なぜGNIなのか
2013/06/11
【注目されるGNI】
最近、GDPに代わってGNIが、経済政策における基本指標として注目を集めてきています。アベノミクスの第3の矢である「成長戦略」でもGNIは取り上げられています。いうまでもなく、経済政策において、具体的な指標について数値目標なり目安を持つことは重要です。これによって政策の進捗度や達成度を具体的に評価することが可能になり、必要ならば政策の見直しを行う契機を与えてくれるからです。
しかし、重要なことは、その指標を取り上げることの意味を明確にしておく必要があるということです。ある指標を取り上げるということは、政策が目指すべき姿を具体的に示す意味があることはもちろんですが、それに加えて達成するための政策のあり方にも影響を及ぼすことになるからです。
今回は、基本指標としてGNIを採用することの意味について、考えてみたいと思います。
【GDPにはどのような意味があったのか】
これまでGDP(国内総生産)が基本指標とされてきた理由は、生産面や支出面での重要性もさることながら、基本的には、三面等価によって、基本的な所得の総額に等しいからだと考えられます。GDPが大きければ、それだけ国内で分かち合う所得も多くなり、分配政策が適切であるならば、家計もそれだけ潤うことになることを意味するからです。
ところで、この基本的な所得には、賃金(雇用者報酬)と利潤(営業余剰・混合所得)といった生産要素に対する対価がもちろん含まれます。しかし、同時に、減価償却費(固定資本減耗)と純間接税(生産・輸入品に課される税マイナス補助金)といったものも含まれます。このことから、まず二つの点が指摘できます。
第1に、GDPには既に企業の利潤が含まれているということです。GNIに利潤が含まれていることが問題であるとすれば、GDPも問題だということになります。
第2に、GDPには、減価償却費や純間接税が含まれており、純粋な所得とは言い切れない部分が含まれているということです。もしその点が問題なのであれば、両者を除いた(ただし、後で取り上げる「海外からの所得」の純受取を含みますが)、国民所得(要素所得表示)という指標に注目する必要があります。
【GNIに含まれるもの】
いま注目されているGNI(国民総所得)は、このGDPに、「海外からの所得」の純受取を加えたものです(実質で考えればさらに交易利得・損失を加えるべきですが、とりあえずここでは名目で考えることにします)。この「海外からの所得」については、我が国の場合、①受取に比べ支払は少ないこと、②雇用者報酬の受取も少ないこと(これは出稼ぎ労働者の所得が大きいフィリピンでは重要であることは言うまでもありません)といった特徴があります。このことを考慮すると、GNIを基本指標とすることは、結局のところ、GDPに海外からの投資収益の受取を加えることにほぼ等しいということになります。
ところで、国際収支統計に計上される投資収益には、「直接投資収益」、「証券投資収益」、「その他の投資収益」を含みます。これらを含むということは、どういうことを意味しているでしょうか。ここでは、「直接投資収益」に着目して考えてみたいと思います。
【直接投資収益の内訳を見ると】
直接投資収益の内訳をみると、次のような点に気づきます(第1図参照)。
第1に、投資収益の受取には、実際には現地で再投資された収益も含まれていることです。統計的には、再投資収益は、いったん国内に還流してから改めて海外に投資されているという擬制(みなし)をするので、ここに表れてくることになるわけですが、この部分は既に現地で投資されているので、この部分が国内の所得にどのような意味を持つのかは、説明を要します。
第2に、投資収益以外の部分については、国内に還流していると考えられます。今後も、還流を促進することは、政策的には考えられます。しかし、その場合、それによってどのような効果が期待できるのかについては、やはり説明を要することになります。現在の企業部門は、貯蓄が投資を上回る「資金余剰」の状態にあります。そのようなときに資金を還流させても、賃金、雇用や設備投資が増加するとは考えにくいからです。
【直接投資収益が家計を潤すためには】
日本企業が直接投資を行い、海外に活動拠点を移してしまうと、国内ではもはや、労働者として雇用されたり、賃金支払いを受けたりすることはできないことになります。にもかかわらず、そうした企業の経済活動が家計を潤すとしたら、どのようなことが考えられるでしょうか。
一つの可能性は、家計が企業の株を直接・間接に所有をして、株主としてその恩恵を受けるということではないでしょうか。家計が企業の株を所有していれば、仮に企業が海外に活動拠点を移してしまっても、株価の上昇によるキャピタルゲインや、配当の増加による所得の増加という経路を通じて、プラスの影響を受けることができることになります。ここでは、海外への直接投資の収益が上がっていることが重要であり、現地で再投資されているかどうかは直接的には問題にはなりません。
ただし、ここでネックになるのが、我が国の現状です。我が国の家計の株式所有は、直接的にも、(投資信託等を通じて)間接的にも、極めて小さいものにとどまっています。この点は、例えば、アメリカと比較した場合、顕著な特徴となっています(第2図参照)。この点が変らないと、GNIの一環として直接投資収益が増加することが我が国にプラスの影響をもたらすことは、難しいままになってしまいます。
GNIを基本指標とし、それに目標・目安を設定する場合、それが意味をもつためには、様々な政策によって裏打ちされる必要があります。以上では、直接投資収益について考えてみましたが、少なくとも海外における直接投資の増加が家計を潤すためには、家計の金融資産構成の見直しをもたらすような政策が必要であるように思われます。
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