこで、経済改革の成果がマクロ経済にどのように現れたのかを見てみましょう。一人当たりGDPの推移を見たのが第1図です。ここでは、世界の最先進国であるアメリカを100として、NZのほかに、比較の相手としてアイルランドとオーストラリア、それにOECD全体の平均を示しています。アイルランドとオーストラリアを取り上げたのは、いずれも英語圏である上に、アイルランドの場合は人口規模がNZとほぼ同じであること、オーストラリアの場合は地理的条件がNZと似通っていることが理由です。

 これを見ると、1970年代からアメリカとの差が拡大傾向にあったNZは、経済改革が始まった1984年以降も引き続き差が拡大する傾向が続きました。それにようやく歯止めがかかったのが1990年代初頭ですが、しかし、その後も差が縮小することはなく横ばいで推移しています。1990年代初頭以降の推移は、OECD全体の平均とほぼ同じです。

 これとは対照的に、アイルランドは、1980年代半ばから急速にアメリカとのギャップを縮小しています。特に1990年代半ば以降の急速な縮小(急速な経済成長)は、目を見張るものがあります。まさに「ケルトの虎」と表現されるようになった状況です。そうしたギャップの縮小傾向が止まり、一転して拡大傾向を示すようになるのは、不動産バブルが崩壊し、政府債務危機が顕在化した2000年代後半以降になります。

 オーストラリアの動きはもっと緩やかですが、それでも1990年代初め以降、アメリカとのギャップを縮小しています。

【NZのマクロ経済パフォーマンスはなぜ改善しなかったのか】

 以上を見る限り、NZの経済改革は、期待されたほどの成果をあげたようには思えません。もちろん、構造政策の効果は、一朝一夕で表れてくるものではありません。新しい環境にあわせて資源が移動し、それに基づく生産活動が軌道にのってくるのには時間がかかるからです。しかし、それにしても、経済改革に着手してから30年近く経過してもなお成果が表れてこないのはなぜでしょうか。

 NZの経済改革の成果がみられない理由としては、いくつか挙げられます。

(1)金融引締めの影響

 第1に、NZ では金融政策が長期間にわたって引き締め基調で運営されたことです。第2図に示した短期金利の推移でこのことを確認してみましょう。

 これをみると、NZでは、1980年代初めから名目短期金利は高い水準にあったことが分かります。しかし、当時は消費者物価指数(CPI)も二けたの高率で上昇したため、実質金利はマイナスとなっていました。1984年に誕生した新政権が本格的なインフレ対策に乗り出して、名目短期金利が20%超まで引き上げられたことによって初めて実質金利がプラスになり、インフレ率も鎮静化してくることになります。それでもインフレ率は一桁になるのは1998年からで、2%台にまで低下してくるのはようやく1991年になってからのことです。しかも、そうした成果が出てきても、1990年代を通して実質短期金利は5%前後で維持されています。

 このような金利の上昇によって、内需が低迷することになりました。また、クリーン・フロート政策を採っていたこともあってNZドルが増価したことから、外需も抑制されました。このため、1990年代初頭に至る期間の経済成長は、極めて低いものになりました。事実、1985年~1992年の平均実質GDP成長率は、1%以下に止まることになったのです。

(2)NZにおけるシークエンシングの影響

 第2に、NZに特徴的な経済改革のシークエンシング(改革の順序)のために、それだけ金融引締めを長期化させることになったということです。

 金融引き締めをしても、労働市場が柔軟で、賃金が伸縮的に決定されるような状況であれば、それだけ速やかにインフレ率を引き下げることができ、金融引き締めも短期間で済んだはずです。

 しかし、前回も述べたように、NZの経済改革では、通説的なシークエンシングとは異なり、労働市場改革は先送りされてしまいました。そのために、経済改革が始まっても、労働市場は長いこと硬直的でした。賃金決定も、労働組合強制加入制度の下で、中央での集団的交渉に委ねられるなど、伸縮的ではありませんでした。そのために、インフレ期待も根強く、インフレ率の引下げには時間がかかることになったのです。金融引締めも、その分だけ長期間にわたることになり、マクロ経済を下押しすることになったわけです。

