金融緩和の波及状況を点検する
2013/07/23
【長期金利上昇に対する考え方】
長期金利の先行きについて関心が高まっています。昨年末以来低下していた長期金利が5月に急上昇を示したのがきっかけです。このまま長期金利の上昇が続くと、せっかく改善の動きが見えてきた景気に水をさすのではないかという懸念が生じてきたのです。
ある見方からすると、長期金利の上昇は日銀によってある程度コントロールができるはずなので、上昇を抑え込むべきだということになります。例えば、金利上昇をみせたゾーンの国債をもっと購入すれば抑えられるのではないかというわけです。このような見方は、国債市場は年限ごとの市場に分断されており、その市場ごとに形成される金利は需給で決まるという「市場分断仮説」に基づいていると考えられます。
しかし、別の見方からすると、長期金利は、裁定によって同じ期間内に予想される短期金利の平均によって決まります。したがって、長期金利に対して国債の売買を通じて影響を及ぼすことはできないことになります。もし影響を及ぼせるとすれば、それは短期金利の先行きに関する予想を変更させたときに限られます。このような見方は、「期待理論」と呼ばれています。
また、後者の見方によれば、年限が長くなれば長くなるほど、長期金利は均衡金利に収斂していくことになります。この場合の均衡金利は、均衡実質利子率と均衡インフレ率とリスクプレミアムの和に等しく、定常状態における名目成長率とも密接な関係を有すると考えられます。このことからすると、5月の長期金利の上昇も、期待インフレ率の上昇によってもたらされたという可能性もあることになります。
【イールドカーブとインプライド・フォワード・レート】
そこで、実際の長期金利の動きを見てみましょう。図表1は、国債の年限ごとの金利水準をイールドカーブとして示したものです。また図表2は、それから求められる1年物金利(インプライド・フォワード・レート;IFR)の動向(横軸の年後の1年物金利の水準の予想)を示しています。さらに、図表3は、10年後までのIFRが、昨年11月末を基点にしたとき、その後どれだけ変化したかを表しています。これらを見ると、次のようなことが言えます。
【トランスミッション・メカニズムの点検】
イールドカーブをみる限り、マーケットは緩やかな回復を見込んでいるようですが、果たして経済はそうした方向に向かっていくのでしょうか。ここでは、金融政策の効果を確認する観点から、トランスミッション・メカニズム(金融政策の効果を経済に伝播させる仕組み)を点検してみましょう。一般に、量的・質的金融緩和のトランスミッション・メカニズムとしては、①長期金利の低下効果、②ポートフォリオ・リバランシング効果(リスク資産の取得促進効果)、③期待の転換効果、が考えられていますが、以下では特に②のポートフォリオ・リバランシング効果に着目して、点検してみたいと思います。
日本銀行は、現在、大量の長期国債の購入を実施していますが、その大部分は銀行からと思われます。したがって、ポートフォリオ・リバランシング効果の発現も銀行が起点となるはずです。そこで、民間金融機関のバランスシートを、図表4で見てみましょう。
これをみると、量的・質的金融緩和によって現金預け金(日銀当座預金を含む)が増加していますが、それと並行して確認できる主な変化は、長期国債の減少だけです。貸し出しや外国証券も増えていますが、それは以前からのトレンドの延長線上にあり、特に質的・量的金融緩和を境に大きく変わったようには見受けられません。これをみる限り、銀行自身においてポートフォリオ・リバランシング効果が発現したようには見えません。
日銀当座預金残高が増加していることは、日銀がマネタリーベースの増加幅に目標を置くようになった以上、当座預金残高の増加をどこかの銀行が保有しなければならないので、当然の結果と言えます。同時に、日銀当座預金に付利がされるようになっており、利子を稼げることになっていることも大きいように思います。
他方、長期国債の保有を減少させたのは、政府債務残高が増加を続けるなかで、金利上昇リスクを軽減する必要があったからだと考えられます。その意味では、国際通貨基金(IMF)の言うように、銀行は日銀による長期国債の買い入れというチャンスを活かしてリスクを軽減し、「三本の矢を放つ弓」としての金融システム(financial sector as a bow for the “Three Arrows”)の強化を図っていると言えます。
【マネーストックの動向】
貸し出しが増加しないということは、信用創造を通じてマネーが増加するようなメカニズムは働きにくいことを意味します。実際、マネーストックの動向を図表5でみると、M3の伸びは緩やかに伸びてきてはいますが、まだ前年比3%程度に止まっており、大きな伸びとはなっていません。
この背景には、金利が低下したことによって企業が貸し出しに代えて株式や社債による資金調達にシフトしたことの影響もあると考えられます。これは、その限りでは、金融緩和の効果の一環として歓迎すべきことです。しかし、金融緩和に通常期待されるように、資金の供給によって経済活動が活発化していると言うのには、まだ伸びが低いというのが現状です。
【ポートフォリオ・リバランシング効果を強化するためには】
銀行の長期国債の保有額は、3月から5月(データが取れる直近)にかけておよそ15兆円減少しましたが、同時期の日銀による長期国債購入額もほぼ同額でした。このことは、日銀は、直接(日銀がマーケットから)・間接(日銀が銀行から購入するが、銀行がそれを補てんするためにマーケットから購入する)のいずれの面においても、マーケットから国債を購入していないことを意味します。言い換えますと、金融緩和の効果が銀行外にはあまり波及しないような結果になっているのです。このことは、銀行を起点にした金融緩和の限界を表しているように思えます。
もしポートフォリオ・リバランシング効果を高めるのであれば、国債を主に銀行から買い入れるのではなく、もっと市中から買い入れるようにすべきではないでしょうか。そうすれば、直接マネーサプライを拡大させる効果が期待できるだけでなく(イングランド銀行はまさにそれを企図しました)、そこを起点としたポートフォリオ・リバランシング効果も期待できるように思います。また、銀行外の主体の国債保有には制約があることから(日本では国債の5割程度を中央銀行と国内銀行・中小企業金融機関等が保有しています)、銀行外からの買い入れも国債主体にするのではなく、より広範な資産の買い入れを行うように工夫すべきでしょう。それによってポートフォリオ・リバランシング効果も一層強化できるように思います。
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