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齋藤潤の経済バーズアイ (第19回)

一人当たりGDPの成長ではなぜいけないか

 

2013/10/21

 日本の経済成長は、高齢化・人口減少を背景に、徐々に鈍化をしています。現在の潜在成長率を計測してみますと、1%を下回るところまで低下をしていると考えられます。このような状況を打開し、日本の中長期的な成長能力をいかに高めるのか、そのための成長戦略が問われています。

 しかし、高齢化、人口減少の下で、潜在成長率を高めることが容易なことではありません。さらに、そもそもマクロのGDP(国内総生産)成長率はそれほど重要なものかという問題提起もされてきています。その一例が、一人当たりGDPを重視する考え方です。その考え方によれば、一人当たりGDPが成長していれば、仮にマクロのGDP成長率がマイナスでも問題ではないということになります。

 今回は、この議論を念頭に、なぜマクロの経済成長が重要なのかを考えてみたいと思います。

【一人当たりGDPの意味】

 確かに一人当たりGDPの成長は重要です。一国の豊かさを測る分かりやすい指標として、しばしば一人当たりGDPが用いられます。仮に国民一人ひとりに適切に分配できるとすれば、一人当たりGDPが成長しているということは、一人ひとりがより豊かになっていることを意味しているからです。

 また、最近は、一人当たりGNI(国内総所得)に関心がシフトしています。GNIというのは、GDPに居住者が国外で稼いだ要素所得(利子・配当や賃金)の純受取を加えたものですが、それに基づいて計算される一人当たりGNIを重視する考え方も、基本的には同じような考えかたに拠っていると考えられます。例えば、世界銀行は、一人当たりGNIによって世界各国を分類しており、2012年のデータで1035米ドル以下が低所得国、1万2616米ドル以上が高所得国、その中間が中所得国と定義されています(ちなみに日本は4万7870米ドルで高所得国に属します)。

 しかし、このことから発展して、一人当たりGDPこそが重要で、マクロの経済成長は場合によってはマイナスになってもいいと考えてしまうと問題があるように思います。

【マクロの経済成長がマイナスになると】

 マクロの経済成長がマイナスになると、具体的には、以下のような問題が生じることが考えられます。

 第1に、マクロの経済成長がマイナスになるということは、国内市場が縮小するということです。このことは、国内市場によって支えることができる産業規模が縮小し、雇用も減少してしまうことを意味します。

 もちろん輸出産業は海外市場を開拓することによって、国内市場の縮小を補うことができます。しかし、もともと輸出産業では、グローバル競争の下で、生産拠点を海外に移転する傾向が続いています。したがって、輸出企業が国内でどれだけ雇用を維持するかは不透明です。

 他方、サービス産業などの非製造業は、基本的にその産業規模が国内市場に依存しているため、国内市場の縮小の影響を受けないわけにはいきません。その結果、非製造業の雇用は縮小せざるを得ないと考えられます。

 そうなると、人口減少の下で労働力人口がどのような推移をたどるかにもよりますが、国内市場の縮小による雇用の減少は、失業率を高めることが懸念されます。

 第2に、国内市場が縮小すると、非製造業を中心に規模の経済を享受できないことになります。縮小していく国内市場を対象に多数の企業が生産を行うことになると、各企業の生産規模は減少し、規模の経済を発揮しにくくなります。

 そのことは生産性を引き下げ、物価上昇圧力を強めることになると考えられます。これは輸出産業にとっては国内生産のコスト増を意味するので、製造業を中心に生産拠点の海外移転を促進することにもなりかねません。

 第3に、国内市場が縮小すると、それによって支えられる財やサービスの種類が少なくなります。

 例えば、東京では、海外のブランド品が身近にあり、映画やコンサートなども好きなだけ見に行ったり、聞きに行ったりすることができます。しかし、人口が減り、高齢化が進んでいる過疎地では、そうしたものを見つけることは容易なことではありません。それどころか、必需品を買い求めることさえも、大きな困難が伴うという状況にあります。

 この過疎地の例が示しているように、国内市場が縮小すると、多様な財・サービスを支えることができなくなり、消費者の選択の余地は極めて限られたものになっていくのです。生活の豊かさは決して高いとは言えなくなります。

 第4に、社会保障や財政の持続可能性が揺らぐことです。年金等の社会保障給付は、高齢化の進展に伴って増加をしていきます。それを賄うには、社会保障基金に蓄積されている積立金を大幅に取り崩すのでなければ、残された選択肢は、社会保障負担が増加するか、政府からの経常移転(社会保障関連支出)が増加するしかありません。

 しかし、マクロの経済成長がマイナスになり、所得が減少するような状況の下では、社会保険料から構成される社会保障負担が増加することは極めて困難です。また、社会保障関連支出が増加するためには、まずは税収が増加することが必要ですが、所得が減少するような状況では、これも同様に極めて困難です。結局、社会保障関連支出の増加を賄うためには、既に多額に上っている政府債務をさらに累積させなければならないことになります。

 したがって、社会保障や財政の持続可能性を確保するためには、マクロの経済成長を高め、社会保障負担と税収の増加をもたらすことが重要なのです。もちろん給付や負担の在り方を見直すことも必要です。社会保障改革と税制改革は避けて通ることはできません。しかし、それも、マクロの経済成長が続いているような環境において初めて可能になると考えられます。

【強力な成長戦略が求められる】

 以上のように考えてくると、マクロの経済成長がマイナスになっても良いということにはならないことが分かります。一人当たりGDPが増加することはもちろん必要です。しかし、マクロのGDP成長率もプラスであることが必要なのです。高齢化・人口減少の下で、マクロの経済成長を高めることは容易なことではありませんが、それなくしては、日本の経済も社会保障・財政も立ち行かなくなる可能性が高いのです。

 潜在成長率を高める強力な成長戦略の立案と実行が求められています。