(3)NZにおける経済改革の停滞、後退の影響

 第3にNZにおける経済改革が2000年代に入って停滞し、一部では後退すら見られるようになったことです。

 前述のようにNZドルが増価していたこともあって、マクロ経済はなかなか好転しませんでした。そのために、経済改革の見直しを求める声が次第に強まったのです。いわゆる「改革疲れ」(reform fatigue)が表面化したのです。

 例えば、2000年に成立した雇用関係法では、1991年の雇用契約法は企業にとって有利だったとして廃止され、集団的な賃金交渉が再び奨励されることになりました。

 また、大規模に進められた民営化についても、2001年にNZ航空を再国有化、また2008年にはNZ鉄道を再国有化(同時にキーウィー鉄道と名称変更)するなどの動きが見られました。

 ところで、この再国有化のような動きは、OECDが作成している製品市場規制指数(Indicators of Product Market Regulation)に反映しています。これは、複数の分野における規制の状況を指数化し、それらを合成したものです。ゼロと6の間の値を取り、ゼロに近いほど規制が弱いことを意味します(第3図)。

 1998年時点の指数をみるとNZは英国、アメリカ、カナダについで製品市場規制が弱い国となっています。経済改革の結果、NZは確かに「OECDで最も規制の少ない国の一つ」になっていたわけです。2003年においても、さらに指数が低下したこともあって、極めて低い水準にあります。しかし、2008年になると、他国の指数が低下している一方、NZの指数が上昇に転じていたことから、OECD諸国内の地位も中位にまで後退しているのです。

 つまり、2000年代以降、NZで経済改革が停滞していた一方、各国では経済改革が進められ、その結果、NZの規制面での優位性が低下してしまっていたのです。冒頭で見たように、一人当たりGDPの水準でアメリカとの差を縮小させられなかった背景には、こうした事情もあったのです。

 経済改革には終着駅はなく、常に改革の余地があり、それに不断に取り組んでいかないと、世界的な動きからは取り残されてしまうこと―このことをNZの経験は示しています。

(4)NZ経済のsmallness とremoteness

 第4に、経済改革がもたらすはずの成果に対して、NZの人口規模や地理的な要因が制約を加えていることです。NZの人口は450万人(2012年)と極めて小規模で、国内市場が極めて狭隘です(smallness)。また、NZは、地球の南側(down under)にある小さな島国で、オーストリアを除くと、大きな市場からは遠く離れています(remoteness)。したがって、努力をしないと、NZの貿易や直接投資は拡大しにくい状況にあります。このことは、OECDなども指摘しているように、NZが、貿易や投資に伴う競争の利益や規模の経済、技術の移転の恩恵に与かることにも限界があることを意味しています。

 第4図は、各国ごとに、潜在的な貿易相手国のGDPを、その国までの地理的な距離の逆数でウエート付けして集計したものです。各国の貿易・投資面での潜在的な可能性をみるための指標ですが、これをみると、NZにとっての潜在的な市場が極めて限られており、圧倒的に不利な立場にあることが分かります。

 もちろん、通信・交易手段の発達で経済的な距離をある程度縮小することは可能です。また、グローバルな貿易・投資の自由化を進めることで、外国市場を取り込むことも可能になります。だからこそ、NZは、これまで「ケアンズ・グループ」の一員として貿易自由化の先頭に立ってきたわけです。しかし、WTO下の交渉を見てもわかるように、貿易・投資の自由化は歩みが遅いうえに、成果も十分ではないために(NZから見ると農産物貿易での障壁の高さは不満でしょう)、克服することが極めて困難なものになっているのです。

 NZにとって、国内面での経済改革が重要であることは疑う余地がありません。それによって効率的な資源配分が可能になるからです。しかし、NZにとっては、それと同程度に対外面での経済改革が重要です。対外面の経済改革がもたらす貿易や投資の自由化の利益を享受することによって、はじめて比較優位を見出し、国内面での経済改革によって可能になった効率的な資源配分を活かすことができるようになるからです。

【日本の経済改革にとっての教訓は何か】

 以上、NZの経済改革がなぜマクロ経済のパフォーマンスの改善に結びつかなかったのかをみてきました。それを受けて、最後に、NZの経験から、我が国としてどのような教訓を学び取ることができるのかについて考えてみたいと思います。

(1)金融緩和を「追い風」にすること

 第1に、我が国において経済改革を進める場合、金融政策は、経済改革にとっての「追い風」になるということです。

 NZが経済改革に着手した時、大きな問題の一つは高率のインフレでした。そのため、金融の強力な引締めを行わざるを得ず、それが内外需を抑制することになったことは前述したとおりです。これに対して、我が国の場合、喫緊の問題はデフレです。このことは、我が国では、経済改革に並行して金融緩和を進められることを意味します。この点は、我が国において経済改革を進めるにあたっては大きなプラスになると考えられます。

(2)経済改革のシークエンシングの影響に注意すること

 しかし、第2に、このことは決して経済改革のシークエンシングを軽視していいということを意味しないということです。NZとは別の意味で、やはりシークエンシングは大切です。

 例えば、通説によれば、経済改革の早い段階で、財政赤字の削減に努める必要があります。インフレを抑えるために必要だというのが理由で、この点は、我が国の場合には当てはまりません。しかし、経済改革の成果が十分に発現するためには、わが国の貯蓄が生産的な活動に十分に回る必要があります。それを妨げないためにも、早期に財政赤字の削減を行うことがやはり必要です。

 また、金融緩和の下で潤沢な流動性が供給されているような状況では、分野による規制改革の進展度合いの違いが市場に歪みを作り出し、それを利用して利益をあげようと大量の資金が流入することで、思わぬ弊害を引き起こす可能性があります。バブルの時に不動産への投資がもたらした弊害を思い出せば、その深刻さは容易に理解できるかと思います。その意味でも、経済改革を進めるにあたっては、資金の流れにも十分な注意を払い、弊害の少ないシークエンシングにすることが極めて重要です。

(3)経済改革を持続的なプロセスとすること

 第3に、経済改革は持続的に行う必要があるということです。

 経済改革が進んだように見えても、それを「内向き」にだけ見ていたのでは、十分な評価はできません。ひとたび海外に目を転じると、多くの国で経済改革が進められようとしていることが分かります。今は危機に見舞われている南欧の国々でも、経済改革への取組が着々と進んでいます。経済改革を逆行させることもちろんですが、足踏みすることさえも、相対的な意味での経済競争力を低下させることになります。2000年代以降のNZの経験は、それを如実に示しています。

(4)国内面と対外面の経済改革をワンセットで進めること

 第4に、我が国にとっても、smallnessとremotenessは決して他人ごとではないということです。

 NZのsmallness とremoteness はNZに特有の問題のように思われるかもしれません。しかし、我が国の人口は減少に向かっており、国内市場は縮小しつつあります。現在の我が国における過疎地域がそれを先んじて示しているように、将来の日本が自国の市場だけでは財やサービスの十分な供給を確保できない状態に陥るのは必至です。Smallnessは、実は日本自身の将来を示しているのです。

 また、市場への地理的な距離にしても、米国や欧州だけを考えると、実は極めて遠いのです。先方から見ても、米国にとってはカナダや中南米の方が、欧州にとっては域内やアフリカの方が、それぞれにとっては近くて重要な市場です。

 その意味で、我が国にとっては、アジアの市場が極めて重要です。それとの緊密な関係があって、初めて我が国はremotenessを克服できることになると考えられます。我が国の経済改革も、「内向き」の改革だけでなく、「外向き」の改革をワンセットで進める必要があるのです。

 以上は、筆者が気づいた取りあえずの教訓です。まだほかにも学ぶべきことはあるかもしれません。それだけNZの経済改革の経験は、我々に多くの教訓を提示してくれているように思うのです。